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魔法使いとスマホ
赤松紅葉、16歳。
ごく普通の高校に通っている一般人だ。
自分で言うのもなんだけど、容姿端麗&成績優秀、スポーツも出来る。
しかし、学校では勉強が出来るだけの真面目キャラを通していた。
中学の時に色々あったのだ。
「紅葉!」
背後から名前を呼ばれた私は振り返る。
そこにいたのはショートヘアのよく似合うクラスメイトで、いつものように抱きついてきた。
「おはようございます、朝日さん」
「おはよ。今日は絶好の水泳日和だね」
ニッコリという文字が見えそうなほど笑った朝日結衣。
まるで太陽のように眩しくて、思わず目を細めてしまった。
今頃だけど、季節は夏の始まりぐらい。
確かに朝日さんの言うとおり気温が高く、絶好の水泳日和だろう。
しかし、頭の中にあったのはどのように手を抜くか。
スポーツは程々に、というのが高校での私だ。
それから私は朝日さんと少しだけ会話して、自席で本を読むのだった。
1時間目は歴史、2時間目は国語と人によっては眠る授業が続く。
そして2時間連続の水泳。
嫌々着替え、準備運動やらを終わらせる。
朝日さんは早く泳ぎたいのか落ち着きがなかった。
私はジリジリと照らす太陽に、少しだけ苛立ちを覚えていた。
何故、うちの高校は屋外で少しも屋根がないのだろう。
それから数分もしないうちに本格的に授業が開始した。
今日はテストもあるらしく、いつも以上に気を付けないといけない。
出席番号が1番なので、最初に泳がなくてはいけないのに不満を抱きながらもゴーグルをつける。
泳ぎ始めよう、とすると同時に聞こえた轟音と大きな揺れ。
何事かと全員が辺りを見渡す。
その時、クラスの誰かが声をあげた。
「校庭だ!」
クラスのほぼ全員が校庭を見た。
私もプールから出て様子を確認してみる。
砂埃が舞う校庭に出来たクレーター。
その中心に見えた黒い影。
「全員静かに。決して大声を出してはいけませんよ」
教員の指示を誰もが素直に聞き入れた。
あの影の正体は魔物と呼ばれる、異世界からやって来た生命体。
まだ謎の多い生き物だが、一つだけ確実な情報があった。
それは《《人を襲う》》ということ。
魔物といっても様々だが、今回は獣型という聴力がとても良い種族。
音の大きな方に向かい、人を襲う。
一番確認される種族だからか、全員が対処法を認知していた。
「早く来てくれ、魔法部隊」
全員が手を合わせて願っている。
魔法部隊とは名の通り、魔法を使って魔物と戦い人々を守る部隊のこと。
政府が公認した警察や自衛隊と似たような組織、とこの世界では小学校の時に習う。
(……遅いな)
魔法部隊の隊員である魔法使いはとても少ない。
そもそも魔法を使える人間自体が少ないのが大きな理由だ。
その為、他の場所で魔物が出現していた場合は通報しても到着は遅い場合がある。
「あ、魔物が校内へ向かって──!」
「早く来いよ、魔法部隊」
全員の不安がどんどん大きくなっていく。
誰もいない校庭など、広い場所の方が巻き込む恐れがなく魔法が使いやすい。
つまり、校舎に入られたら被害ゼロというわけにもいかなくなる。
私は辺りを見渡し、自分の位置や状況を確認した。
クラスの中で一番後ろにいて、近くには更衣室がある。
覚悟を決めた私は静かに歩きだした。
「どこ行くの、紅葉」
腕を掴まれ、思わず足を止める。
全員が校庭を見ていたから気がつくと思わなかった。
朝日さんの言葉をきっかけに全員の視線が集まる。
上手く言葉が出ない。
「……ごめん」
やっと出せたのはたった三文字だった。
私は彼女の手を振りほどいて、更衣室へ向かう。
「──!」
私の名前を呼ぼうとした朝日さんの口がクラスメイトによって塞がれた。
大きな声を出したら魔物が向かってくる。
仕方がないこととはいえ、私は何度も謝りながら更衣室へと入った。
扉はあまり音を立てずに開く。
軽くタオルで水を拭き取ってから荷物を漁る。
肌身離さずに持ち歩いていて良かったと、それを私は握りしめた。
更衣室から出ながら私はスマホの画面をタップする。
こんな状況でスマホを使用、それも水着姿だと変人にしか見えないだろう。
すでにクラスメイトと教員の視線が痛かった。
でも、そんなことを気にしている場合じゃない。
「うちの高校に魔物が来たんですけど」
「お疲れ、紅葉ちゃん。柊木さんが前の仕事終わって向かってるけど、最短でも10分は掛かると思う」
通信の相手は櫻井さんという、私の仕事場でオペレーターをしている人だ。
10分で死傷者がどれだけ出てしまうか。
考えるだけで頭が痛くなってきた。
私は一度深呼吸をしてから覚悟を決める。
「……箒が壊れるほど最速で来るよう、柊木さんに伝えてください」
スマホをスピーカーにすると同時に最終確認がされた。
その声には驚きが少し混ざっている。
私はカバーを一度外してカードを取り出しながら返した。
「誰かが傷つくよりは、何倍もマシです」
そっか、と納得した櫻井さんの優しい声が聞こえた。
私はクラスメイト全員の顔を見て、深々と頭を下げた。
そして彼らにしか頼めないお願いをする。
「私が必ず皆を守ります。なので魔物を呼び寄せてください」
少しでも被害者を減らすには、この方法しか思い浮かばなかった。
けれど、クラスメイトが危険に晒されるかもしれない。
仕事を開始するまでの数分だけ。
殆ど話したことがなく、対して仲の良くないけど皆に頼むしかなかった。
「おーい! この魔物野郎!」
何度も話しかけてくれた声が静かな高校に響き渡った。
彼女は私を見て微笑み、そしてまた大声を出した。
誰も朝日さんのことを止めようとはせず、クラス一丸となって魔物を呼び寄せてくれている。
涙が流れそうになるのを必死に堪えて、私はカードをスマホの上でスライドさせた。
その瞬間、優しい黄緑色の魔方陣が浮かび上がる。
《カード認証=成功シマシタ》
《生体認証=No.27ト一致シマシタ》
《仕事着ヲ転送シマス》
スマホから新しい魔方陣が浮かび上がり、足元へと設置される。
それを踏めば、仕事着に一瞬で着替えることが出来るのだ。
白を基調とした黄緑のラインが入った帽子と、スーツ。
魔法部隊の制服を着ると、少し気が引き締まったような気がした。
《物資調達=箒ノ転送ガ完了シマシタ》
《慈悲ノ魔法使イ=作戦開始》
スマホを左手首のケースにセットし、箒で空を飛ぶ。
魔物は皆のお陰で校庭まで戻ってきており、プールへと走っているところだった。
「皆、ありがとう」
感謝を伝えた次の瞬間には急降下し、魔方陣を魔物へとセットした。
少し距離を置いてから発動させると、小さな爆発が起きる。
これで大声のする方より、敵意のある私へと注意が向く。
「……櫻井さん」
「紅葉ちゃん、どうかしたの?」
「今回の魔物は獣型なんですけど、私より大きいです」
私の身長が170cmで、魔物は大体地面から耳までの高さが2m。
これが降ってきたら大きなクレーターが出来て当然だろう。
そんなことを考えていると、魔物はその前足を大きく振り下ろした。
箒に掴まって空ヘ回避する。
私がいた場所はクレーターが出来ており、直撃すれば死ぬかもしれない。
プールからは勿論、校舎からの視線も集まってきた。
今すぐ逃げたいけど後悔はしていない。
「魔方陣展開」
スマホを操作して攻撃系魔法をどんどん発動していく。
でも、一度に入れられるダメージが少ないから倒せない。
早く柊木さんが来ることを願う。
攻撃方法は前足を振り下ろすだけなので、回避には慣れてきた。
もう一度攻撃を仕掛けようと、魔物の懐へ飛び込む。
「逃げて!」
プールから聞こえた数々の叫び声。
視界の横が急に明るくなって、とても熱い。
魔物が今までと違う攻撃を準備しているのはすぐに理解できた。
時間の流れが遅く感じる。
そんな私が真っ先に考えたのは自分より周りの心配。
空中に逃げれば人にも、街にも被害は出ないだろう。
箒に集中し、私は天高くへと飛んでいく。
スマホを操作して何重にも防御魔法を張ってみたけど、耐えられるとは思えない。
自分がダメでも、誰かが倒してくれるだろう。
「紅葉!」
その一言で、全ての音が掻き消されたような気がした。
何にも邪魔されずに、その声は私へと届く。
「死なないで……!」
誰か、って誰だ。
私が倒れたら、柊木さんが来るまでの残り五分を誰が戦う。
クラスメイトを守ると誓ったのは、私だろ。
その瞬間、魔物の口からビームのようなものが出た。
幾つも重ねた防御魔法は全て破壊される。
魔方陣を展開させる余裕もない。
約束も守れない自分が嫌で、とても悔しい。
---
天へと伸びた、一筋の光は隣県からも確認された。
同時に熱風が街を駆け抜ける。
魔物がビームを放った時間は約10秒。
「く、れは……」
一人の女子高校生が、涙を流しながら床に座り込む。
ビームを直撃した魔法使いの姿はない。
「赤松が、負けたのか?」
とある生徒の発言で、場の空気が変わる。
一度は小さくなった不安が膨れ上がったのだ。
全員が大声で叫びそうになるのを抑え込む。
赤松紅葉は、命を懸けて守ろうとしてくれた。
その意思を無駄にするわけにはいかない。
「──良くやったじゃん、紅葉ちゃん」
誰かの声が、辺りに響き渡った。
朝日は顔をあげて声の主を探そうとする。
すると、誰かが更衣室の屋根にある2つの影を見つけた。
「やっぱりスマホの魔方陣を発動させる方が効率いいね。倒せなくても時間稼げるから」
赤を基調とした黒のラインが入った帽子とスーツの魔法使いは独り言を呟く。
小脇に抱えられているのは、先程まで戦っていた魔法使い。
---
「……下ろして」
最悪の気分だ、と眉間にシワを寄せながら私は呟く。
防御魔法が全部破壊されて、死を覚悟した。
その時、私を光よりも速いスピードで救い出したのはこの男だった。
名前は柊木奏斗。
確か22歳で、二つ名は──。
「紅葉ちゃんのせいで壊れちゃったよ、箒」
「自分のせいでしょ」
「今、全員が仕事中で代わりがないんだよね」
思わず眉間にシワを寄せたのは仕方がないと思う。
箒というのは全部で10あるが、魔法使いは私を含めて現在9人。
柊木さんが2つ目を壊したから、使用可能は8しかないということになる。
「街に被害が出る前に終わらせて」
「了解」
そう笑った柊木さん。
対して私はため息を吐くだけだった。
「紅葉!」
「……朝日さん」
下から声が聞こえ、私は倉庫を飛び降りる。
魔法を使わずに着地したので、全員が驚いていた。
校庭へ視線を向けると、柊木さんが魔物の攻撃を避けながら大きな魔方陣を描いている。
凄いな、と少しだけ尊敬していると男子が何か話していた。
「赤松一人で倒せなかったのに大丈夫か?」
「え、お前知らないの?」
「黒と赤の魔法使いといったらアイツしかいないだろ」
その時、誰もが話すことを止めた。
辺りが魔方陣から放たれている紅い光に照らされている。
「残念ながら、君の敗北が確定してしまったよ」
私たちは様々な魔法を使う。
その中でも得意な属性を、魔法部隊の制服は表していた。
赤と黒は、炎と燃え残った灰。
徐々に気温が上がっていく。
炎魔法の発動するための魔方陣が原因だ。
「じゃあね」
魔方陣からまっすぐ天へと伸びた炎。
避けることが出来なかった魔物は、魔法が止まるとその場に倒れ込んだ。
《探知中=全魔物ノ討伐ヲ確認シマシタ》
《魔物ノ転移ガ完了》
《本部ト通信中デス…本部ト通信中デス…》
魔物の下に魔方陣が現れると、音声通りに本部へと転移された。
少しすると柊木さんが戻ってくる。
「流石は炎を扱う『憤怒の魔法使い』サマですね」
棒読みで伝える私を書き消すように、周りから歓声が聞こえてきた。
魔物を倒したのは柊木さん。
私は、ただ時間稼ぎをしていただけに過ぎない。
そんなことを考えていると、スマホから櫻井さんの声が。
「二人ともお疲れ様。他に通報は来てないから被害確認が終了したら解散で大丈夫だよ」
「分かりました」
返事をした私は柊木さんから箒を受けとる。
そのまま怪我人の有無など、校舎内を飛びながら確認した。
魔物が校庭から動かなかったからか、特に大きな怪我をした人はいない。
途中、何度も感謝を伝えられた。
でも感謝されるようなことはしていない。
納得できずにモヤモヤした気持ちで、私はプールへと戻った。
「確認終わったよ」
「ありがとね。それじゃ仕事を終わろうか」
《憤怒ノ魔法使イ=作戦終了》
《慈悲ノ魔法使イ=作戦終了》
頭上に現れた魔方陣が降りてくると、元の水着へと戻る。
柊木さんも私服なのか、白Tシャツにデニムだった。
「……」
「何、そんなジロジロと見て」
「いつもは目立たない服を着てたから気づかなかったけど、大きいなと──」
真面目に観察している柊木さんの言葉を遮るように、私は頬を叩いた。
そして『最低』と一言だけ吐き捨てる。
踵を返して数歩進んだところで、彼らが目に入った。
私の正面に居たのは、朝日さん。
魔法使いということを隠していたからどんなことを言われるのかと、少し構える。
「──良かった」
想像していなかった言葉に戸惑う。
「死んじゃうんじゃないかって、私、心配で……!」
涙を流しながら、朝日さんは胸に飛び込んでくる。
クラスの女子も次々と私を抱き締めた。
男子たちは目を逸らしながら感謝の言葉を並べる。
「自分を抑え込んだ時に、視野も狭くなったとは思ってたけど」
ここまでとはね、と柊木さんは赤くなった頬を抑えながら言った。
思い返せば、あの時の歓声は私にも向けられている。
倒せなかったけど、魔法使いとして戦ったから感謝を伝えられた。
視野が狭くなっていた、か。
確かにそうかもしれない。
ちゃんと周りを見ず、私ではないと決めつけていた。
「柊木さん」
「ん?」
いつもみたいに上手く笑えない。
だけど、自分を縛っていた鎖が消えたみたいに気分が良い。
少しだけ柊木さんの方に振り返りながら小さく呟く。
「私って馬鹿だ」
久しぶりに流れた涙は、私の頬を伝って落ちた。
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あれから数日が経った。
私が魔法使いということは学校中に知れ渡り、今でもすれ違う度に感謝を言われる。
それと、魔法部隊の仕事が入った時は公欠にしてくれることになった。
元々学業を優先するように隊長から言われていたけど、私の成績なら問題ないだろうって。
授業中に唯一スマホを机上に置いていい許可。
あと、席を出入り口の近くにしてもらった。
他の魔法使いへ優先的に割り振られることになっている。
でも私が得意な魔法が必要なことが意外と多く、想像していた五倍は働いているだろう。
日常が変わりつつある中で、特に変わったと思うのは私自身。
真面目キャラだったのが、中学の時のような人間になってきている。
例の件をきっかけに本当の私がバレて、それからは自分を抑え込むことがなくなった。
良いことなのか、悪いことなのかは分からない。
でも、柊木さんを始めとした|魔法使い《仕事仲間》からは雰囲気が変わったと言われる。
「──こちら魔法部隊本部。応答願います」
「No.27赤松紅葉です。魔物ですか?」
「うん。柊木さんが苦戦してるんだけど応援に行ける?」
私が教師に確認しようとすると、静かに頷いた。
教科書とノートを閉じて、スマホを手に取る。
「今すぐ向かいます。現場の情報を送ってください」
扉に手を掛けたとき、声が聞こえた。
「今日も頑張って!」
「無事に帰ってこいよな」
クラスメイトの応援。
今は、大切な彼らがいるから頑張れる。
扉を開けて振り返ると、彼女と目が合った。
お昼までに戻ってこられるといいな。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
廊下を走り、カードを取り出す。
《カード認証=成功シマシタ》
《生体認証=No.27ト一致シマシタ》
《仕事着ヲ転送シマス》
校舎の外にある非常用階段への扉を開き、魔方陣を踏んだ。
そして、思いっきり飛び降りる。
《物資調達=箒ノ転送ガ完了シマシタ》
落下地点の途中に現れた魔方陣から箒が現れた。
それを掴めば地面ギリギリで止まる。
近くの壁を蹴って箒にちゃんとした体勢で乗れば、準備完了。
《慈悲ノ魔法使イ=作戦開始》
赤松紅葉、16歳。
ごく普通の高校に通っている──
──『魔法使い』だ。
ーーー
生きる。です
個人的には想像していた通りに書けたので、意外と満足しています
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