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キミの名前を描きたい。1
君は君のままが一番輝いているんだよ。
「おっはよー!」
朝から緊張感と静けさに包まれていた教室が穂稀の声でぱっと明るくなる。
「おはよ、穂稀。朝から元気だねぇー。」
私がちょっと穂稀をからかうように言うと、穂稀は顔をしかめた。
「えーなに、その言い方。あ、褒めてるつもりか、そっかそっか、どーもありがとうございますぅ~。」
「いや、そっちの言い方の方がヤバいし。」
「そーかなー」
そんな変な会話をしながら私、世良小羽玖の親友、小鳥遊穂稀は私の前の席にどすん、と座った。すると鞄をいじっていた穂稀が「あ」と声を上げた。
「小羽玖~!ヤバいんだけど!体育のレポート出来てないのだが。」
穂稀はいつもそうだ。要するに忘れ物をよくするということ。ちょうど、私もレポート提出しようと思ってたとこだったし見せてあげるか。
「はい、これ私のレポート。参考になるか分からないけどいい?」
「おぉーさすが小羽玖!私のレポート様苦手なんだよね。」
「なんなの、レポート様ってww」
私の返事を聞きながら穂稀は私のレポートと自分のレポートに目を交互に向けながらシャーペンを走らせていた。
ふいに、穂稀の口が緩んでぽんと言葉が出た。
「小羽玖って好きな人とかいる?」
穂稀はこの質問をよく私にしてくる。男子のことを一回も好きになったことがない私には好きな人とかいないって毎回言ってるのになんでこんなに聞いてくるのだろう。 「だから、いないって毎回言ってるじゃん。」
「そっか、ちょっと相談してもいい?」
わざわざ聞かなくていいよって言おうとしたけどなかなか口からその言葉が出なかった。
「うん」
シンプルな返事で返した。そう言うことしか出来なかった。穂稀の目がいつもより真剣だった。私とじゃれているときには絶対に見せないようなすごく真剣な目。
「あのね、」
穂稀が話し始める。
「私、對馬君が好きなんだ。小羽玖は對馬君のこと、どう思う?」
對馬君っていうのは私達のクラスメイトだ。
「別に特別かっこいいとは思わないけど性格はいい方だと思うけどな。」
私は對馬一颯と同小だ。
「でも、一颯はいいと思うよ。」
「そう?」
「うん。一颯は性格神ってるから。顔はわかんないけど。」
私が何気なくそう言うと穂稀はなぜか目を輝かせた。
「おー!ようやく小羽玖にも男子の良さが分かってきたかー!よかったぁー。」
「え」
いや、良さが分かったとかそんなんじゃないんだけど。「ていうか、一颯のどこが良かったの?」
そうやって聞くと穂稀はちょっと頬を赤らめながら
「全部」
と言った。
なんか、恋ってえぐいな。
「あ、レポートさんきゅ。小羽玖マジ神。」「いや別にいいよ。一颯と頑張ってね。」
すると、穂稀はふふっと笑った。穂稀やっぱかわいいな、いけるよ一颯くらい、って言いたかったけどその言葉は口の中で止めておいた。
「小羽玖にも恋心が生まれるといいね。」
「はいはい、たぶん一生無理だけどね。」
私がテキトーに答えると「うわ」てちょっと引き気味にそういわれた。
「なんか悪いことでも?」
「いやいや、すみませんね、小羽玖さーん。」
なんか今日の穂稀テンションバグってるな。
「ま、いいけど。お互い頑張ろうね。」
そのお互いという言葉はぽん、と私の口から出ていた。 なんの意味も持たずに言ったつもりだった。はずなのに。「…」
「なに、なんか答え―」
え。なに、その顔。穂稀は少し強張った表情をしていた。私は小さい深呼吸をした。そして
「どうし―」
「ねぇ、」
私が言い終わらないうちに穂稀の口が動いていた。
何だろう、私の体内に恐怖からのざわめきがふつふつと湧き上がってくる。
「小羽玖は對馬君が好きなの?」
「へ」
何を、言っているのだろう。
「え、どういうこと、」
と私が驚いたように声をあげると穂稀は少し目を丸くした。
「いや、小羽玖がお互い頑張ろうって言ってたから、小羽玖も對馬君のことが好きなのかなぁーって」
「え、そんなことあるわけないじゃん!大体同小の人のこともう一回好きになるとか惚れるとかまずないから。大丈夫、私はずっと穂稀の恋を応援してるよ。」
「ホント?」
「うん」
私が力強くそう答えると穂稀の頬が少し緩んだ。
「よし、もうライバルはいなーい!神ー!」
穂稀が急に叫びだしたものだから思わず笑ってしまった。
「でも、クラスは4組まであるんだからさ、私が調べとくよ。一颯のことが好きな人と一颯自身が好きな人。穂稀の恋を応援できてるか私は全く分かんないけどそれでいい?」
「えー!そこまでしてくれんの。最高のキューピッドじゃん!さんきゅ」
「いやいや、それほどでも―」
穂稀は満面の笑みを浮かべていた。
「よろしくね、キューピッド小羽玖」
なんだ、そのあだ名は。
「どーぞよろしくお願いしますーww」
「ww」
私と穂稀は爆笑していた。
その時、教室のドアがガラッと開き、ドアの向こうに穂稀の大好きな人が立っていた。
「あ」
思わず声が出た。穂稀も無言になっている。そしてヤバいヤバいと言わんばかりに前髪を慌ててセットしている。「教室なんか静か、」
そうぶつぶつ言いながらその人、對馬一颯は穂稀の斜め前の席に座った。
私は穂稀にそっと耳打ちする。
「大丈夫?冷静にね。きっと行けるから。一回話しかけてみたら?私もずっとそばにいるから。」
私がそんな提案をすると穂稀が驚いたように声を上げた。「え、む、無理だよ、そんなの。」
「大丈夫、あいつはこっちからグイグイ行かないと駄目な奴だからさ。」
「うー、」
穂稀は悩むようなはずかしいような声を出しながら少しの間考えて
「小羽玖がいるから、頑張る」
と言ってくれた。
「おけ、チャンスを見計らっていくんだよ。」
そして一颯の様子をチラチラ見ながら私たちはいつものように話した。
ふいに、一颯が席を立った。こちらに向かってくる。
―まさか、こっちに来るつもり…。
穂稀も気づいているのか、息が荒かった。一颯に背を向けている穂稀と穂稀の方に体を向けている私では、私の方が一颯と先に目が合うはずだ。なんか、気まずい。私は穂希のキューピッドっぽく、
「穂稀、後ろを見て。」
と、穂希にそっと耳打ちをした。
穂稀は私に言われた通りに後ろを振り返る。一颯と穂稀の目が合った。
穂稀はフリーズしたままだ。一颯の口が動く。
「あ、小鳥遊さん、おはよ。小羽玖も。」
「あ、あの、お、おはよう。」
穂稀はそう答えた。
ちょっとぎこちなかったけどナイス!
「うん、おはよ。」
私はテキトーに答えておいた。よし、穂稀ガンバ!
「小鳥遊さん体育のレポート終わった?ていうか、提出って今日だっけ?」
あれ?
なんか、いつもの一颯と違うような…。
私の目には一颯と穂希が前から親友だったみたいに見えた。
でも、そんな違和感は穂希から漂ってくる緊張感にすぐに奪われてしまった。
一颯ってこんなにグイグイいく派だったっけ。チャンスだ、穂稀。
「へ、あ、終わったけどまだ提出してないよ。多分今日だと思う。」
ちょっと穂稀の言葉が自然になったのを見て頬が緩んだ。「ごめん、」
一颯が急に顔の前で手を合わせる。
「そのレポート見してくんないかな?いい?」
「え、あ、うん、もちろん。」
おぉ、そう来るか。
穂稀はちょっと慌て気味にファイルの中にあるしわ一つないきれいなレポートを一颯に差し出した。
「ありがと。俺プリントこんなに綺麗に保管したことないんだけど。」
そう言いながら一颯はにこやかに穂稀からのレポートを受け取った。その時、穂稀も笑っていた。いい感じ。
「でも、私馬鹿だから参考になるか分かんないよ?大丈夫?」
「いや、俺にレポートを見せてくれるだけで十分素敵な人間だと思うよ。」
へ、一颯なんか変わったな。絶対穂稀ヤバいじゃん。
「そうかな、でも、ありがと。」
って意外と普通だった。すご。
「小鳥遊さん、今日初めて話したけど、これからもよろしくね。」
「うん、こちらこそ。對馬君よろしく。」
穂稀はそういった。普通に。恋ってこんなに軽いものなのかな。
私が穂稀のキューピッドやらなくても行けるのでは?
「あ、一颯でいいよ。俺は小鳥遊さんのことなんて呼んだらいい?」
穂稀の顔がぶおっと赤くなるのが分かった。
「えー、普通に穂稀とか…。」
言ったー!すご。
「おっけ。穂稀よろしく。いい名前だね。」
一颯も攻めすぎ。
さて、私は二人の会話をずっと聞き耳立てながら聞くのもおかしいし、トイレにでも行くかー。あと、レポートもついでに提出してこよ。
ちょっと端が折れてるレポートを持って、私が席を立った時、「あ、あれ、小羽玖どこいくの?」穂稀に声をかけられた。
二人は話してていいよ、って言いたいけど二人という単語を使ってしまうのはどうなのか恋をしたことがない私には全く分かんないし、普通に
「ちょっとレポート提出すんのと、トイレ行ってくる。」と言っておいた。それを聞いて穂稀は少し心配そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。私は頑張れ、という気持ちを込めて笑った。
穂稀と一颯の恋が実りますように、心の中でそう願い続けた。
これからも続きます!次は穂希視点!