公開中
自分のストーカーに恋をしてしましました2
あらすじ
ストーカーの**「気遣い」に触れ、葵は恐怖だけでなく、異常なほどの好奇心を抱き始める。彼女は、ストーカーが残した痕跡や、日々の監視パターンから、彼の生活リズムや行動範囲**を逆探知し始める。
しかし、ストーカーの監視はさらに巧妙かつプロフェッショナルになっていた。彼は、葵が仕事で直面していた緊急のトラブルまで事前に察知し、決定的なヒントを残す。葵は、このストーカーがただの変質者ではないことを確信する。
本文
第1話で受け取った紅茶と修理テープは、葵の部屋のテーブルの上に乗せられたまま、一晩が過ぎた。
「気持ち悪い、捨てるべきだ」
理性がそう命じる一方で、彼女の手はテープを掴み、傘の破れた部分に貼り付けてしまっていた。テープは粘着力が強く、完璧に雨漏りを防いでくれそうだ。
(完璧に私の生活にフィットするものを、ピンポイントで与えてくる……)
それは、ただの尾行ではない。まるで、彼女の生活というパズルを、誰かが外側から補完しようとしているかのようだ。
翌日、葵は仕事中もストーカーのことが頭から離れなかった。彼はどこで、何をしながら、私を見ているのか?
ふと、彼女はある事実に気づいた。彼はいつも、平日の朝8時から夜10時の間にしか姿を見せない。
「土日は、一度も見ていないわ」
まさか、彼も仕事をしているのだろうか?
彼女は逆探知を始めた。通勤経路の途中にある、いつも彼が立っている定位置。そこから見える景色、そこから彼がアクセスできる場所。
彼女のマンションの近くにあるコインランドリー。彼はいつも、彼女が帰宅する直前に、その裏手の駐車場に立っていることが多かった。
(コインランドリーを使う?いや、彼はいつも黒いパーカーで、清潔感はあるけれど、目立つ荷物はない)
そのコインランドリーの向かいには、小さな私書箱専門のレンタルオフィスがある。彼はいつも、その付近をうろついている。
(私書箱?もしかして、フリーランスか、何か秘密の仕事をしている?)
好奇心が、恐怖を凌駕し始めていた。ストーカーの存在は不快でしかないが、その行動原理を知りたい。
その日の午後、編集部内で緊急事態が発生した。担当している有名作家の原稿データが、誤操作により一部破損してしまったのだ。バックアップは数日前のものしかなく、直近の推敲部分が丸々失われた。締め切りは明後日。
「どうしよう、連絡を取って、もう一度書いてもらうしかないけど、先生は今海外だし……」
上司も同僚も、真っ青になっている。
葵は冷や汗をかきながら、破損したデータの復元を試みていたが、手詰まりだった。
そして、その夜。帰宅した葵が、いつものようにポストを覗くと、また**「贈り物」**があった。
今回は、一通の茶封筒。手紙ではない。中身は、市販のUSBメモリ。
そして、そのメモリに添えられた小さな付箋には、たった一言だけ、手書きの文字で書かれていた。
「Recuva」
葵は一瞬、それが何を意味するのか分からなかった。だが、編集者としての勘が働いた。これは、「復元」を意味するヒントではないか?
彼女は慌てて自分のパソコンにUSBメモリを挿し込んだ。中には、一つのファイルしかなかった。
開くと、それは**「Recuva」という名のデータ復元ソフトウェアのインストールパッケージ**だった。
「嘘……」
驚愕に声が出た。このストーカーは、私の職場で起きたトラブルまで、リアルタイムで把握している。そして、最も適切な解決策を、誰にも知られずに提供してきた。
(どうして?どうやって、この情報を手に入れたの?)
彼女は、すぐにそのソフトウェアを使って、破損した原稿データの復元を試みた。
結果は、完璧だった。失われたはずの推敲部分が、ほとんど無傷で復元されたのだ。
翌朝、葵は編集部でヒーローになった。上司は目を丸くし、「どうやって復元できたんだ?」と尋ねたが、葵は「昨夜、急いでネットで専門のツールを見つけて……」と曖昧にごまかした。
彼女の心臓は高鳴っていた。
彼の行動は、もはや「ストーカー」という一言では片付けられない。これは、完全な情報操作と、異常なまでの献身だ。
彼は、私の**「危機」すらも、私にとっての「チャンス」**に変えようとしている。
仕事が片付き、残業を終えて夜道を歩く葵の足取りは、もはや恐怖に支配されてはいなかった。むしろ、次に彼がどこに、どんな形で現れるのか、期待すらしていた。
曲がり角。いつもの電柱の影。そこに、黒いパーカーのシルエットが静かに立っている。
葵は、初めて彼に向かって、微かな笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
声には出さなかったが、口元だけが動いた。彼は、一瞬、動揺したかのように影の中で体を硬直させた。そして、すぐにいつもの静止状態に戻った。
その反応を見た葵は、確信した。
「彼は、私の言葉を、表情を、すべて見ている」
そして、初めて、彼女は自分が彼の**「完璧な監視」**に、恋の兆しのようなものを感じ始めていることに、気づいてしまったのだ。