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#3:入局
今回もグロ要素はありません。
まだまだ局員さん、募集してますよ。
ソレイユの腕の中で揺られること、数分だろうか。
「着きましたよ、ここです。」
目の前にあったのは、焦茶色の重厚な扉。金色の何かで縁取られている。取っ手も金色。
……まさか、本当の金だったりするのだろうか。この特別保安局なる組織の財力が伺える。
「入りましょう。あ、一旦下ろしますね。さっき、連絡はしてあるので、いらっしゃると思うんですけどね……。」
そう呟いて、彼はインターフォンのボタンを軽く叩く。
「コマンダー様、いらっしゃいますか?……はい、はい。ありがとうございます。」
ガチャリ、と何かが開くような音がした。
どうやら扉の電子ロックが解除された音のようだ。
「入れますよ!ドア開けますね。」
私はなんとか壁につかまって立っていた。ゆっくりと金色の手すりを掴んで、体重を移動させる。鈍い痛みを放つ足で、そこに踏み込んだ。
「いらっしゃい。あなたが高木亜里沙さんね。」
そこに堂々と座っていたのは、この部屋のあるじであろう少女だった。
白く、輝く綿飴のような不思議な髪。その髪とは対照的に、墨のように黒い瞳。顔立ちは幼いのに雰囲気は大人の女性のそれだった。そのアンバランスさが美しい、そう思ってしまう。
「わたしはここの局長……コマンダーをやっている、ミナと言います。よろしくお願いします。」
ソレイユの体を掴んで、ふかふかしているソファに座る。
柔らかく、優雅な香りが鼻腔をついた。少女、もといミナさんが紅茶を運んでいた。
「コマンダー様!?」
「良いのよ、わたしがやりたかっただけだもの。実はこっそり練習していたのよ、紅茶の入れ方。まあ、付き合ってちょうだいな。」
しばらく紅茶とミナさんを、ソレイユの視線が行ったり来たりする。
「……分かり、ました。そういえば、アシスタントの方々はどこへ?」
頬に手を添えて彼女は発言する。この仕草がとても自然で、良く似合っていた。
「今、サポーター情報課の子たちと擦り合わせを行っているわ。いつもそばにいるわけじゃないし、わたしにだって1人の時間が欲しい時くらいあるの。それにわたし、弱いわけじゃない。自分の身くらい守れるわ。」
「でも、あなたがいなくなると、この組織は回らなくなるんですよ。」
「いいから!」
手を叩いて、ソレイユを静止する。一応ソレイユは黙った。まだ言いたいことがありそうな表情だった。
「本題に入らないと、ね?」
「そうですね。」
一息ついて、紅茶を飲むソレイユ。私も一口、口にその液体を含む。
「色々訊きたいことがあるんでしょう、亜里沙ちゃん。」
……さて、もちろんたくさんあるわけだが。何から訊こう?
「じゃあ、あの怪物について。あんなの見たことないし聞いたことないし、本当に何なんですか。危険すぎますよ、あんなの。」
「そう。あれは『|ギルティ《・・・・》』よ。危険すぎるから、わたしたちが排除しているの。」
「やっぱり、狼じゃないんですよね。狼型なんですか?」
「その個体はね。」
微笑んで、ミナさんは自分の紅茶に角砂糖を落とした。また、ふわりと紅茶の香りが部屋に広がる。
「その個体は?」
「そう。姿は個体によってまちまちなの。人間には普通は見えないから、あまり関係ないかもしれないけどね。……よいしょ。」
立ち上がって、何やら重そうな本を持ってくる。私にも見えるように、向きを調整して彼女は本を開いた。
「何が原因で生まれたのか、どうすれば絶滅させることができるのか。まだ未知の怪物なの。人間には見えないし、対抗することができないほど強い。それに喰われたら……。」
「喰われたら?」
恐る恐る、続きを促してみる。
「喰われたという事実しか残らない。あなたも体を丸ごと飲み込まれていたら、『あなた』という存在ごとなくなっていたところだったわ。」
「ええ……。」
そんな生物が現代にいたなんて。背筋にぞわりと、冷たいものが走る。
「それに対抗するために生まれたのが、ここ『特別保安局』よ。特殊な武器を精製して、特殊な生命体を精製して、奴らに対抗する。一般市民には内緒でね。」
また別の質問を投げかけてみることにした。
「そこにいる彼は、特殊な生命体とやらなんですね。人じゃないって言ってたし。」
「そうです。僕、人間じゃないんですよ。信じてくださいってば。」
「信じるも何も、説明されてないんだけど。」
文句ありげな顔に戻ってしまったソレイユを横目に、ミナさんは私に語りかける。
「彼、そしてわたしは元々人間だったの。とある手術を施して、こうして元気に生活できるようになったわけね。」
「病気だったんですか?元々。」
「分からないの。」
「記憶喪失ってことですか?」
「ある意味、そうとも言えるかもしれないわ。」
どういうことなのだろうか。歯切れが悪い返答だった。
「わたしたち、死んだことがあるのよ。」
言葉が出ない。
「さっき言ったでしょう。『ギルティに喰われたら、その人間の存在がなくなってしまう』の。ギルティ由来の素材を使ってその手術をしているからかしら。手術を受けた人間も、同じようにいなくなっちゃうのよね。」
義足の技術も、ギルティ由来よ。そう、ミナさんは付け足した。
「だから僕も、どういう理由があって死んで、今の僕『リバース』になったのか知らないんです。病死かもしれないし、事故死かもしれないし、奴らに殺されたかもしれないし。」
彼らはリバース、と呼ばれる存在。私は今、それを知った。
「そうなんですか。なんか、ごめんなさい。」
「気にしなくていいですよ!僕は僕だからね。」
ソレイユの瞳に曇りはなかった。
その様子を目を細めて見つめると、ミナさんは私の方へ顔を向ける。
「……さて、勧誘させてもらうわ。ここで働かないかしら、亜里沙ちゃん。わたしは、ギルティに危害を加えられる人がいない世界を目指しているの。亜里沙ちゃんみたいな人が、いなくなることを願っているわ。」
その声には、瞳には、彼女の強い決意がみなぎっていた。
「それに、あなたの生活が苦しいのは知っているわ。」
恥ずかしくて顔が熱くなる。
「うちはお給料も悪くないつもりだし、そうね。特別保安局に入局してくれたら、あなたの義足のケアも無料。うちの局員だからね。衣食住も保証す」
「入ります!」
つい立ち上がってしまったので、大きな音を立ててしまった。左足の怪我も主張を強め、紅茶が溢れそうになる。
「……ついでに、あなたが望むなら『リバース』になるための手術も出来るけど?」
「い、いいですいいです!遠慮しておきます!」
少し残念そうに彼女は笑った。
「そう。悪くないわよ、この体も。足が飛んでも、首が飛んでも蘇ることが出来るし。ああ、お紅茶を飲んで待っていてね。あなた用のお部屋を手配しなくっちゃ。」
足が飛んでも、首が飛んでも蘇ることができる。彼らは想像以上に強靭なようだ。
……私はやめておこう。文字通り自分が自分でなくなってしまうから。
スマートフォンを取って、彼女は少し操作した。
「もしもし?あの子、入局するそうよ。……ええ、寮に住まわせるつもりでいるわ。空き部屋はあるわよね……。」
紅茶を飲みながら、ミナさんが話し込む様子を私は見つめた。
しばらく話し込んだ後、彼女は両手で大きな丸を作る。
「あったわ、空き部屋。病室の方にあなたのスーツケースはあるから、それを持って向かってちょうだい。それから、あなたの手術を担当した医者がもう少しで出張から戻ってくるはずよ。挨拶したいようね。」
「何から何まで、ありがとうございます。」
「気にしなくていいのよ。あなたが怪我をしてしまった原因は、|わたしたち《特別保安局》にもあるわけだし。」
「失礼しました。」
またソレイユの腕を掴む。扉が、重々しい音を奏でて閉まった。
「さて、まずは君の病室に戻らないとですね。」
「私の荷物をまとめなきゃ、ですよね。」
「あ、そうだ。タメ口で話そうと思うんだけど。これから君は僕の後輩になるんだし、いいかなって。」
「別に、良いですけど。」
「ありがとう!あ、亜里沙もタメ口でいいよ!」
彼と話しながら、先ほどミナさんが言ったことを思い出した。
『わたしたち、死んだことがあるのよ。』
楽しそうに、目を細めて私の話に相槌を打つソレイユ。彼にも暗い過去があったのだろうか。
それ以上考えるとと気分が落ち込みそうだったので、私はそこでやめておいた。