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奇病患者が送る一ヶ月 二十四日目
土砂降りの空は、俺たちに容赦はなく、ここから離れようとしなかった。
雨の音が頭の中で乱反射を続ける。
俺は、今朝出来たばかりの墓に手を合わせていた。
綺麗だった白い花は、雨に打たれ続けたせいか、元気が無い。
いつまで、俺はこうしているのだろう。
幸せを謳い、願う事が、それほど許されない事なのか?
どうしようもない疑問を目の前の墓に投げかけ、知らず知らずにため息が溢れた。
こんな白い花でさえ、俺を笑っているように感じる。
違う。俺のせいだ。
何故、俺は何かのせいにしようとする。
被害者面を続ける。
くだらない飯事の一環でしかないのだろう。
終わりにするのだ。もう何度も決意してきた。
犠牲は少ない方が良い、それはその通りだ。
それでも寂しいと思ってしまう俺は、まだ成長が出来ていないのだろうか。
俺は…、どうしたい?
「灰山君。」
声がする方には、今は見たくなかった顔がいた。
「…どうした?」
いつもの笑顔も貼り付けず、一度彼を見た目線もすぐに墓に戻した。
春日居は子ども用の傘を持ち、俺の身体を雨から凌ぐ。
「…………。」
共に、何かを話すことはなかった。
春日居は傘を渡す以外の用はないのだろう。
下手に慰められる訳でもなく、ただ静かに待ってくれている事が嬉しかった。
本当にそれだけで、それ以外の事は何も考えていなかった。
緇縫綝は死んだ。それだけだ。
分かってた、昨日。
もう死ぬ気でいるんだって、あいつが部屋に帰った時に気づいてた。
だから舌打ちをしたんだ、また救えなかった、無力な自分に。
あの後、身を挺してまで止めれば良かったのか?
違うだろ。生も死も、己が決めることだ。
それでも生きてほしいから抗った。全部、無意味だっただけで、結局何も変わってない。
人はいずれ燃えるのだ。灰になって、埋められる。
俺はそれが怖い。嫌だ嫌だと駄々を捏ねて、身内の葬儀も開かず、誤魔化している。
知っているのだ。もう誰もいないと。
「奇病ってなんだろうね。」
ふと、春日居が独り言のように呟いた。
「え…。」
俺が顔を上げると、春日居は腰を下ろして目線を合わせてくれる。
そして、俺の右手を掴んだ。
「なんでもないさ。それより、きっと自分も、君に生かされるんだろう?」
そう柔らかく微笑みながら、右手の皮手袋を勝手に取られる。
俺の口からはまた、間抜けな声が漏れた。
右手の火傷跡が露わになり、思わず力が入ってしまう。
「温かいね、心地良い。」
されるがままの右手は、春日居の首元に置かれていた。
本当に?熱くないのか?体温は高い方…いや十分高いのだが、熱くないのか?
「私は、灰山君には死んでほしくない。でもそれが叶わない事を教えてくれた。だから、私は最後に1つだけ|お願い《わがまま》を聞いてほしい。」
そう微笑むように笑った。心なしか、己の体温も普通になった気がした。
「……分かった。」
そう俺が言えば、嬉しそうに笑ってくれる。
「灰山さーーーん!!」
ふと上から声がし、顔を上げれば、シエルがベランダから手を振っていた。
なんだ?と疑問を、抱いていると、彼女が続けて言った。
「お客さん来てるからー、早くーー!!」
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慌てて医務室に戻ると、菱沼の椅子に座らされている客がいた。
そいつは確かに俺が知ってる人だった。
「天童!?」
「…急に来て悪かったな…。」
「なんで…、なんで…!?来るなって、あれだけ…っ!!」
「面と向かって話がしたかった。それ以外何も無い。」
「……俺から話す事なんて何も…。」
「それでも良い。無理に踏み込むつもりはない、ただ世間話でもと思っただけだ。ほら、茶菓子も持ってきた。」
「え……!?」
「どうする?迷惑じゃなければ別の部屋が良いんだが…、いや別にここでも構わないけど……。」
「う…、うぅ……。」
「…さては部屋が無いのか…?」
「うぐっ…。」
まさにその通りだ。茶菓子が好きなメーカーで、しかも新しい味もいくつかあるし、最近食べる機会も無かったから、話をするのは良いのだ……
が、どの部屋も客人と話す用に整えてはいない。
こんなところ、患者以外来ることがないからだ。
「…整理整頓ぐらいはしてくれ。じゃあここでも良いか?」
「あーっ!!いや!診察室とか!」
「……まぁ、色々言いたい事はあるが、話せたらどこでも構わない。折角だ、案内を頼めるか?」
「あ…、お、おう…。」
医務室から診察室に向かう間、天童は一言も発さなかった。
一部の患者達がチラチラとこっちを見ていたが、それに見向きせず真っ直ぐ歩いてくれた。
多分、己の目つきの悪さを理解しているんだろう。
正直その方が助かる。
診察室に入ると、天童は医者側の椅子に座った。
…お前がそっち座るんだ、と思ってしまう。
いや、まぁ癖っていうのもあるか…。
なんて堂々と足を組んでいる奴に思っても、何も変わらないんだが。
「で、天童は何しにここへ来たんだよ。」
俺があえてぶっきらぼうにそう言うと、彼は持ってきた茶菓子を一つつまむ。
そして、うーーーーん…、と唸る。
やけに長い沈黙。まさか本当に話しに来ただけなのか?
「あと、何日だ。」
咀嚼を終えた彼が最初に口にしたのは、それだった。
思わず体が固まる。それと同時に、いつ言ったっけと疑問が募る。
「え、…っと……?」
「もうすぐだろう、お前が死ぬの。」
「待って待って、なんで知ってるんだよ…。」
夢でも見ているようで流石に笑ってしまう。
そんな夏休みの最終日を聞くみたいに言うものか?
「お前に色々あるのと同じで、こっちにも色々あるんだよ馬鹿。」
「はぁ…!?本当にどういう事だ…??」
「質問に答えろ、アホウドリ。」
「………六日。」
誤魔化し続けるのは無理と判断し、俺は自分でも自覚したくなかったことを頭から自覚する。
虚無感やら嫌悪感やらが押し寄せてきた気がした。
「…馬鹿が。」
天童の呆れたような子供らしい悪口が刺さる。
だって、と言い訳しようとすると彼は手でそれを止めた。
「薬はどうやって作った。何を使用した。」
「え?お前なんで奇病の薬も知ってんの!?」
「根拠はなかったが、見事にカミングアウトしてくれたな。それの材料はあるか?」
彼の言葉に頬を膨らませてしまう。引っかかるだろ、普通。
「材料はあるよ…。でも1個だけ手に入れるの面倒なんだよ……。」
「それで構わない。今回は無理そうだが、次回で全部変えてやるから覚悟しておけ。」
「………。」
こいつは本当に何の話をしているんだ。
とうとう疲労で頭でもおかしくなったか?
ただ不思議と、天童なら叶えてくれそうだと思った。
この後、まだ菱沼達にも言えてない自分の奇病の事も溢してしまったのは、言うまでもない。
死ぬまであと六日。
近いうちに菱沼達と話をしておくべきだ、そう思った。
隠し通すつもりだった気持ちは一体どこへいったのか、自分でも分からない。
でもその前に、彼らに託すべき日が来る。
いけるかもしれない…!!!!
ハッピーエンドがやっと見えてきた!!!
頼むぞ天童!!!自分はお前に全部託すかんな!!!
でも恐らくもう後日談にしか出ない()
次はやっと彼らです。
灰山メインじゃないので、すっげぇ雑になりそう。
でも今回も中々雑だった。
長らく待たせてすいません。ハピエン見えてきたんで頑張ります。