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善良な親子
父親の機嫌があんまりいいなんてちょっと気味が悪い。カルツは偏頭痛の錠剤を噛み砕きながらそう考えた。
今日に限ってカルツのパパは帰りが早い。カルツは善良な女の子なので、世間の人がそうするように人並みにパパを愛している。パパもまた善良な男性なので、カルツを愛している。2人がお互いを愛し合っていることは確かであって、でもそこには拭い去れない「父と娘」という愛情の大きさの差がある。
それでかまわない、とパパは考えている。カルツのパパは優しくて賢い。娘が父を嫌うようになっていくのは自然なことで、俺はカルツが結婚するときに隣を歩いて、花婿の元へ送り届けてやれればいいんだ、と思っている。パパは善良で、カルツが当たり前に誰かと結婚するものだと信じ切っている。
カルツはおそれている。何をおそれているのか、彼女自身にも説明はできないのだけれど、少なくともパパをおそれているわけではない。そんなのは間違っていることだ、と真面目なカルツは考える。
たぶんこういうのは、誰にでもあることなんだわ。水を飲みながらカルツは思う。きっと誰でもわたしのような年ごろには、父親の機嫌がいいことに訳もなくいらだったり、同級生が転ぶのを見て微笑んだりするものなんだ。そういうものよ。
マイル伯母さんだって、「あなたは今とっても難しい年ごろね!悪意を集めないように気をつけなさい」と言っていたもの。伯母さんにもそんな時期があったんでしょうよ。母さんにも、トルテ義兄さんにも、きっと。じゃあパパは?
無邪気な思考がそこまで行き当たって、ふとカルツは困ってしまう。パパにもそんな時期があったのかしら?必要もないのに棘を蓄えて、自分だけが正しいと思い込む時期が?そんなのありえない、カルツは首を横に振る。脳が揺れてじくじくと偏頭痛が戻ってきた。彼女はもう一粒錠剤を口に含む。痛みに似た苦い味がカルツを冷静にさせる。
とにかく、何はともあれ、このことはあまり深く考えない方がよさそうだ。善良なカルツはそう結論づける。そして頭の痛みを紛らわすために、少し眠る。
こうして善良な父と娘の日々は過ぎていくのだ、いっさいの真実を置き去りにして!