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歪街
__ 設定:にゃる __
ここはどうやら人の心さえ、風景さえも綺麗な街だった。私、真波がいつも働いているビル街とは同じようでまったく異なる景色が広がっている。
「…あの?この街で見ておいた方がいいところはありますか」
ふらふらと見渡しながら棒立ちで声をかけるこちらを見つめて、彼女は明るく話してきた。
「ん?初めて来たの?時計塔に船着場に…まあ、ついてきて!」
弓月というらしい彼女は、いろいろな建物を指差しながら足早に歩いている。
「詳しいことは柊に…!あ、ちょうど!」
船着場に来たところで曲がり角からゆらゆらと軍服のようでそうでない格好をした、柊と呼ばれる人物が現れた。
「…初めてお目にかかります、柊と申します」
「あ、えっと、初めまして」
見上げるも顔全体が黒く塗られたようになっていて、いったい何者であるかは分からないでいる。
「ねえ真波!柊に船、乗せてもらったら?」
弓月に背中を押され、柊との船旅を強いられた。
「あの、この街はとても綺麗ですね」
「…もっと綺麗な街を見てみませんか?」
こちらが言いかけるのを押しきるように、柊は話し始める。
「きっとあの世は美しくて、見るたび思わず息を呑むと思います」
「そんなことより、よければ貴方様の思い出を聞かせてくれませんか」
どうやらこの船の上では、私に主導権なんてないようだった。そうして、さまざまなことを振り返りながら柊に話してみる。
「そうですか、貴方様は豊かな人生を送っていたんですね」
船の速度が落ちて、あたりがだんだん霧に包まれた。
「さあ、着きましたよ」
柊がそう言うと、霧は晴れて星空に満ちている。
「…すごく、綺麗ですね」
怖気づきながら笑ってみると、柊は満足そうに船へ戻り私を置いて行ってしまった。