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EX:ゆらめく心とクリスマス
一人称と三人称が一つの小説に入っていて紛らわしいですが……亜里沙ちゃんメインの話は一人称で、それ以外の子がメインの時は三人称で進めます。
ちょっとゆるい、誰も死なないハッピー世界線でのお話です。謎時系列。
穏やかな日光でじんわりと温まって、氷が溶けるように、緩やかに瞼が開く。
ぴりりり、ぴりりり、と。喚く電子音を宥めて体を起こす。ほんの少しのだるさを振り切る。
意識が覚醒してきたようだ。ぼやけなくなった視界で枕元のスマートフォンを確認すると、そこには日付と時刻が映し出されている。
12/25。7:05。
一回目のアラームでは起きなかったようで、元々設定していた時刻より5分遅れて目覚めたようだ。
「おはよう。」
誰もいなくても欠かさずするようにしている朝の挨拶をすると同時に、スリッパを履き損ねてフローリングの床に熱を吸われた。思わず唇を歪めてしまう。随分と寒くなったものだ。
私が幼かった頃は、こんなに寒かっただろうか?
いや、私が幼かった頃は、今より寒さに強かったのだろう。送られてくるプレゼントがあったから。
児童養護施設の子供達にどこかの誰かから送られてくるクリスマスプレゼント。
朝、いつも寝坊しそうになる私も飛び起きて、ちょっと年上の子とこっそりプレゼントを見に行ったのだっけ。そして、クリスマスツリーの下に艶々とした、確かに何かを包んでいる箱を見つけて大喜びしたのだっけ。
流石に高校生になってからはクリスマスプレゼントに一喜一憂することもなく、バイトに勤しんでいたのだけれど。
昔を懐かしみながら、冷水でさらに意識をはっきりさせる。支給されたお金で買ったお気に入りの菓子パンを頬張り、歯を磨き、いつものスーツに着替える。
クリスマスだからといって変わったことはなく、ただ粛々と朝のルーティンをこなすだけだった。そして、世の社会人と同じように粛々と業務をこなすだけなのだろう。
ドアを開けるまでは。
「……何だ、これ。」
ドアがいつもより重いような、引っかかるような気がした。
ずりずりと何かと地面が擦れる音。顔をドアから外に覗かせて、それとご対面することになった。
赤い袋に緑のリボン。補色、というのだっけ、この組み合わせは。お互いの色が目立つとかなんとか。遠い中学校の美術の記憶を数秒間手繰り寄せようとして、諦めた。
補色とかはもうどうでも良かった。赤と緑。そう、クリスマスカラーだ。
今度は目を擦った。頬を叩いた。それでも目線の先に袋はあった。確かに質量を持った袋があった。
完全に部屋の外に出て、冷たい早朝の空気に触れる。かじかんだ指でそれに触れる。昨日の夜に雪が降ったようで、半分溶けている氷がくっついていた。
箱が入っているのか、袋の一部が不自然に尖っていた。サンタクロースのイラストがプリントされている。ご丁寧に「Merry Xmas」という金のシールまで表面に貼ってあった。油性ペンで「ARISA」とも刻まれているので、正真正銘私へのプレゼントである。
「まさか、私に?」
誰が送るんだ、こんなもの。私に。
私個人宛に。私だけに。届いたことのないプレゼント。
果たして、本当に、受け取ってしまってもいいのか。
「……大丈夫、大丈夫、後から文句を言われたとしても、私は悪くない。」
右、左。泥棒が周りを警戒するような動きで部屋に戻る。
拾い上げた。あまり業務開始まで時間があるわけではないので、玄関に放置することにした。
「ごめんなさい、帰ってきたら開けるから。しばらくここで待ってて。」
今すぐにでも開けたい衝動を抑え込み、また凍えてしまいそうなほどに寒い屋外へと向かった。
「いってきます。」
今日はその言葉を聞いてくれるものがいた。少しだけこそばゆかった。
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「本当にいいんだよね、喜んでくれるよね!?」
「大丈夫ですって。誰がもらっても嬉しいんじゃないですか、それ。」
「そうだよね!?」
「自分以外にも聞いたんでしょう、プレゼントについて。なら大丈夫ですって。」
缶コーヒー片手に、堂本は話に相槌を打つ。
「でも、心配なものは心配なんだもん!」
プレゼントを抱えるソレイユの手には汗が滲んでいた。
「サンタクロースからの贈り物に、自分は文句を言ったことはありませんよ。」
「いや、あの歳でサンタクロースを信じてるかどうかは……。」
口ごもるソレイユを、堂本は一刀両断する。
「夢がないこと言わないでください。プレゼントに愛を込めてこっそり贈れば、誰だってサンタクロースですよ。」
目を一瞬瞬かせてから、ソレイユはにかりと快活な笑顔を見せる。
「かっこいいこと言うじゃん、先生。」
「言ってはいけませんでしたか?」
口元を緩める堂本は、突然左手に持っていた何かをソレイユの頬に当てた。
「わあっ!」
堂本の右側に座っていたソレイユには、それが見えなかったようである。素っ頓狂な声をあげて、体を大きく震わせた。
「ココアです。外は寒いので、しっかり体を温めてから向かいましょう。」
しばらくガサガサとポケットを弄っていたソレイユは、ココアを両手で受け取った。
「現金、持ってないから今度でいい?」
「別にいいですよ、100円くらい。自分の目標は死ぬまでに貯金を残しすぎないようにすることですし。」
「変な目標。」
ココアの缶を開ける音が、深夜の特別保安局内に響く。熱すぎる容器の外側に反して、ココア自体は飲むのにちょうどいい温度だ。
「だって、死んだら自分たちのお金って特別保安局の資金になるわけでしょう?癪じゃないですか。」
「そうかな。」
隅々まで熱と甘さが行き渡る。緊張がほぐれていって、今なら秘密のミッションもこなせそうな気になってくる。
しばらく2人は何も言葉を交わすことがなかった。片方はぼうっと正面を見つめており、片方は穏やかな表情で甘い飲料を啜っていた。共通点は缶を握りしめていることだった。
ふいにソレイユが立ち上がる。
「残りは終わってからにしようかなって。ダメかな?」
「いいですよ。行きましょうか。そういえば、なんで直接渡さないんですか?」
「サンタクロースからの方が面白いでしょ?」
遅れてもう1人のサンタクロースも立ち上がった。ただいまの時刻は23時ちょうど。
まだ、クリスマスイブである。
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和偉はぼうっと窓の外を眺めていた。室内は異様に静かだ。普段賑やかな2人は外出中だし、キーボードを叩く手も今は止まっているからだった。
「雪、降ってほしかった?」
音もなくミナがやってきたので、和偉は話しかけられるまで気づかなかった。振り向いた和偉を満足げに見つめる上司とソーサーが目に入る。
都合よくクリスマスに雪は降らなかった。そのくせ寒いので、和偉のテンションはいつもより低かった。
「……はぁ、急に話しかけないでください。心臓に悪いです。別に、雪なんて降ってほしくないですよ。歩きづらくなります。」
「顔に出てるわよ。」
「違います!本当に違いますから!」
「さあ、どうだか。」
和偉の隣の椅子に腰掛けて、ミナは優雅な所作で紅茶を啜る。
「雪、ねえ。降った時に、遊べるほど積もったら嬉しいんだけどね。」
「降る日なんて一年に数えるほどしかないのに、積もる日なんて一年にあるかないかですよ。積もったとしてもうっすら。期待しないほうがいいです、そういうの。」
期待はするだけ無駄だ。
和偉はもうこりごりだった。誰かに期待して、何度も裏切られて、いつしかそれを抱きたくなくなっていた。
「期待をしたからといって、お金が減るわけではないのよ?」
「期待すると心が減ります。」
「雨乞いならぬ、雪乞いでもしてみる?」
お茶会をするためのスペースがアシスタントのオフィスには設置されている。そこへゆっくりとミナは歩み寄り、テーブルを端に寄せ、謎の踊りを始める。
「どこで知ったんですか、そんな変な踊り。いいですいいです。見てるこっちが恥ずかしくなる!」
そう言ってはみたものの、ミナを止めることはできないと踏んだのか、和偉は自らの業務に戻った。
ミナの鼻歌が左耳から右耳を通り抜ける。タイピングをする速度も速まる。
「あ」
突然鼻歌が止んだので、和偉はミナの方を向いた。
「ほら、見て。雪が降ってる。」
白い粉のようなものが、T都のビルに、高い高いタワーにまぶされていた。
「今日は降らないって予報だったんだけどな。」
「あら?わたしがアプリの天気予報を見た時は降水確率は90%だって出てたのよ。」
「ちょっと見せてください。」
確かにスマートフォンの画面には、90という数字が映し出されている。雪だるまも添えられている。
「見てない間に変わってたのか。」
「わたし、分の悪い賭けはしないわ。」
「そうですか。」
またコンピューターに齧り付きそうになった和偉の視界を手で遮るミナ。
「何するんですか、もう。」
「あなた、休憩取ってないでしょう。」
「……取ってますよ、適度に。」
「歯切れが悪いわね。嘘でしょう。」
図星だった。
区切りがいいところまで終わらせてから、と決めていたのだが、和偉はズルズルと作業を続けてしまったのだった。
「雪も降ったことだし、外に出ましょうよ。一瞬だけでも。」
「ええ……。嫌ですよ。寒いですよ、絶対。」
「積もってたら雪遊びしましょう。たまには童心に戻って。」
「降り始めたばかりですよ!」
雪遊び。その単語が、和偉の奥底に眠る童心を呼び覚ました。
「あら、付き合ってくれるの?」
「まあ、たまにはこういうことも悪くはないでしょうから。」
幼い頃に出来なかった雪遊びを。今。
小さな小さな期待を抱いてしまっていることに、和偉は気づかなかった。
和偉くんのトラウマには「期待」という単語が関係してきます。
ミナちゃんは分の悪い賭けはしません。ですから、アレも必ず成功させる気でいます。
……もう少しゆるくするはずだったのに、どうしてこうなった!
それではみなさま、メリークリスマス!