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🗝️🌙第一話 冬のロッジと不穏な依頼
車のワイパーが、ぎこちなくフロントガラスの雪を掻き分ける。
年末の帰省ラッシュから逃れるようにして、長野の山奥へと向かう車。道は既に雪に覆われ、窓の外は一面の銀世界だった。
「なあ…本当にここに行くのか?」
ハンドルを握る毛利小五郎が、運転席から不満げに声を漏らす。
「おいコナン、あの依頼状、もう一度読んでみろ。」
「うん…。」
助手席に座る江戸川コナンが、封筒から丁寧に取り出した便箋を広げる。
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〈拝啓 毛利小五郎先生〉
初めまして。私は長野県の山中にある「橘ロッジ」という宿泊施設を管理しております、|橘《たちばな》|冬子《ふゆこ》と申します。
実は近頃、ロッジの中で不可解な物音が夜な夜な続き、不安を感じております。
私自身では確認ができず、地元警察にも取り合っていただけません。
つきましては、先生に一度ロッジにお越しいただき、何らかの調査をしていただけないかと存じます。
報酬は滞在費込みで、お支払いいたします。年末年始の数日間、ご滞在いただければ幸いです。
何卒よろしくお願い申し上げます。
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読み上げ終わると同時に、蘭が後部座席から首を伸ばしてきた。
「音がする、ってだけで探偵を呼ぶのは…ちょっと珍しいね。」
「そうだな。金になるなら何でもやるとは言ったが…雪山のロッジで幽霊退治とはなぁ…。」
小五郎がぼやいた瞬間、車は大きく揺れた。坂道に溜まった圧雪にタイヤを取られたのだ。
(うわっ…こら、しっかりしてくれよ…)
コナンがシートベルトを閉め直しながら、窓の外を見やった。
深く立ち並ぶモミの木。その上に積もる重たい雪。灰色の空。人の気配は皆無で、音といえばエンジンの唸りと、時折車体を叩く雪の塊だけ。
(この雰囲気…ちょっと気味が悪いな)
そんなことを思っていると、前方に木造の大きなロッジが見えてきた。屋根は鋭い傾斜で、二階建ての建物は全体が濃い茶色に塗られている。年期は入っているが、よく手入れされている印象だった。
「着いたようだな。ここが"橘ロッジ"か…。」
車がガリガリと雪を踏みしめながら、玄関脇に停車する。
「わあ…すごい雪。思ってたよりもずっと寒いね…!」
蘭が車から降りて、白い息を吐く。コナンも後を追って外に出た。
そのとき――
「毛利小五郎先生でしょうか?」
玄関のドアが開き、長い黒髪の女性が出迎えに出た。
全身を覆うような薄紫のロングコート。淡い化粧。氷のような眼差し。静かに深く礼をするその姿は、まさにロッジの"女主人"そのものだった。
「はじめまして。私が橘冬子です。ようこそいらっしゃいました。」
「おう、どうも。寒ぃ中わざわざ…あんたが、依頼人さんか。」
小五郎が片手をあげ、もこもこのマフラーを直す。
「はい。さあ、中へ。薪ストーブを焚いておりますので…。」
橘ロッジの内部は、外観とは打って変わって温かみのある木材で統一されていた。
広々としたロビーには薪ストーブの炎が揺れ、数脚のソファが並ぶ。壁には古い写真や、スキー板、登山道具などが飾られていた。
「うわぁ、すごい。まるで映画に出てきそうなロッジ…!」
蘭が思わず感嘆の声を漏らす。
「祖父の代から、少しずつ手を入れておりますので…築年数の割には、暖かく感じていただけると思います。」
冬子が微笑み、奥のカウンターへと手を差し伸べた。
「こちらに記帳をお願いいたします。…ああ、それとご紹介を。」
奥の廊下から、2人の男女が現れた。
「こちらが私の妹、橘|悠《はるか》です。そして…彼が、婚約者の|矢島《やじま》|和哉《かずや》。」
「こんにちは~、遠いところようこそ!寒かったでしょ?」
悠は姉と対照的に明るく、軽やかに笑った。肩までの茶色の髪をふわりと跳ねさせ、鮮やかな緑色のセーターを着ている。
一方、矢島はスーツ姿にストールを巻き、穏やかながら緊張感のある面持ちだった。
「矢島です。毛利先生、お会いできて光栄です。」
「ああ、どうも…。」
(この人…どこかで見たような…)
コナンが矢島の顔をじっと見つめた瞬間――
「おおい、客人はもう来てるのか?」
ロビーの奥、階段を下りてきた中年の男が現れた。
「こちら、私たちの従兄にあたる|北園《きたぞの》|恭介《きょうすけ》です。」
「よう、毛利の旦那か。テレビで見てるぜ。今夜はゆっくりしてってくれよ。」
がっしりした体格に無精髭、ラフなニットを着崩した男は、親しげに笑った。
「…今日の夜から、雪はさらに強くなるそうです。明日には、しばらく外に出られないかもしれません。」
冬子の言葉に、コナンはふと天井の木材を見上げた。
(完全に"閉ざされた空間"…か)
このロッジで何かが起きる。
探偵としての嗅覚が、そう告げていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
初めての二次創作です。大好きな名探偵コナンを書いてみました。いざ書いてみると、キャラの口調を合わせるのが難しかったり雰囲気を作り上げるのが大変で、本家と大きく乖離しないようにするのに苦戦しました。
本シリーズは全五話で完結予定です。
次回もお楽しみに。