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イカロス
太陽に近づきすぎた天使は翼を焼かれて墜落死してしまったんですって。
それでも、空を見上げる癖はやめられなかった。手を伸ばせば届きそうで、でも届かない。そんな感覚が、私にとってはいつものことになっていた。
帰り道、坂道を下るたびに、足元の石ころや落ち葉に視線が落ちる。上を見上げると、青が広がっている。でも、どこか遠くて、触れられる気はしない。
「また落ちるんだろうな」
口に出して言うと、風がさらりと答えた。
教室でのことも、家でのことも、世界のすべてが少しずつ重く、ずるずると下に引っ張るように感じられた。けれど、落ちることを知っているからこそ、ほんの一瞬の浮かび上がりに、妙な快感がある。
私は笑った。苦く、少し照れくさく。
「これが世の中か」
その言葉を呟きながら、心のどこかで、小さな光を握りしめている自分に気づいた。夕暮れの空は、日が沈むにつれて、赤から紫に変わる。少年はその色を胸に刻む。昇ることも、落ちることも、どちらも終わらない。だからせめて、落ちていく自分の影を、空の色と一緒に見つめていよう。
そう決めると、不思議と肩の力が抜けた。上も下も、もうどうでもよかった。ただ、自分の足で坂を下り、石ころを蹴り、風の音を聞く。それだけで、十分だった。
そして私はまた、小さく笑った。
苦く、でも確かに、生きている笑みを。