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雨音と、俺の音と。
⚠博多弁、熊本弁も混じってる男主
…ぽつり、ぽつりと肩に落ちる生温い間隔。
それは次第に勢いを強め、やがて空は暗闇に包まれた。
遅刻して見逃してしまった天気予報。学校は当然スマホを持ち込むことすら禁止なので、後から見ることも叶わなかった。いいや、見たところで…だったかもしれない。
「…雷が鳴ってないだけまだマシか」
田園風景に囲まれた、素敵な田舎。最初はそう思っていたが、コンビニが徒歩二十分。デパートなんかは車で三十分。バスは一日二本。交通手段がなんとも憎たらしい。
学校の靴箱付近で雨宿りをしているが、止む気配は一切ない。残された道は走って帰る、そのくらいだった。時刻は五時五十分、ほぼ全生徒帰った後。ここから家まで徒歩15分。走れば8分にでも短縮出来るかもしれない。
…覚悟を決め、足を外に踏み入れようとした瞬間。ふと、ふわりという風圧と共に目の前に傘が差し出された。後ろからの温かい感触、それに優しく香る檜のような匂い。
羽京「風邪引いちゃうよ。ほら、入って」
「羽京…?先に帰ったんじゃなかったの?」
羽京「部室の後片付けしててね。良ければ一緒にどう?まあ強制的に相合傘になるけど」
「野郎二人で?ふふ、ええけど。ありがとう」
少し左に避けると、右側で肩を並べる。勿論傘は俺持ちで、取り敢えず彼の家まで。それにしても、彼は入学してすぐに弓道部の部長まで上り詰めたらしい。今は互いに高校三年生となった訳だが、引退はまだまだ先なんだとか。
俺は生徒会が忙しい、なーんて言い訳じみてるが、会長である龍水のワガママが沢山飛んでくるから本当に忙しい。その話を彼にすると、知り合いだったのかクスッと笑って「彼らしいね」と。
…その横顔はあまりにも愛らしかった。
ぷにっとした頬が持ち上げられ、堪らず触りたくなってしまう。
そんな衝動に耐えていると、いつの間にか彼の家に。
「ここからダッシュで帰るけん気にせんで!ここまで入れてくれてありがと」
羽京「えー、ここまで入れた意味ないじゃん。強がってないでおいで、雨が止むまで一緒に勉強会しようよ」
「うぐぐ…お勉強…」
羽京「数学教えてあげるから…」
嫌なものは嫌だったが、そろそろ受験に力を入れねばならない。渋々、本当に渋々だが雨が止むまでと自らに言い聞かせ、彼の家に上がり込んだ。
手を洗って早速着席。
勉強道具は幸い鞄の中だ。奥でちょっと湿っていた教科書を無理やり広げ、年季の入ったシャーペンと角がもう無い消しゴムを近くに転がす。
「数学、2年の復習からでいい?」
羽京は冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶を持って戻ってきて、俺の隣に座る。意図的にか偶然か、やや距離が近い。
羽京「うん、大丈夫だよ。それなら…場合の数と確率。先生が『模試に出すぞー』って嬉しそうに言ってたやつ」
「うっわ、あの顔思い出しただけで胃が痛い…」
羽京「……ふふ。君、ほんと反応が素直」
「貶してなか?それ…」
羽京はペンを取り出し、俺のノートにサラサラと例題を書き始める。その指先の動きが静かで、無駄がなくて、見ていると少し羨ましくなる反面…触りたいという衝動が溢れてきた。
羽京「この問題、どうやって解くと思う?」
「選ぶパターン数だろ。えっと、まず…AとBの二通りだから、そこが…」
羽京「ストップ。ほら、そこでP(A)とP(B)が分かれてる。引っ掛け問題だよ。」
「うー……お前先生より容赦ないぞ」
羽京「でも、君の顔が真っ赤になるの、ちょっと可愛いかも」
「いやそれ…からかってるっちゃろ!?」
羽京「うん、ちょっと。でもホントだよ」
息が詰まりかける。
今の「可愛い」は、どういう意味で言ったのか。からかい?それとも…なんて。羽京は受験期に本気でこんな事を言うわけが無い。ただ、からかっただけだろう。期待は胸にしまい、再び問題に目を向けた。
───数分後。
彼の完璧な指導により、俺は苦手な数学を克服する事が可能になっていた。
たった数分だ。
彼は自衛隊を目指している、なんて言っていたが、小学校の先生の方が向いている気がする。
「つまりP(A)しか使わないとね!?この問題は独立かつ反復試行やけん…!」
羽京「そういう事、飲み込みが早くて僕も気持ちがいいよ」
ふわりと優しく笑った彼は、俺の頭を軽く撫でてくれてからキッチンへ。気が付けばもう午後六時。思っていたよりも長い時間勉強していたらしく、彼のノートには英単語がびっしり。俺のノートも数式まみれで、あまりの達成感に背伸びをひとつ。
羽京「カレーでいい?冷凍のストックしかないけど、僕のオリジナルスパイス配合なんだよね」
羽京がキッチンから顔を覗かせる。
エプロンを身につけている姿が妙に似合っていて、思わず笑ってしまう。
「なんで男子高校生が冷凍ストックとか持ってんだ…主婦かよ」
羽京「ひどい言いよう。でもまぁ、そうかもね。ひとり暮らしだから慣れたもんだよ」
「……あぁ、そっか」
そういえば、羽京は親の転勤でこっちに引っ越してきて、寮も空いてなくてアパート暮らしになったんだった。
俺も一人暮らしだが、大体はコンビニ飯かスーパーの惣菜一つで終わらせてしまう。
「なんか、ちゃんと尊敬するわ。そういうとこ」
羽京「ふふ。今、初めて素直なこと言った?」
「せからしか!」
そう言いつつも、どこか頬が熱い。
気まずさを誤魔化すように、テーブルの上を片付けていくと、彼が小皿にサラダを盛って、トレーごと持って戻ってきた。
羽京「はい、今日の特別メニュー。受験勉強お疲れ様カレーセット」
「ありがとう。…って、なんでこんな豪華と?」
羽京「本気出すとこうなるんだよ、料理男子は」
「くそっ、完敗感ある…」
そうぼやきながら一口食べると、スパイスの風味が鼻に抜けて、でも辛すぎず、なんだか落ち着く味だった。
それは、昔食べた家庭の味とはまた違って、羽京そのもののような、優しくて、癖になる味。
「うま……まじでこれ売れるんじゃない?」
羽京「えへへ、褒められた」
「なんだよその照れ顔…」
黙々と食べ進めながらも、どこか心の中はざわついていた。
羽京の言動はいつも自然体で、だけどたまに、必要以上に優しくて、踏み込みすぎるくらい近い。
…触れたい。
自然と、そう心が訴えた。
「…」
羽京「…ん、わっ…なぁに?」
気が付けば彼の頬に手を添えていた。そこでハッと意識を取り戻し、焦って手を引っ込め適当な事を口から放った。
「い、いや!ご飯粒ついとったけん!羽京ったらほんなこつお転婆さん!はは、あはは!」
羽京「…心拍数爆上がりしてるよ?」
「……し、知らんしっ!」
俺は顔をそむける。でも、耳まで熱くなってるのは自分でも分かるし、羽京の視線がずっとこっちに向いてるのも感じる。
羽京「ねぇ」
「……なん」
羽京「ほんとは、ご飯粒なんてついてなかったでしょ?」
その問いに、俺は黙るしかなかった。
ついてなかった。そんなの、分かってる。
むしろ、最初から理由なんていらなかった。ただ、触れたかった。それだけだ。
「……お前が、悪いっちゃん」
羽京「え、なんで僕のせい?」
「そんな距離近いし、笑うし、褒めるし…料理うまいし、勉強教えてくれるし…ずるか」
羽京「……」
ふいに、羽京が立ち上がった。
そして俺の横に座ると、じっと目を見て、少しだけ困ったように笑った。
羽京「ずるいのは、お互いさまかもね」
「……え?」
羽京「君がどんな表情してるか、僕、ずっと見てたよ。君の声も、心臓の音も、君のツンケンしてても根は優しい所も。ずっと、ずっと、好きだった」
「な……」
時が動かない。いや、彼によって優しく止められた。羽京が、俺の額に自分の額をそっと重ね、慈しみの笑みを浮かべたからだ。
羽京「……もっと早く言えばよかったな。君のこと、好きだよ」
「……」
喉の奥が熱くなる。冗談みたいに軽くて、だけどどこまでもまっすぐで、逃げ道のない言葉。
俺の心臓が、羽京の言葉に答えるように、音を立てる。
「……俺も、たぶん……ずっと、前から」
羽京「たぶん、じゃなくて“確信”にしよっか」
「っ、こ、こいつ……!」
羽京はにこっと、晴れ間みたいな笑顔を見せた。そして、何も言わずにもう一度額を寄せたかと思えば、今度は──
唇が、そっと、俺の額に触れた。
ほんの一瞬のキス。
でも、それだけで頭が真っ白になる。心臓の音がうるさすぎて、勉強した数式なんか、頭から地球の裏側まで飛んでいった。
羽京「…明日から、勉強どころじゃなさそう」
「…ほんとそれ……責任取れよ」
羽京「うん。全部取るよ、勿論ね。君の“好き”も、“困る”も、“恥ずかしい”も、全部」
───彼の笑顔は、窓から射す夕陽に照らされ…眩しいほどに輝いていた。
お゙ぉ゙ん゙!!羽京可愛すぎるに゙ゃ゙ぁ゙ん゙!(台無し)