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『ラスボスのHPが多すぎて、戦闘が3ヶ月目に突入した』
本文
「おいガル……。いや、魔王ガルよ。そろそろ、本当にそろそろ死んでくれないか?」
勇者アレンは、伝説の聖剣『エクスカリバー』を杖のように地面につき、泥のようなため息をついた。その刃は、3ヶ月間休むことなく魔王の皮膚を叩きつけ続けたせいで、もはや形が平べったくなり、巨大な鉄のヘラみたいになっている。
対する魔王ガルは、漆黒の玉座に深く腰掛け、顎を引いてアレンを見下ろした。
その頭上には、赤く巨大なHPバーが浮かんでいる。
【魔王ガル:HP 8,245,611,002 / 9,999,999,999】
「無茶を言うな、勇者よ。我とて早く実家に帰りたいのだ。だが、減らんものは減らん。というか、お前たちの攻撃力が我が自然回復量とほぼ同等なのが悪い」
「しょうがないだろ! こっちの最大火力はマリアのバフ込みで『9999』なんだよ! カンストしてんだよシステム的に!」
アレンが叫ぶ。
この世界の神が設定したダメージ上限は「9999」だった。しかし、目の前の魔王のHPは「100億」近くある。どれだけ全力で斬りつけても、パーセンテージに直せば0.0001%ずつしか削れない。
結果、魔王城の最深部に突入してから、今日でちょうど92日が経過していた。
「あ、アレンくん。お茶淹(い)れたよ。あと、魔王さんから差し入れのバームクーヘンもらったから食べて」
戦場の緊迫感を完全に置き去りにした声で、聖女マリアが歩み寄ってきた。
彼女はここ1ヶ月、戦闘中の主な役割が「MPの自動回復を待ちながら、アレンにポーション(麦茶味)を渡すこと」になっていた。今や彼女の聖なるローブは、魔王城の台所で借りたエプロンによって覆われている。
「おっ、すまないな聖女。ちょうど小腹が空いていたのだ」
魔王ガルが巨大な爪の先で、器用に小さなバームクーヘンをつまんで口に放り込む。
「魔王も食ってんじゃねえよ! なんだこの空間は!」
「硬いことを言うな。3ヶ月も同じ部屋にいれば、もう我らは実質シェアハウスの同居人だろう。ほれ、アレン。お前の分のバームクーヘンだ。しっかり食って、早く我を斬れ。今日のノルマがまだ終わっておらんぞ」
魔王の言う「ノルマ」とは、1日あたり3千万ダメージの分配である。
これを達成しないと、年内にゲームがクリアできない。
アレンはもらったお菓子をヤケクソで口に放り込み、鉄ヘラと化した聖剣を構えた。
「……マリア、いくぞ。『攻撃力超絶上昇(ギガ・ブースト)』をくれ」
「はーい。……【汝に神の祝福を、攻撃力上がれー】(棒読み)」
「おおおおお! 死ねええええ魔王オオオオ!」
アレンが目にも留まらぬ連続斬りを放つ。
ドカドカドカドカ!と、魔王の腹筋に凄まじい衝撃波が叩き込まれた。
『9999!』『9999!』『9999!』『9999!』
派手なエフェクトとダメージ数字が部屋中に飛び散る。しかし、魔王のHPバーはピクリとも動かない。
「ふむ、いいスジだアレン。だが、少し腰が引けているぞ。あと右肩が上がっている。それでは1秒間に4回しか刻めんぞ」
「うるせえ! ラスボスが格闘技のトレーナーみたいなアドバイスしてんじゃねえ!」
「あ、そうだ魔王さん。明日の燃えるゴミの日って、何時までに出せばいいんですか?」
マリアがホウキで飛び散ったエフェクトの破片を掃きながら尋ねる。
「朝の8時だ。このあたりはカラスが多いから、必ずネットをかけるようにな」
「分かりましたー」
「マリアも生活に馴染むな! ここは魔界だぞ!」
アレンの絶叫が、3ヶ月目の魔王城に虚しく響き渡る。
世界を救う旅の終わりは、まだ、遥か彼方だった。
(終わり)
つかーれた。