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混浴。
山あいの隠れ湯。杉元たちの目的は、刺青の囚人の情報を追ってこの温泉宿に立ち寄ることだった。
「楓ちゃん、里では『温泉は一人ずつ入るもの』って教わったんだって? 小樽の銭湯とは勝手が違うもんなぁ」
脱衣所で杉元がのんびりと声をかける。楓は「はい……」と小さく頷き、母の形見のキャスケットを大切に棚へ置いた。
彼女の故郷では、湯浴みは神聖でプライベートな儀式。まさか男と女が同じ湯船に浸かる「混浴」という文化があるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
(杉元さんに、少しでも綺麗だと思われたい……)
ポケットから出した手鏡で前髪を整え、くしをひと回し。
楓は朱色の袴を脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿で、湯煙に包まれた内湯の扉をそっと開けた。
「……ふわぁ、あったかい……」
視界が真っ白で何も見えない。それが幸いした。
楓はタオルも巻かず、そのままトコトコと洗い場を通り過ぎ、大きな岩風呂へと足を踏み入れた。
が。
「おっ、楓ちゃん来たか! 遅かったじゃねえ……ブフォォォッ!!?」
湯船の隅で、酒を片手にくつろいでいた白石が、盛大に酒を吹き出した。
隣にいた杉元も、手桶を落としてガランと高い音を響かせる。
「し、白石!? 汚ねぇな、おまっ……って、か、楓ッ!!?」
霧がふっと晴れた瞬間。
そこには、何も身に着けず、白く柔らかな肌を惜しげもなくさらけ出した楓が、呆然と立ち尽くしていた。
「あ……杉元……さん? 白石……さん?」
楓の思考が止まる。
杉元は腰にバスタオルを巻いている。白石も、一応申し訳程度に布を当てている。
……そして自分は。
「な、ななな、なんで……お二人が、ここに……!?」
「なんでってお前、ここは混浴だぞ!? 楓ちゃん、タオルは!? 里の流行りは全裸入浴なのか!?」
白石が鼻の下を伸ばしながら叫ぶ。
「ばっ、馬鹿野郎、白石! 見るんじゃねぇ!!」
杉元は瞬時に楓に背を向け、自分の肩にかけていた手ぬぐいを、見ないように後ろ手で楓の方へ差し出した。その耳たぶは、これまでに見たことがないほど真っ赤に染まっている。
「ひゃ、ひゃああああっ!!」
ようやく事態を把握した楓は、顔から火が出るほどの羞恥心に襲われた。
「強い女はモテない」どころの話ではない。これでは「ただの破廉恥な女」だと思われてしまう!
「ご、ごめんなさい! 混浴なんて知らなくて……っ! 私、私っ!!」
パニックになった楓は、杉元の手ぬぐいをひったくるように受け取ると、あまりの恥ずかしさに、そのままお湯を蹴立てて逃走……しようとして、岩に躓いた。
「危ねぇ!」
杉元が反射的に振り返り、倒れそうになった楓の腕を掴む。
至近距離。湯気に濡れた楓の肩と、杉元の逞しい胸板が触れ合う。
「あ……」
「……楓。……ごめん、すぐ出るから。……その、……綺麗、だった」
最後の一言は、消え入りそうなほど小さな声だった。
杉元は慌てて楓を放すと、白石の首根っこを掴んで、逃げるように脱衣所へと消えていった。
一人、湯船に残された楓は、借りた手ぬぐいで顔を覆い、そのままお湯の中に深く沈んでいった。
太ももの「隠し箱」も武器もない、一番無防備な姿を見られてしまった。けれど。
(……『綺麗だった』って、言った……?)
のぼせたのはお湯のせいか、それとも。
翌朝、杉元と目を合わせる勇気が出るまで、楓が湯船から出てくることはなかった。