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冷めた視線はでもちょっとぬるい
まえがきわに
2025/09/18
「私にばっかり押し付けないでって言ってるじゃん!」
捺実が叫んだ。班活動で調べたことを、クラスメイトの前で発表する時間のことだった。うちの班の発表はぐだぐだで、席に戻りながら「ダメダメだったね。」と小さく笑い合っていた。捺実の大声に、クラスが水を打ったように静まり返った。そのあと一気にざわつき、クラスメイトの声で溢れかえる。「え、なになに?」「やば!キレてんじゃん。」いつもおとなしい捺実の大声は、クラスのみんなに大きな衝撃を与えたようだった。
「え、どうしたの、捺実?」捺実の幼馴染である遙が、動揺した様子で訊ねる。捺実はくちびるを震わせながらこぶしを握りしめた。「みんな何もしなかったじゃん。私が全部1人で調べてまとめたのに、なんで文句ばかり言うの。」私は何も言い返せなかった。私だけじゃなくて、班の全員が気まずそうに黙り込んでいた。全員、捺実に任せておけば大丈夫だろうと思って、何もしていなかった。捺実も「わかった、やっておくね。」と笑っていたし、不満を言われることもなかった。捺実はいつもそうだった。大人しくて優秀で優しくて、弱音を吐かない。だから強い人間なんだと思い込んでいたけれど、そうではないのかもしれなかった。「ごめん…。」班の誰かが言った。誰の声なのかはわからなかった。私の心がそんなことを判断する余裕もなかったからだろう。みんなの視線が痛かった。みんなに悪者だと認識されることへの恐怖とか、みんなの前で告発まがいのことをした捺実への苛立ちとか、罪悪感とか、焦りとか、そういうの全部が私の喉を締め付け、言葉を出せなくした。
捺実は深く息を吸って、班の全員を1人ずつ見つめたあと、心底軽蔑したような瞳で言った。「もういい。」そして踵を返すと、教室を出て行った。クラスメイトがまたざわついた。本来は事態を収めるべきなのにずっとあわあわと戸惑っていた担任が、捺実を追いかけていった。体から一気に力が抜け、私は自分の席に座った。私を責める捺実も、叱るであろう先生もいなくなったことに安心していた。「俺は謝ったのに…。」班の男子が、椅子に腰を下ろしながら小声で呟いていた。先ほど謝罪していたのは彼だったのだと理解した。私も謝っておくべきだったと思った。例え捺実の心に届かないような表面上だけの謝罪でも、謝ったという事実があれば、それだけで良いから。
うわああああ