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青春カルピス
夏の夜の匂いがした。
浴衣の裾が足元にまとわりつくたび、鼓動がうるさく跳ねる。
待ち合わせの鳥居の前に立っていたのは、思い描いていた理想の未来ではなく、残酷な現実だった。
「なんでお前いんの!?」
たくみのその一言で、りんかの足元が崩れ落ちるような気がした。
目の前で、たくみは焦りと動揺を隠しきれない顔をしている。その隣で、こはるが怯えたようにたくみの袖をギュッと掴んでいた。
――夏祭りに誘われたのは、こはるだった。
「二人きりなんて緊張しちゃうから、りんかちゃんも一緒に行こ?」
そう言われて、りんかは断れなかった。大好きな親友のお願いだったから。それに、こはるがたくみのことを好きだということも、りんかは知っていた。だからこそ、自分の奥底にある恋心に蓋をして、二人のキューピッドのつもりでついてきたのだ。
けれど、たくみにとっては違った。
彼は今日、こはるに想いを伝えるために、すべてを賭けていた。二人きりで歩くはずだった境内。思い描いていた計画をすべて台無しにされたたくみは、怒りと焦りから、思わずりんかにキツイ声を荒げてしまった。
「ごめん、私……」
言い訳をしようとしたけれど、たくみの冷ややかな目と、怯えるこはるを見て、りんかはそれ以上言葉を飲み込んだ。
邪魔をしているのは自分だ。最初から来るべきじゃなかった。
「ちょっと、ジュース買ってくる」
震える声を必死に隠して、りんかは二人のもとを離れた。
打ち上げ花火が始まる前の、一番浮かれた時間。周りを見渡せば、浴衣を着たカップルや、楽しそうにはしゃぐ友達ばかりが目に付く。ひとりぼっちになったりんかは、人の波に流されるように、縁日の隅にある小さなカルピス屋台の前に立ち止まった。
「お嬢ちゃん、カルピスふたつね。はいよ!」
白髪交じりのおっちゃんが、威勢のいい声で笑う。
出てきたのは、冷たくて白い液体がたっぷり入ったプラスチックのカップがふたつ。
「彼氏と飲むのぉ? いいねぇ、青春って!」
おっちゃんは冷やかそうに、カラカラと笑った。
「あ、えっと……ちがっ……」
「いいんだよ、照れんなって。頑張った後に飲むと美味しいんだよ、これ!」
おっちゃんはニコニコしながら、「サービスしとくよ」と代金を受け取らずにふたつのカップをりんかに持たせた。その温かい厚意が、今の傷ついたりんかの胸にはあまりにも痛かった。
トボトボと元の場所へ戻ろうとしたとき、少し離れた人だかりの中で、たくみとこはるの姿が視界に入った。
たくみが、こはるの手を取っていた。
周りの喧騒が、スッと遠ざかる。こはるが恥ずかしそうに小さくうなずき、たくみがホッとしたような、愛おしそうな顔で笑って彼女を引き寄せた。
――あぁ、そっか。
りんかは足を止めた。一歩も、前に進めなくなった。
ふたりの世界ができあがっているそこには、もう自分の入り込む隙間なんてどこにもなかった。
たくみはずっと、こはるだけを見ていたのだ。最初から、りんかの居場所などなかった。
手元のトレイの上で、ふたつのカルピスがカラリと揺れる。
ひとつは、たくみに渡すはずだったもの。
もうひとつは、自分のためのもの。
「……おめでとう、ふたりとも」
声には出さず、唇だけでそう呟いて、りんかはそっと背中を向けた。
祭りの音が遠ざかる暗がりの中で、冷たくなったカルピスにストローを差す。
ひとくち飲むと、自分の涙が混じったのか、甘いはずのそれは胸の奥がキュッと締め付けられるほどにしょっぱかった。
「一緒に、飲みたかったなぁ……」
空の向こうで、ドン、と重い音がして最初の一発目の花火が夜空に咲いた。
りんかはその光を見ないようにして、ただ俯いたまま、冷たいカルピスを喉の奥に流し込んだ。