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**あなたと生きていく**
季節が一巡りし、ふたりは高校生活最後の春を迎えた。
桜が咲きはじめた校門前で、柚子月は制服のリボンを結びながら、深呼吸をした。
心の中には、かつて感じていた不安や焦りではなく、静かな強さがあった。
「柚子月ー!」
振り返ると、少し寝癖のついた髪を直しながら蓮が走ってきた。
変わらない笑顔。でも、ほんの少し大人びた横顔。
「ほら、卒業式だよ。泣かないでね?」
「泣かないよ。……たぶんね。」
並んで歩くその足取りは、迷いのない、確かな歩幅だった。
式が終わると、校舎の裏庭に、ふたりはそっと抜け出した。
あの日、紫陽花の下で始まった恋の、静かな場所。
今は、まだ若い緑と、春の風だけがそこにあった。
「柚子月。」
蓮は制服の内ポケットから、一枚の便せんを差し出した。
「これ、新しい物語。まだほんのプロローグだけど……読んでほしくて。」
柚子月はそっと受け取り、文字をなぞるように読み始める。
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“人生という小説のなかで、君に出会えたことが、僕の一番の奇跡だった。”
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手が震えた。
蓮の紡いだ言葉が、自分の心の奥にまっすぐ届いた。
「……これ、私たちのこと?」
「うん。でもね、これからの部分は、まだ何も書いてない。」
蓮は少し照れくさそうに笑って続けた。
「これからのストーリーは、一緒に作っていけたらいいなって思ってる。……ずっと隣で。」
柚子月は、涙をこらえきれずに笑った。
うれしくて、ほっとして、まぶしくて。
言葉にならない気持ちが、全部あふれていた。
「書いていこう。いっぱい、未来を。嬉しいことも、悩むことも、ちゃんと一緒に。」
風が、ふたりの間をそっと吹き抜ける。
桜の花びらが、ふわりと舞った。
この瞬間を、忘れたくない。
この人と生きていくことが、私の物語の意味になる。
「蓮くん。」
「ん?」
「大好き。これからも、ずっと。」
彼の手が、やさしく柚子月の手を握った。
「俺も。……君がいてくれるから、未来が書けるんだ。」
桜が舞うその下で、ふたりは未来を歩き出した。
まだ見ぬページは、白紙のまま。
けれど、筆はもう、しっかりとふたりの手の中に握られていた。
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|終わり《はじまり》
ここまで読んで頂き有難うございました。