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第一話:北の神殿と、小さな平穏
広大な天界には、数多の神々が存在する。彼らはその誕生の古さや司る概念の大きさによって階級が定められていた。頂点に座すは|数澗歳《すうかんさい》を超える|天帝《てんてい》。その下に、世界を形作る根源的な力を司る
「|柱神《はしらかみ》」、そして「|次神《じしん》」が続く。彼らの年齢は数億、数十億歳にも及ぶ。
死を司る柱神、グライアは、今日も北の方角にある自らの神殿の玉座に座していた。黒色を基調とした閉鎖的な建物は、常に冷たい霧が立ち込め、他の神々は「無言の圧力」を感じて容易に近づけない。
「……退屈だな」
グライアがポツリと呟く。彼女の役割は、下界の命の終わりを見守ること。
本来であれば常に忙しいはずだが、最近の下界は比較的平穏だった。
その気だるげな「じと目」は、この平穏すら皮肉にも面白くないと感じているようだった。
その時、神殿の重々しい扉が、からりと音を立てて開いた。無言の圧力をものともせず入ってきたのは、薄緑色のコートを着た、緑髪ボブの精霊――シルフィアだった。
「グライア様!遊びに来ました!」
シルフィアは、この神殿に唯一自由に出入りできる外部の存在だ。グライアの表情は、シルフィアの姿を見た瞬間、少しだけ和らいだ。
「うるさい精霊だな。勝手に入ってきて」
「えへへ、だってグライア様、いつもここにいるんだもん」
シルフィアはグライアの玉座の階段に腰掛け、ゼフィールへの淡い恋心を語り始める。グライアは
「他人の不幸(恋バナ)」を喜ぶシャーデンフロイデな性格を発揮し、
「ふん、あの天空神は鈍感そうだし、上手くいくかしらね」
と、妹のように可愛がりながら話を聞く。
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一方、東の方角。「創造の庭園」に隣接する、白と朱色、緑を基調とした開放的な神殿では、真逆の光景が広がっていた。
「もっと命を輝かせていいんだよ!」
創造之神ゲネシスは、今日も下界の生命の寿命に干渉していた。悪意はない。
ただ純粋な理想主義者として、全ての命を救いたいという優しさからくる行動だった。彼は白いロングコートを翻し、誰に対しても優しく接する。彼の神殿への出入りは自由で、助けを求める者を拒まない。
しかし、その優しさが世界の「理」を少しずつ歪めていることに、彼自身は気づいていない。
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そして、北西の神殿。ゼフィールは青色の屋根を持つ壮大な建物の中で、天候観測設備を睨んでいた。寡黙で思慮深い彼は、世界のバランスを示す数値の微細な変動に、いち早く気づき始めていた。
「……世界の『理』に、歪みが生じている」
ゼフィールの呟きは、誰にも届くことはなかった。
それぞれの「日常」が流れる中、神々の世界を揺るがす大きな異変の兆候は、すでに忍び寄っていた。
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