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雨ト恋ト御狐様ト
執筆日:2025/01/27
日替わりお題:「心中」「雨の匂い」「スカイツリー」
使用したお題:「心中」「雨の匂い」
妖しい女の姿をした狐は、口を開く。
「お主の事が好きじゃ」
その声は微かに震えている。雨の中の寒さで震えているのか、はたまたそれ以外の要因で震えているのか、僕には全く分かりはしないが。とにかく、僕は彼女の目線の先にある濁流の川に、ただ怯えるのみだった。
「……|飾理《かざり》さん」
「なんじゃ」
「僕、やっぱり怖いです」
本音が漏れる。彼女の事は愛しているが、だからと言って命を差し出すのは、やっぱり怖い。不甲斐ない涙が出てきそうになる衝動を堪えて、あちらを見る。彼女はやっぱり、とでも言いたげな表情を浮かべている。
「……人の子じゃもんな」
寂しげな顔を見せられると、ついつい恐怖感がなくなるような感覚に陥る。彼女の笑顔には、見た者が現実感を失くしてしまう作用が存在していそうだ。
「……僕が狐だったら良かったのに」
僕は雨に服を濡らしながら呟く。彼女はさっきから続けていた寂しげな顔立ちをより一層強めて、僕の方を見た。その目は、常人ならば見るだけで彼女の世界に引き込まれてしまうほど、魅力を放っていた。
「ああ、そうじゃな」
また先程のように、池に視線をやって、彼女は悲しみに暮れながら、一言漏らした。
「……妾が、人の子だったら良かったのに」
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この世には、妖狐という種族が存在している。名前の通り、狐の姿をしている妖怪のようなものだ。
彼彼女らは、常に人里から離れたひっそりとした場所で暮らしている。たまに神社や寺に住み着いている妖狐も居るらしいが、稀な存在。ほとんどの場合は、人々に迫害されてしまうので、森の中などでこっそりと生活している。妖狐とは、非常に肩身の狭い生き物だ。
しかし、妖狐が全く人里に来ないとは限らない。それは、僕があの日助けた、彼女が証明している。
「君、怪我をしてるじゃないか。どうしたんだい」
「うぅ……。さっき、あそこで転んじゃって……」
その時、彼女は幼女の姿をして泣いていた。片膝を擦りむいていて、その姿は弱々しい。彼女を一目見てしまった僕は、すぐに彼女を助けた。助けるついでに、名前も聞く。
「君、名前はなんていうの」
「……|今年之瀬《ことしのせ》飾理っていうよ」
「今年之瀬……って、君まさか」
彼女の珍しい名字について、僕は知っていた。というか、人里の人間たちは皆、この名字について知っているだろう。
「そうなの……。あたし、妖狐なの」
今年之瀬とは、妖狐一族の名字である、誰でも知っている事だった。
妖狐といっても、主に三つの家系が妖狐の中に存在している。一つは今年之瀬家、二つ目が|晴橋宮《はるばしみや》家、もう三つ目が|燐堂《りんどう》家だ。その中でも彼女の生まれである今年之瀬はかなり有名で、常識と言っていい程に、人間界では名前が知れ渡っている。
「そうか、君は妖狐か……」
「うん、道に迷っちゃって、気付いたら人里にね……」
妖狐は、人間からは忌み嫌われる存在である。近寄るな、汚らわしい、人間を騙すつもりか。妖狐が人間たちの前に顔を出せば、たちまちそんな言葉を集中砲火で浴びてしまう。飾理はその事を知っていたのか、僕を健気な目線で見つめながら、無垢な雫を目元から流してこう言った。
「お願い……人間様、お願いです……。どうか、助けてくれなくても良いから、あたしの事襲わないで……」
ぐずぐずと泣きじゃくりながらそう懇願する様子に、僕は妖狐だからなど関係なく、可哀想だと思った。同時に、助けてやらなければ、そう思い立つ。
「……襲わないよ。確かに僕は人間だけど、僕は妖狐の事、嫌いじゃない。絆創膏と水を持ってくるから、少し待ってて」
飾理の頭を優しく撫でる。ぱあっとにこやかに晴れた彼女の顔は、どうしようもなく可愛らしいものだった。
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妖狐と人間は、恋に落ちてはいけない。落ちれば最後、二人は神様に呪われ、互いの間には絶えず厄災が降る。
僕らのその後の恋は、古くからの言い伝えによってねじ伏せられた。神様の呪いと、伝承には書かれているが、実際の所は、人里の者たちが、人間と妖狐の恋を良く思わず、二人を迫害しているだけだ。おそらくそれを濁すため、呪いだか厄災だかの言葉が使われているのだろう。
確かに、とても浅はかなものだ。本来なら、僕らでこんな伝承蹴っ飛ばしてやりたい。だがしかし、伝承に書いてある事が、事実なのだ。
「出ていけ。妖狐と恋愛など、言語道断だ」
「人間に魂を捧げるとは、全くくだらん。貴様らは追放じゃ」
僕達は、人間からも妖狐からも迫害される存在となった。これは後から知った事だが、妖狐一族も、人間の事は良く思っていなかったみたいだ。僕と飾理は、二人ぼっちになってしまった。
「|真道《まさみち》……」
妖狐の里から出ていく時、飾理は僕の名前を呼んだ。それに反応して、僕が彼女の方を振り向くと、彼女は凄く苦しそうな表情をしていた。それは、しっかりと記憶している。
僕は、凄く彼女に対して申し訳ない気持ちになった。僕なんかが愛してしまったせいで、僕なんかを愛してしまったせいで、飾理は愛する故郷から追放されてしまっている。こんなに悲しい事が、今までにあっただろうか。僕は謝ろうとした。
「|飾理《さん》……。ごめんなさい、僕なんかが、あなたと恋に落ちてしまった、そのせいで……」
「真道!」
しかし、飾理は僕の名前を叫ぶ。確かに彼女は泣いていたけれど、それよりも、それよりも大事な事が、確かにあそこにはあったように思う。
「……謝ろうとしておるな」
「は、はい」
「謝るでない! 妾とお主が恋に落ちた。ここにあるのはその事実だけじゃ! 感情を持つ事に対して、感情を持った事に対して、申し訳ないなどと無意味な謝罪を入れるな! もう、しょうがないんじゃ!」
そう言う姿はとても切羽詰まっていて、何よりそこには、誰よりも熱い覚悟すらあったように思う。そして僕は思った。ああ、彼女は僕よりずっと強いと。
「……そう、ですね」
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しかし、僕らは結局今、こうやって木の橋の上に立っている。雨の匂いが不意に漂ってくる、この橋の上に。
「……まぁ、もう変わらない事を言っても、しょうじゃないな」
諦めがついたような、そんな表情をする彼女。辺りに広がっている雨模様は、まるで彼女の心を反映しているようだった。それぐらい、彼女には雨が似合っていたのだ。
「……ところで、なあ、真道。心中を選ぶ女は、やっぱり怖いか」
いたずらに彼女がそう尋ねてくる。僕は急な質問に焦りつつ、首を横に振った。
「い、いいえ。飾理さんの事、ずっと愛しています」
僕がそう言ったのを、しっかりと心の中で咀嚼している飾理。段々と、それはもうゆっくりと表情を変えていく。最終的に、彼女は笑いながらこちらに近付き、互いの手首を紐で結び始めた。
「そうか……。真道、ありがとう」
その笑顔は、最初に出会った時の幼女だった時は、まるで違う雰囲気を纏っていた。姿の変身ができる彼女は、今はもう大人の女性のようだ。
「飾理さん、飾理さん」
僕は名前を呼び続ける。ただただ恐怖感故だった。
「真道、ごめん。ごめんなぁ」
彼女はもう止められない。その様相を見れば、分かる事だった。凄まじく怖くて、この数秒後の未来から逃げ出したくなる。けれど、もう狂ってしまったんであろう彼女を目の前にして、僕は逃げられない。愛した人がおかしくなっているのを、目の前にして。
「……来世では、二人で幸せになろうな」
そういう飾理に引っ張られて、僕らは冬の川に飛び込んだ。
最期に感じた雨の匂いは、ただどうしようもなく、悲しく漂っていた。
美人の御狐様を書きたい欲求が半端じゃなかったので、もう今日の日替わりで書いちゃいました。これは今日のお題が良すぎたせいでもあると思う。ずるいじゃん。雨の匂いとか。かっこいいじゃん。
なんか経緯を説明してたら中だるみみたいになっちゃいました。改善点ですね。ストーリーの運びを即興で上手くできるようにする、これがポイントかも。これからの日替わりお題はここを意識していきます。そうそう、こういう問題点の改善をするのが、毎日投稿の醍醐味ですよ。あー楽しくなりそう。