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彼女が行方不明になったのは、春でも冬でもない、中途半端な季節だった。
ニュースになるほどのことではなく、学内の掲示板に紙が一枚貼られただけだ。
名前、学籍番号、最後に確認された場所。
どれも、彼女を知っている者にしか意味を持たない情報だった。
彼女は詩を書いていた。
同じ学部の後輩で、授業の後に研究棟の階段に座り込み、
ノートに何かを書きつけている姿を何度か見かけた。話したことは、ほとんどない。
ただ、一度だけ、コピー機の前で紙を落とした彼女に、それを拾って渡した。
そのとき、ノートの端に短い詩が書かれているのが見えた。
「一途であることは、刃物に似ている」
それだけの一行だった。
意味は分からなかったが、なぜか覚えていた。
行方不明になったあと、彼女の部屋からいくつかの詩が見つかったと噂で聞いた。
大学が管理しているアパートで、家具も少なく、生活感に乏しい部屋だったらしい。
詩はノートにまとめられていたわけではなく、紙片や、封筒の裏や、レシートの余白に書かれていたという。
一途、という言葉が、何度も出てきた。
誰かを想っていたのか、何かを信じていたのか。
それとも、ただ一つの言葉に固執していたのか。
読む者によって解釈が変わる、そういう詩だったらしい。
彼女と親しかったという学生が、ぽつりとこう言った。
「一途すぎる人でした」
それが褒め言葉なのか、警告なのか、分からなかった。
数日後、彼女の詩を集めたコピーが、研究室の机に置かれていた。
誰が用意したのかは知らない。タイトルも著者名もない。
僕はそれを、講義の合間に読むことになった。
そこに、あの一行があった。
「一途であることは、刃物に相手に向けているのと一緒だ」
「刺せば、相手を守ることも、壊すこともできる」
続きがあることを、初めて知った。
詩は、全体として静かだった。
激情も、絶望も、あからさまには書かれていない。
ただ、同じ対象を見続ける視線の疲労が、行間に溜まっていた。
逃げ道を自分で塞いでいくような、慎重さ。
読み終えたとき、僕は奇妙な感覚を覚えた。
彼女がいなくなった理由が、分かった気がしたのだ。
しかし、理解ではない。納得に近い錯覚だった。
一途であることは、美徳として語られる。
けれど、向きを失った一途さは、戻る場所を持たない。
彼女の詩は、そのことを丁寧に書き続けていた。
掲示板の紙は、いつの間にか剥がされていた。
見つかったのか、捜索が打ち切られたのか、誰も説明しなかった。
大学は、そういう場所だ。人が来て、人が消えても、年度は更新される。
僕は、彼女の詩のコピーを引き出しにしまった。
読み返すことは、もうしないと思った。けれど、捨てることもできなかった。
行方不明とは、不在の状態ではない。所在が分からない、という持続だ。
彼女は今も、どこかで詩を書いているかもしれないし、もう書いていないかもしれない。
そのどちらも、僕には同じ重さだった。
一途であることを、僕は選ばなかった。選ばなかったから、ここにいる。
彼女が選び続けたものが、どこへ行き着いたのかは分からない。
ただ、研究棟の階段を通るたびに、ノートに書かれた一行を思い出す。
刃物は、置いておくだけでも危険だ。
それでも人は、必要だと思うと、手に取ってしまう。
彼女はずっと行方不明。
そして僕はいまも、その事実を、|他人事《詩》のようにしか扱えないままだ。