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**影の訪問者**
梅雨明けを目前にした、重たく湿った夕暮れだった。
教室の窓から空を見ていた柚子月のスマホが、不意に震えた。
表示されたのは、登録のない番号。躊躇しながらも通話ボタンを押すと、静かで冷ややかな声が耳に届いた。
「向日葵柚子月さんですか? 私、椿谷蓮の元カノの七瀬です。」
一瞬、思考が止まった。
誰かのイタズラかと思った。しかし、その名前を柚子月は知っていた。
蓮の“過去”の人。蓮が一度だけ、声を濁して語った女性。
まさか、直接連絡をしてくるなんて——。
「突然ごめんなさい。あなたと蓮くん、付き合ってるのよね?」
柚子月は返答に詰まった。なぜ知っているのかも聞けないまま、彼女は続けた。
「あなたに、直接会って話したいことがあるの。……彼の本当のことを。」
心臓が脈打つ音がうるさく響く。
信じたい気持ちと、知りたくない気持ちが綱引きしていた。
七瀬の声は落ち着いていたが、どこか挑むような響きを帯びていた。
「明日の放課後、駅前の喫茶店で待ってるわ。」
通話は、それだけで一方的に終わった。
柚子月はしばらくスマホを握りしめたまま、動けなかった。
その時、彼女はまだ知らなかった。
この再会が、蓮の「秘密」の扉を静かに開きかけていたことを——。