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試行錯誤の都づくり
目を開けると、そこは広大な平野と城塞の跡が混ざる、朝鮮半島の風景だった。
「ここは、新羅の時代だよ。」
Mが手を広げ、遠くを指さす。
丘の上には新羅の城がそびえ、武士たちが忙しなく動き回っている。
「新羅は唐と結び、百済や高句麗を滅ぼしたんだ。そして今、半島を統一しようとしている。」
君たちは丘の下に集まる日本の軍を見つめる。
「日本は百済の復興を助けるために軍を送ったんだよ。けれど新羅と唐の連合軍には勝てず、撤退を余儀なくされたんだ。」
空には、兵士たちの槍と旗が翻る様子が見えた。敗北の重苦しい空気が漂う。
視界が揺れ、次の瞬間、君たちは滋賀県の大津、天智天皇の時代に立っていた。
「ここで中大兄皇子が即位し、天智天皇となる。全国の戸籍を整え、国家の基盤を作ったんだ。」
Mが笑顔で指を鳴らすと、農民たちが土地の調査を受け、戸籍に名前が書き込まれる様子が目の前に映る。
やがて、天智天皇の死後。
「さあ、壬申の乱だ。」Mの声に合わせて視界が激しく揺れる。
大友皇子と大海人皇子が軍を率いて対峙する。剣がぶつかる音、馬のひづめが地面を叩く音、兵士たちの叫び声。
勝利したのは大海人皇子。彼は即位し、天武天皇となった。
「天武天皇は、国を強くするために多くの政策を実施した。肉食禁止令もその一つだ。」
都は飛鳥へ戻され、外国に負けない国を目指して整備される。
天武天皇は藤原京の建設を始め、妻の持統天皇が完成させた。碁盤の目のように整った都市計画は、唐の長安を参考にしたものだ。
「このころ、日本は律令国家への準備を進め、国号として『日本』が正式に使われるようになったんだよ。」
701年、ついに大宝律令が完成する。これに基づき、貴族は高い地位と特権を受け、地方豪族は郡司として統治に関わるようになる。
「国は郡に分けられ、全国に国司が派遣された。九州には太宰府、東北には多賀城も置かれたんだ。」
貴族や寺院は農民を使って新しい土地を開墾し、荘園を広げる。公地公民制度は徐々に崩れ、私有地が増えていく。
平城京に都が移り、奈良時代が始まる。
「仏教と唐の影響を受け、天平文化が花開いたんだ。」Mは手を広げ、目の前に巨大な堂塔が現れる。
「ここが、奈良時代の中心地だ。東大寺の大仏は、聖武天皇が国家の安泰を願って建立したんだ。大仏の顔を見てごらん――威厳に満ちているだろ?」
君たちはその巨大さと、金色に輝く穏やかな表情に息を飲む。風が吹くたび、堂内の香が鼻をくすぐり、僧侶の読経が静かに響く。
「そして、全国に建てられた国分寺・国分尼寺も見逃せない。国ごとに寺を作り、仏教の力で国を守ろうとしたんだ。」
Mが歩きながら指をさすと、遠くに整然と並ぶ瓦屋根や朱塗りの柱が視界に入る。僧たちが修行し、読経を行い、地方の人々を導いている姿も見える。
「行基は特別な存在だよ。」Mが声を落として言う。
「彼は民衆に仏教を伝えるだけじゃなく、橋や道路を建設して生活を支えたんだ。実際に歩いてみると、道の整備や橋の設計の工夫がわかるよ。」
目の前には川を渡るための立派な木橋や、山道を切り開いた道が広がっている。人々が行き交い、商人や旅人の活気が感じられる。
Mが正倉院を指さす。
「ここには、聖武天皇が使った道具や楽器が保存されている。木製の道具、絹の衣、金属の装飾品――当時の技術や美意識がそのまま残っているんだ。」
校倉造の倉の陰影が、静かに歴史の重みを伝える。君たちは自然と手を合わせ、当時の人々の努力を想像する。
さらにMは指を上げ、唐招提寺の方を向く。
「鑑真和尚が苦難の末、日本に渡って開いた寺だ。五度の失敗を乗り越えたその意志の強さ。それが日本の仏教文化に大きな影響を与えたんだ。」
君たちは彼の姿を思い浮かべ、船旅や荒波を越えてきた苦労を感じ取る。
文化の発展は建物や制度だけでなく、書物にも現れていた。
Mが巻物を空中に浮かべると、古事記、日本書紀、風土記、万葉集が目の前に現れる。
「古事記は神話や伝承、歴史をまとめたもの。日本書紀は神話から歴史までを体系的に記した記録。風土記は地方の地理や伝承をまとめた地誌。そして万葉集は、当時の人々の心を和歌に詠んだ作品だ。」
ページをめくると、五感で歴史や自然、日常の息遣いまで感じられるような錯覚に陥る。
しかし奈良時代後半、貴族や僧の勢力争いが激化する。
政治が混乱し、都の秩序は揺らいだ。
「そこで桓武天皇が登場する。」
Mは静かに語りかける。
784年、都を長岡京に移したのは、仏教勢力の干渉を避けるため、そして皇統を天武・天智系の間で安定させるためだ。
君たちは長岡京の平地に広がる新しい街並み、碁盤の目状の道路を見下ろす。
さらに10年後、794年。Mが手をかざすと、都は平安京へと変わる。
「ついに平安時代が始まる。山や川を巧みに利用し、碁盤の目のように整えられた都市計画は、唐の長安をモデルにしているんだ。」
風が吹き抜け、都の屋根瓦が光を反射し、四季折々の景色が市街地を彩る。人々の生活、貴族たちの雅やかな暮らし、僧侶の読経の声。全てが調和した空間として目に飛び込む。
Mは微笑みながら振り返る。
「ここから、日本の歴史はさらに大きく動き出す。君たちは、その始まりを目撃したんだよ。」
そこで君たちの意識は途絶えた。
目を開くとふわふわと宙に浮いていて、何にも触ることができない。
そこで君たちが見たのは、血で血を洗う戦争。
大地は廃れ、人々がうめき、兵器の音が響く。
昔の戦争だ、と君たちは気づく。これはきっと世界を震わせた昔の戦い。
どうしてこんな夢を見るのか、と首を捻りながら君たちは目覚める。