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第9話:サングラス越しの本音
事件は、あまりにも唐突に起きた。
放課後の教室。大雅が琥珀の消しゴムを拾おうと屈んだ瞬間、胸ポケットから「それ」が滑り落ちた。
――パキッ。
乾いた音が響き、大雅の魂とも言える漆黒のサングラスが、無残にも真っ二つに割れた。
「……あ。」
大雅の動きが止まる。世界が止まる。
いつも鋭い眼光を隠し、彼に「若頭」の風格を与えていた鉄壁のガードが、物理的に崩壊したのだ。
「ああっ! 大雅くん、大丈夫!? ごめんね、私が落とさせちゃって……」
慌てて駆け寄る琥珀。しかし、大雅は咄嗟に両手で顔を覆い、ガタガタと震え出した。
「……く、来るな。……見るな、琥珀。……今の俺は、無防備だ」
「えっ? 何言ってるの。顔見せてよ」
「……嫌だ。……俺の目は、その……。……鋭すぎて、お前を射殺してしまうかもしれない……ッ!」
相変わらずの勘違い発言だが、実態は違う。
大雅は、自分の目が「驚くほど垂れ目で、琥珀を見るとすぐデレデレになってしまう」ことを自覚している。サングラスがない今の自分は、中身の「純情ヘタレ丸出し」なのだ。
「いいから! 怪我してないか見せて!」
琥珀が強引に大雅の手を退けた。
「……ッ!!」
露わになった大雅の素顔。
そこには、周囲が恐れる「殺し屋の目」などなかった。
少し長めの睫毛に、潤んだ瞳。そして、琥珀を直視できずに泳ぎまくる、あまりにも優しくて初々しい「17歳の少年の目」があった。
「…………わあ。」
琥珀が、思わず吐息を漏らす。
「……ほら、見ろ。……変だろう。……威厳も何もない。……これじゃ、お前を守る用心棒になんて……」
大雅が自嘲気味に俯こうとした、その時。
琥珀の小さな手が、大雅の両頬を包み込んだ。
至近距離。大雅の視界には、自分を真っ直ぐに見つめる、世界で一番大好きな女の子の瞳しかない。
「変じゃないよ。……私、大雅くんのこの目、大好き。サングラスしてる時もかっこいいけど、こっちの方がずっと『大雅くん』って感じがする」
「…………っ、……あ、……う、……」
大雅の顔面が、沸騰したヤカンのように赤くなっていく。
父直伝の「キスの間合い」どころではない。ゼロ距離だ。逃げ場はない。
「……琥珀。……お前は、本当に……。……俺を、どうしたいんだ……」
消え入りそうな声で、本音が漏れる。
「どうもしないよ! ただ、もっとちゃんと見せてほしいだけ」
ニコッと笑う琥珀。その破壊力に、大雅はついに膝をついた。
「……晴翔。……予備のサングラスを、持ってきてくれ。……俺は、今、……尊死(たふとし)しかけている……」
遠くで見ていた晴翔が「はいはい、お幸せにね」と呆れながらスマホでその『素顔のヘタレ大雅』を激写していたのは言うまでもない。
結局、新しいサングラスを買うまでの数日間、大雅はずっと琥珀の後ろに隠れて歩くという、最強に情けない(けれど幸せな)時間を過ごすことになった。
🔚