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病気と、障害と、
和音は女の子なんだと、7歳ころまで本気で信じていた。兄としても、おしゃれを気にして少しませている和音は女の子にしか見えなかった。本当に。人生で一緒にお風呂も入ったことがないし。疑う理由がなかった。
アルバムの最初あたりこそ青い服を着ていたものの、徐々にピンク色の服を着る写真が増えた。僕が物心ついたときから可愛らしい服を着ていた上に、和音なんていう男子では聞いたこともない名前(僕の名前・楽音もその類である、その上女子でも聞いたことない)をしているもんだから、僕にとって彼女は妹以外の何者でもなかった。
「楽音……わたしね、変なんだって」
これは、和音の身体が男性だと気づいたときの話なんだけど、7歳くらいの面会の時にママが少し席を外して、僕と和音が2人きりになった。
「どこが?」
「男の子なのに可愛い服着たり『わたし』って言うのが、変だって言われたの」
うつむく和音。
「和音って男の子なんだ……」
「え?知らなかったの?」
「うん、ずっと女の子だって思ってた」
「……わたしもなんだ。女の子と一緒に遊んでる方が楽しいの」
僕がちょっと引っかかる顔をすると、「あ、ううん、楽音と遊ぶのがつまんないってわけじゃなくて」と訂正した。
「本当は、楽音と遊んでるのが1番楽しい!」
無邪気に笑い、僕の手を掴むひと回り大きな手。
リボンのついたカチューシャ、可愛らしいウサギのワンピース。日曜だからなのか、目元にラメがついていた。
こんなに女の子を頑張れる子が、どうして男の子として生まれてしまったんだろう。
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「学校行くよ、楽音!」
「は~い、和音……」
手術成功から2年が経った。
あの頃はまだ子供だったから、僕たちの病気や障害のことは、概念として分かっていても詳しいことはまだ分かっていなかった。僕のは「心臓の病気」、和音のは「間違って男の子に生まれた女の子」程度にしか。そもそも和音が「障害者」に入ってしまうことさえ知らなかった。
けれど――和音は変わってしまった。目を覚ました時にはすでに、知らない少年に。
あれから髪も伸ばさないし、スカートも履かない。ピンク色なんてもっての外で、可愛いものは何も家に残っていない。
夏の通学路はアスファルトの反射のせいで嫌に熱い。
そのせいだろうか、馴染みかけていた「和音くん」に訊いてしまった。
「……和音」
「な~に~?」
「和音、なんで男の子になっちゃったの?」
「え~っ、だめ?」
「だめ、じゃないけど、なんていうか……変な感じがして。僕の妹がどっか行っちゃった感じ……」
「大丈夫だよ、俺はここに――」
「やっぱ変だよ!」
僕は差し伸べられた手を振り払い、耐え切れず言った。
「君は誰?和音をどこにやったの?僕の和音は男の子なんかじゃないんだ!」
陽射しがつむじ辺りに当たって熱い。けど、今首元を伝う汗はそれとは何か違った。
「和音を返してよ……‼」
顔が見れない。
「……そっかぁ」
そんな言葉を言う和音の声はトーンダウンしていた。
和音は僕の耳元で囁いた。
「気づいちゃったね、気づいちゃいけないこと――!」
「……どういう意味?」
僕が聞き返すと、和音はいつもの調子になって言った。
「今日の丑三つ時、学校の裏山においで!秘密、教えてあげるから!」
和音は瞳に怪しい光を|湛《たた》えていた。
「じゃ、学校行こ!」
「……うん」
悪い夜になりそうな予感がしていた。