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生きてる証拠
軽いタッチ。
清水 発表者
髙木 指
「自分が生きてる証拠を自分なりの手法で提出しなさい」
夏休みの宿題。わが校の自由研究は、自由研究と言っておきながら強制提出だ。提出しないものは「生きる価値なし」と見なされてしまう。これは当然だろう。
休みが終わって、発表会をする。小学〇年生たちが、思い思いの発表をする。
「生きてる証拠」として一番多いのは、心臓だった。
「私の生きてる証拠は、『心臓』です」
そう呟く児童は、聴診器の円盤ピースを、自分の左胸に押し当てる。
今や聴診器はネットショップで簡単に購入できる世の中だ。5000円程度で、自分の生きてる証拠を自分の耳で聴くことができる。身体から音が取り出せるのだ。
とくん、とくん、とくん……。
教室用学タブのように、備え付けの拡音器を通して、クラスメイトに心臓の音を聞いてもらっていた。スピーカーで大きくなった生きてる音。それを出す。それを聴く。
いつしか生きてる証拠発表会は、「心臓発表会」みたいになっていた。
あるクラスメイトの児童は、実際に心臓が見える映像をとった。裕福な坊っちゃんで、親が大学病院の医師をやっているらしい。夏休み期間中、特別に貸し出した様子だ。
「これが私の『生きてる証拠』です」
と、普段は先生が振り回している指揮棒で、スクリーンに映し出された自分の胸に指をさす。普段は先生の作った黒板用スライドが掲出されるが、今回は「生きてる証拠」が映し出されている。白い影は絶えず動いていて、停止することはない。
説明中、棒の角度を傾けて、ここが左心室、ここが右心室と場所を差した。
最後に、自分の胸に指差した。
「今は服や皮膚で見えないんですが、見えないことが証拠です。皮膚の下で、この心臓がずっと動いていることが、私の生きてる証拠です。以上で発表をおわります」
「はい、みんな拍手〜」
「パチ、パチ、パチ……」
まばらな拍手だった。
お題被りが起きてしまっているなか、次の清水さんも、やはり心臓だった。
しかし、他の人より発表の仕方が違った。
「ぼくは、他の人より痩せっぽちなので、心臓の位置がわかります。ここです」
上半身が見えるように、自分で私服を、鎖骨が見える範囲までたくし上げた。それで首をカクンと下に向けてストッパーにした。あごで持ち上げた服を押さえて、それで自由な手で「ここです」と左胸を差した。
清水さんの身体が痩せていることは明瞭である。スレンダーと言っても良い。背の順は前の方で、背中から突き出た肩甲骨の一部は、長い髪で隠してごまかしているほどだ。時おり風に揺れて、髪の向こう側から背骨の筋が見えている。
呼吸をしても、しなくても。
脇腹に、ハの字になって浮き出た肋骨が見て取れる。触れば凹凸感が感じられることだろう。昭和時代の鄙びた洗濯板みたいに、四〜五本程度、肋骨が浮き出ている。呼吸をしてかすかに上下に動いている。
しかし、清水さんは、左胸を差しているだけだ。他の人のように透過装置や聴診器など用いていない。それでは、発表にならない。他の人のように「工夫」をしないといけないだろう。
自分を機械に例えると、皮膚のなかで稼働している重要な部品が正常であると自分の口で説明しなければならない。そうでなければ、自分で自分の「生きてる証拠」を説明できていない、ことになる。
「清水さん、あのね」
担任の先生が口を挟んだ。「それだとわからないのよ」
「いいえ。わかります。だって、いつも震えているんです。ここを触ると、ピクッ、ピクッ、て」
「……と、言われてもねえ」
先生は清水さんの発表に納得しない。しかし、
「あ!」と、最前列の高木さんが最初に気づいた。
「清水さんの胸、震えてる!」
席から飛び上がるように勢いよく立ち上がり、人さし指を伸ばした。教卓を越え、清水さんの左胸に指を、つんっと押し当てる。
びっくりしたようで、清水さんの身体は「んっ」と敏感に胴体を弾いた。
「ほら、ここ。動いてるよ。とくっ、とくっ、って」
そう言われると、クラスメイトの一部は立ち上がった。後ろの席の人は若干立って、近寄ってきた。どれどれ、と。
高木さんが指さすそこは、左胸の下方向。左乳首のすぐ横だった。
「この辺見てよ、この辺」と、発表者の代理をするように、高木さんが指をくるくるして場所を教えていた。
「呼吸て動いてるんじゃないの?」
「違うって。あっ、ねぇ清水さん、ちょっと呼吸停めてみて」
「うん。すぅ……っ」
清水さんは、深い深呼吸をして、吸った空気を肺に溜め込む。その状態のまま、十秒間だけ呼吸を止めた。
「ほら、見てよ」その間に観察を促した。
たしかに清水さんの淡いピンク色をした左乳首あたりに、かすかに動いているのがわかった。浮き彫りになった肋骨の、左胸全体の皮膚が、波を打つように動いている。その真上に高木さんの押しあてた指が乗せられている。指が聴診器のアレに見えた。
清水さんの「生きてる証拠」とは、いわゆる「胸ピク」だった。
押しあてた高木さんの指が、規則正しく動いていた。どく、どく……と。クラスメイトから見ると震えている。皮膚でできた檻から飛び出そうとしている小動物のように、それは激しく、そして丸わかりだった。
「すごいチカラ……。結構指、押してるけど、とん、とん、って押し返してるよ」
髙木さんの補足説明により、みんなも「へ〜」と知ったようだ。
「――はあぁ……」
清水さんは息が限界になったみたいで、長く吐き出した。それで呼吸を整えるような呼吸を再開させた。「生きてる証拠」は皮膚の檻の中に戻ったようだが、目を凝らしてみれば、未だ震えている。
一度視認すると、その動きだけを追うようになる。継続的に呼吸していても、左胸にある心臓の、リアルタイムの動きが、手に取るようにわかった。
「へえ〜!」
「すごい!」
「たしかに、胸が勝手に動いてる!」
「これが心臓?」
自動的に、自発的に。
清水さんの「胸ピク」の様子を見て、クラスメイトたちの一部が自分の服をめくっていた。自分の胸を見て、確かめているのだろう。
その中に、左胸部を指で押して、押し返してくるものを探しているのだろう。
「私のは見えないな〜」
「う〜ん、私も……」
「でも、強く押せばある感じがするかも」
「えー、ホント? 発表した身だけど、この中に本当に心臓があるのかなあ?」
「えいっ、っ……確かにある、けど、結構押さないと……、うっ……、苦しいね」
「それならみんなも触っていいよ」
発表者の清水さんの提案に、クラスメイトはノリノリだ。
「えっ、いいの?」
「うんっ。だって、髙木さんに触られてるし」
「あっ」
髙木さんは、それを言われてようやく触るのをやめた。指で圧迫された、赤い跡が少し残った。爪先で押されたところが赤くなり、内出血を起こしている。
「だ、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」
と強がったが、顔はちょっと正直だった。
ちょうど肋骨と肋骨の間だったので、指で押されている最中、直接心臓圧迫されたみたいで息苦しかったのだ。
担任が話を引き継ぐ。
「じゃあ、お言葉に甘えて、清水さんの「|『生きてる証拠』《しんぞう》に」触ってみましょう」
「は〜い」
転校生の周りに群がって質問攻めをするように、清水さんの胸に集まる。
そして、みんなで清水さんの「胸ピク」部分を押し触った。
「うわあ。すごい……押し返してくるね。とくっ、とくっ、って」
「肋骨ごと押し返してて楽しいね。ハムスター飼ってるみたい」
「まるで直接心臓に触ってるみたい……!」
「普通にしててこれなの?」
「うん」
「えー、ズルいっ。私本気でダイエットしようかな〜」
「ねえ、もう少し押してもいい?」
先ほど圧迫された跡と同じところを押している子が言った。
「うん。もう少しだけなら」
「じゃあ、えい」
「うっ」
「わぁ、すごい。清水さんの心臓、すごい頑張ってる……」
「は〜いそれまでですよ〜」
途中で先生が間に入り、強い圧迫を中断させた。そして、この部分は心臓のどの場所を触っているか、みんなで考えた。
右心房、右心室。
左心房、左心室。
答えを考えながら、答えを触っていた。
「えっ、左胸にあるんだから、左心房、左心室のどちらかっしょ!」
「左心室!」と元気のよい一致で答えた。
みんなには簡単な問題だったようだ。
先生はもう少し踏み込んだことをいった。
「では、他のところよりも目立って動いているのはどうしてでしょう?」
するとこれは難問だったようで、みんなは考え込んだ。
そうやって清水さんの「|心臓《生きてる証拠》」を確認していたら、授業が終わる15分前になっていた。
「はい、皆さん。席について下さい。……それでは次回までの宿題を出しますね。今日学んだことや感想などをプリントに書いてください。答えられる人はさっきの問題にも取り組みましょう。あと、髙木さん」
「はい」元気よく返事をした。
「人の身体に触る時は、相手に声をかけてから触りましょうね。特に女の子の胸は大事な部分ですから」
「は〜い」
「あと、心臓を圧迫する時は、圧迫時間と力加減に注意しましょう。心臓が止まってしまうと死んでしまいますから」
「は〜い、気をつけます」
「それと、清水さんは念の為保健室に行きましょうか」
「わかりました」
みんな黙々とプリントに向き合っている。チャイムが鳴る前に先生が戻り、プリントを回収する。それで授業が終わった。1人が手を挙げた。
「せんせ〜、次の単元は何をするんですか?」
「次は『生きてた証拠』を勉強します」
「生きてた証拠?」
生徒は、てこっと首を傾げた。先生は、にっこりとしている。
「提出できなかった娘が一人います。それを使って、『生きてた証拠』を見つけてみましょう」
「……ってことは、次は実験っ!」
「ええ、楽しみにしててくださいね〜」
1時間くらい後、清水さんが保健室から帰ってきた。に連れて行った。休憩時間に入っても、みんなは清水さんに夢中だった。
「さっきはごめんね」
「うん、いいよ」
「ねぇねぇ、清水さんの心臓、触ってもいい?」
「あっ私も。指じゃなくて聴診器当てたいな」
「うん、いいよ。どうぞ」
服の裾を持ち上げ、左胸を露出した。
「はい、どうぞ」
内出血の圧迫跡は、まだ治っていなかった。
その部分に聴診器を当てた。
「さっきよりもちょっと早いね。保健室で何してたの? 『心臓検診』?」
「えへへっ。うん。電子画面で心臓、輪切りにしてもらったり、中身を見られたり。あとは心電図したり、胸を直接触られたりしたかなー」
「あー、もしかして保健室の先生に、心臓弄られにいったの? ズルい!」
女の子は、聴診器よりも会話を優先させた。
「いいなー。保健室の先生、心臓フェチだけどイケメンだし。私の心臓も、輪切りにしてもらいたいなー」
「ダメだよ千代ちゃん。あの先生、平べったい胸が好きなんだから。私のように幼児体型でないと……ね」
愛してくれないんだよ……。
まだ残っている内出血の跡の正体は伏せておこう。キスマークだと知っているのは私だけだと思うと……胸が弾んだ。どくっどくっどくっ……