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夏に現れたきみへ4
第4章「夏を焼きつけるように」
陽翔と澪が付き合い始めてから、教室の空気はほんの少し、柔らかくなった気がした。
文化祭の準備でざわつく日々。段ボールの山に囲まれながらも、澪は笑っていた。
少しずつ、陽翔の前でだけ見せる表情が増えてきた。
「……ねぇ風間くん。花火、見に行こうよ」
「最後の夏、いっしょに焼きつけよう」
陽翔はその言葉に、少しだけ引っかかりを覚えた。
“最後”という言い方が、どこか切なく響いたから。
花火大会の夜。澪は浴衣を着てやってきた。
金魚みたいな色の柄が、彼女に似合っていた。
陽翔の手を、そっと取る澪。
その小さな手が、かすかに震えていたことに気づいたのは、打ち上がる花火の音が鳴り止んだあとだった。
「……ねぇ、陽翔くん」
「もし、私のこと、全部忘れちゃっても……嫌いにならないでいてくれる?」
不自然なその言葉に、陽翔は冗談だと思って笑った。
でも澪の目は、どこか遠くを見ていた。
「嫌いになるわけないじゃん」
「俺の夏は、澪でできてるんだから」
そのとき澪は、ほんの一瞬、目を伏せて笑った。
そして翌日——
澪は“陽翔”という名前を、1度だけ言い間違えた。