公開中
部誌21:夏祭り
夏祭りらしい夏祭りに行ったことがない筆者。
中途半端な感じで終わります。どう締めればいいか分からなかっただけなんです……。
さて、まずはどこに行こうか。
時間はたくさんある。でも、それ以上にたくさん屋台があって、巡りきれないぐらいだ。
「乾杯でもしたいよな!」
宝川先輩の一言で、まずは飲み物を買うことになった。
「私、炭酸飲めないんだよね。ピリピリするから。」
「屋台のラムネなら大丈夫だって!気にならないよ。」
「そうかなぁ。」
朱鳥ちゃんに勧められたので、ラムネを買ってみることにした。
「おっと、金を出す必要はないぞ!」
「冷たっ!」
頬に冷たい感触。色は青い。今、ちょうど買おうとしていたものがそこにあった。
「一年生に任せちゃったからな。映写室も、結構大きめな役も。」
頬に当てたラムネを手渡される。朱鳥ちゃんにも、伊勢谷くんにも、蛍くんにも渡す先輩。
「いや、でも申し訳ないですよ。」
慌てて伊勢谷かんがラムネを先輩の手のひらに丁寧に置く。
「いいんだよイセヤ。先輩に気持ちよく奢らせるのも、たまには必要だぞ。」
「……ありがとうございます。頂きます。」
フタを開けて、ビー玉を落として、液体を口に含む。爽やかな味が舌を占領した。
「先輩、先輩ぃ!」
宝川先輩にそれはもう懐いている蛍くんは、言語野がやられてしまっていた。
「あ、別の味が良かったか?パイン味、ソース味、たこ焼き味にキムチ味なんかもあるぞ。」
「大丈夫です、あはは。」
変わり種がたくさんあるんだ。でも、私は普通のラムネでいいかな。
「あとで買いに行こうっと!」
「朱鳥ちゃん!?」
彼女はラムネの屋台に向かって走っていく。人混みの中に姿が消える。しばらくして、2本のラムネを抱えて戻ってきた。
「買えたよ、キムチ味とソース味!今から試すのが楽しみ。」
チャレンジャーだなあ。爽やかでオーソドックスな味を楽しみながら、私はキムチ味のレビューをする朱鳥ちゃんを見つめたのだった。
「あたしチョコバナナ並ぶ!」
「私のも買ってきてくれない?」
「いいよー。あ、焼きそばお願い。」
「了解。」
梨音先輩と部長は、それぞれが別の屋台に並んでまとめ買いをしている。
「チョコバナナ、いちご味に、抹茶味に!」
「朱鳥さん?そのー。……まだ食べるんですかね。」
「うん。お祭りフードだもん、年に一度ぐらいしか食べられないでしょ?」
ラムネとたこ焼きを掲げて、幸せそうな表情をする朱鳥ちゃん。
「見てるこっちまで胃もたれしてくるんすけど……。」
蛍くんがラムネと朱鳥ちゃんを交互に見つめる。金銭的にも胃の容量的にも真似できなさそうだった。まだ余裕がある表情なのが恐ろしい。
「あら、まだまだお祭りは始まったばかりよ?これからたくさん遊ぶんだし、しっかり食べといた方がいいんじゃない?」
「部長!」
部長は満足げに笑う。チョコバナナに焼きそば。りんご飴まで持っている。
「食べていいんですかね。俺。」
「どういうことだ、伊勢谷慶くん。まだ君は何も食べてないし、何も買ってない。迷う必要はないんじゃないか?」
片手にチョコバナナを持っているのがバレバレだった。甘い物好き、隠す必要はないと思うのに。
過去の約束によって、孤色先輩が甘党であることを言ったら半殺しにされる。だから言わないけど。
「いや、バイトだ……お小遣いがなぁ。」
黙っててください!と伊勢谷くん目で訴えかける。私が小さく頷くと、ほっとしたように彼は息を吐き出した。
「せっかくのみんなで来た夏祭りだ。まあ、無理強いはしないがな。」
じゃあ、と言って物陰に隠れる孤色先輩。私の目には、早くチョコバナナを食べたくてたまらないように見えるのだが……気のせいだろう。そう思うことにした。
「うん。みんなで来たんですもんね。俺は買いに行きます!」
「あたし、二つ買っちゃう!」
「私も食べたいなぁ。」
「じゃ、おれも行く。」
ワイワイ話しながら列に並ぶ。
「こういうのって、なんだか良い。昔のおれなら出来なかっただろうから。」
「……私もかもね。」
つい、ぽろっとこぼれた言葉。え、と言いかけてやめたような蛍くんの口。
「2人とも列の途中で止まらないでよー!後ろの人が、ほら。」
「あ。」
その話は、そこで終わりになる。重い雰囲気が無くなって安堵する。
それでも、蛍くんの言ったことは頭の中に残っていた。
じわりじわりと、後から温かいものを感じられる。
私と同じ気持ちの人が近くにいて、良かった。
「アッ、あの、天音さん?どうかしました?」
「ごめん、伊勢谷くん。ちょっと考え事してた!」
チョコバナナたちにまた少し近づいた。自分が何味を食べるのか。そんな話になったので、私は先ほどのことを心に留めておくことにした。
「演劇部に所属する諸君!腹ごしらえも済んだことだし、行こうではないか!ゲーム屋台に!」
部長が高らかに告げる。
「イェーイ!」
「……って、なんであんたがいるのよ!?」
別で食べ物を買っていた先輩と一緒に合流してきたのは、今垣先輩だった。
「別に良いだろう。|僕《やつがれ》は入部することを決めたからな!あ、そこの音響やってた君。いろいろ詳しく教えてもらおうか。」
「こっち来ないでくださいよ、怖いですよ…‥。」
梨音先輩のツッコミに、不思議そうな顔をして返す先輩。
「はぁ!?」
「何だよ、悪いか?」
そのまま言い合いを始める2人。
「なんだかんだ、中野梨音くんとは話せるんだな。その代わり……不機嫌だな、彼が。」
「彼、ですか?」
私が質問すると、孤色先輩は顎で「彼」「示す。
チョコバナナを食べ終わって機嫌が良さそうな孤色先輩とは反対に、機嫌がとても悪そうな、むすっとした顔で佇む宝川先輩がいる。
「あーっ、そういうことっすか。」
「ヤキモチってことね!」
「ちょっと、朱鳥さん!声がその、大きいです……。」
「しまった!」
朱鳥ちゃんがゆっくり顔を宝川先輩の方に向ける。
「おう、アスカ。俺とお話したいか?」
目が笑ってない。怖すぎる。
「遠慮しておきます!あ、ラムネ美味しかったです、ありがとうございます!宝川先輩はとってもイケてる先輩ですよ!」
「ありがとな。はは。」
やはり目が笑っていない。
「梨音と同じクラスの僕からしたら、迷惑すぎるね。宝川に色々訊かれる回数が増えそう。」
「友達だろ、俺ら。」
「しょうがない、頑張って早く成就させるんだぞ。」
そのままこそこそ、屋台の陰で恋愛相談会をスタートさせてしまった。
「あーあー、そこ。昼ドラはよそでやれ。」
部長に一喝されて、しぶしぶ戻ってくる。
「だってさ、宝川。昼ドラねぇ。ふふ、ははは。」
「また学校で相談に乗ってくれよ。おい、聞いてるのか?」
昼ドラ発言にくすくすと笑い続ける美月先輩。そんなに面白かったのか。
「怖いっすね。俺も恋をしたらあんな感じでからかわれるのか……ひえー、恋愛する気になりませんよ。」
しばらく歩く。着いた屋台は、射的。
「なかなか似合うんじゃない?」
くるりと銃を持ってターンする。
「はいはい。分かったからやるんだよ、部長。」
「つまんないわね、鳥塚。……うーん、お菓子狙おうっと。」
先輩は一気に真剣な眼差しになり、景品たちを見つめる。
部長は息を浅く吸う、次の瞬間には、もうお菓子の箱は乾いた音を立ててビニールシートの上に落ちていた。
「お嬢ちゃん上手いね、はいどうぞ。」
「チョコ菓子、ゲットー!」
「俺も取れたぜ、ビスケット。」
駄菓子を手に持ち、はしゃぐ部長と鳥塚先輩。
「いいなー、俺1つも取れなかったんだけど。」
「僕もだな。出来ることなら分けてくれ。」
「いいぞ。」
袋を開ける。そして親鳥がヒナにご飯を与えるように、鳥塚先輩は孤色先輩の口にビスケットを放り込んだ。
「いいなー、いいなー、俺も食べたいなー。」
「宝川にはやらないわよ。あ、1年ズ食べる?」
「チョコレートがサクサク菓子にしみ込んでるやつ、美味しいんですよね。」
手渡された菓子を噛む。甘く、濃厚な味が広がる。至福のひととき。
「おれはいいっす。先輩、どうぞ。」
蛍くんの分のお菓子を頬張る先輩。
「はーっ、どっかの部長と違って優しいねぇ。」
「あら、連行されたくて?」
「遠慮しておきます。」
「じゃあ、先輩らしいところは別のゲームで見せればいいんじゃないか?|僕《やつがれ》、あれやりたいんだが。」
指さしたのは、ヨーヨーすくい。
「よし、行くぞホタル!俺もカッコいいところを見せるんだ!」
「……ダメだった。」
「難しいからしょうがないっすよ、お祭りのゲーム。」
隅っこでうずくまる宝川先輩。その肩を優しく叩く蛍くん。
「僕でも2個取れたのにか?」
両手のヨーヨーを掲げる美月先輩。
「宝川悠くんは、きっとゲームが壊滅的に下手なんだ。」
「あいつ、妙なところで運がないからねぇ。」
梨音先輩の一言に頷く部員たち。
「なんでそういう時だけ息ピッタリなんだ……。」
「部活での先輩、十分カッコいいですよ!」
「アオハラ、ありがとう。アイツ、余計なことを言いやがって。」
でも、と言って宝川先輩は息を吸う。
「そういうところが、俺は」
その時だった。
辺りが眩しくなって、少し遅れて大きな爆発音がした。
「たーまやー!」
「言っちゃった。」
「宝川先輩、たぶん聞こえてませんよ。」
「え?」
宝川先輩がしたであろう、意中の相手をときめかせるための一言は花火にかき消されてしまったようだった。
「無邪気に花火、見てるみたいですね。」
「そうみたいだね。」
伊勢谷くんと私の会話を聞いて、さらに落ち込む先輩。
「嘘だろ、俺の勇気返せよ……。」
「何落ち込んでるのよ、綺麗よ!花火!」
こうしている間にも、どんどん花火は打ち上げられる。梨音先輩は両手を広げて、楽しそうにそれらを見ている。
「……そうだな。綺麗だな、あの馬鹿花火ー!」
「とうとうおかしくなったんじゃない、宝川。」
「|僕《やつがれ》も梨音の意見に同感だな。」
宝川先輩の叫び声は、夜空を彩るものたちに虚しく吸い込まれていった。
「もうそろそろ帰らないと、寝るのが遅くなっちゃうから!またね!」
「おれも。明日から宿題やらなきゃいけないのか、はぁ。伊勢谷も頑張れよ。」
「あの、俺もう終わったんです、夏休みの宿題……。」
「処理速度速すぎでしょ!」
花火にも負けず劣らず、輝くような笑顔でそういった朱鳥ちゃん。それに続く伊勢谷くんと蛍くん。走り去っていく姿は小さくなる。
「お開きにしますか。」
ワンテンポ遅れて、部員たちはカバンを背負いなおすなり、帰りの支度を始める。
「そうだな!ちなみに天。宝川、どうしたんだ?あんなに暗い顔して。」
「君、一部始終を見ていなかったのか……。」
「そってしておいてあげなよ。傷心なんだよ、彼。」
「雨宮美月くんの言う通りだ。」
「そうなのか?」
3人の先輩に続いて、梨音先輩や部長、今垣先輩、そしてようやく宝川先輩も立ち上がる。
「帰るわよ、宝川。……次は上手くいくわよ、きっと。」
「部長のその言葉、信用できないんですけど。」
「うるさいわね、成功するったら成功するの!」
きっとあれも、彼女なりの慰めなのだろう。
「……誰も、いなくなっちゃった。」
お客さんもだんだんと帰っていき、部員たちもいなくなった。このあたりには私1人だけだ。
「私も早く帰らないと。」
つぶやいても、返してくれる人はいない。少し涼しくなった風が、私の隣を掠めていくだけだった。
すっかり私は演劇部メンバーがいないとダメみたいだ。
しばらく後の部活が、より待ち遠しくなった。