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黄金に近そうなもの 【3】
星の核は、星の中心に必ずある、人間でいう心臓なようなものだ。
だが心臓とは違い鼓動はせず、星自体も呼吸をしたりはしない。
白い星も黒い星も、色づいた星々も、等しく生物的な活動は見られない。
星の核そのものは手のひらにおさまるほどの大きさであるが、その中には考えられないほどの量のエネルギーが詰まっている。その量は核爆弾一発分ほど、小さな街であれば、それひとつで20年分のエネルギーがまかなえると言われている。
エネルギーを取り出す方法はまだない。ただ、核にあるエネルギー量が大きすぎるため、無理に取り出そうとすればその場の環境を破壊しかねないため、調査は慎重に行われている。
そして星自体を信仰とする宗教も数多くあるため、それらの研究に対し反対の声も上がっている。
午後8時。サジタリウス町の人々はすでにわずかとなり、かのおくりびとたちは、黙々と星をとる準備をし始めた。
そのおくりびとの人たちには、もちろんラヴィカも含まれる。
ラヴィカは昼間の紳士から請け負った依頼を成すべく、星の色を記憶した石板とランタンを床に置いてごそごそしていた。
ランタンの中にろうを刺せば、マッチの火を起こし、ぼうっと燃やせば、慎重に石板を近づける。
するとぼんやりと赤い炎は青く澄んだ色に変わっていった。こころなしか炎の勢いも増している。
「ラヴィカさん、星をとりに行くんですか…」
先ほど眠ろうと奥へ戻っていたレンが、店内の物音に気付いたのか眠たそうに起きてきた。
「珍しいな、起きてくるなんて。」
「よかったら僕もついてきていいですか…?」
寝ぼけているのか、好奇心からなのかはわからないが、レンはまぶたをこすりそういった。
「俺の言うことを聞いてくれるなら…まぁ、いいけど。」
ゆらゆらと静かに揺れるランタンを手に、大きめのショルダーバックを下げ、いつもの手袋をはめ、あまり肌が出ない服装で、ラヴィカたちは店内の明かりを消し、店を後にした。
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時刻はさほど変わらず8時半ごろ。ラヴィカたちは街とは少し離れた草原に来ていた。
するとレンが不安そうに尋ねる。
「あの…本当に星の場所わかるんですか?」
それを聞くとラヴィカは、ランタンを指先でコンコンと鳴らすと、こう言った。
「炎が傾いている方向へ進めばそこに星がある。炎が真っ直ぐになれば、その上に星があるってことになる。」
そう言い終えると、ラヴィカはまたスタスタと歩く。
だが、レンはまだ不安そうに背中を丸めている。
「…どうした?腹でも痛いか?」
「違いますよ!ラヴィカさんは恐ろしくないんですか…?」
「恐ろしいって…なによ。」
**「夜ですよ!危ないじゃないですか!」**
レンは大声で捲し立てるように叫んだ。
夜は昼と違い視界が悪い。その上、よだかやカラス、毒グモ、オオカミ…そして降り注ぐ星々。夜には数え切れないほどの危険がある。
普通の人々であれば怖がるのも普通である。しかしラヴィカは職業柄、星のために夜中に外へ出なければならない。
今までラヴィカが働いていた時間、レンは眠りについていたので、そのことについて、すっかり頭から抜けていたのだ。
そしてラヴィカは、レンのその声を聞いて、高らかに笑った。
「…だったら、俺が生きてるのは超奇跡だなぁ!…まぁ、動物に襲われることがあっても、星はこっちに落ちてこない。ただ…」
ラヴィカはそう言いかけると、ふっとレンの頭上を見つめた。
ラヴィカの目には赤くぼんやりとした光が映った。ラヴィカがそれが黒星であると瞬時に理解した。
「えっ」
レンがそう言いかけた時、ラヴィカはふっと軽くレンの背丈よりうんと高く飛び、近くに寄ってきた黒星目掛け足をふんとふんばった。辺りはごぉっと重い音が響く。レンの目の前には、チラチラと紺色の破片が落ちてきたと思えば、すうっと消えていってしまった。
「お前はのっぽだからなぁ。ちょっと危ないなぁ。」
レンは呆気に取られたのか、ひとことも発さないまま、ぽかんと口を開けていた。
「あそこにちょうどいい場所がある。そこに急ぐぞ。」
ラヴィカはレンの手を取り、その場所へ走って行った。
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草のはげた場所につけば、ラヴィカはショルダーバックから木片やら枯葉やらを取り出し、マッチで火を起こした。
暗闇にわずかだが、あたたかい明かりがひろがる。
「…ショルダーバックに何入れてるんですか。」
「これなら大丈夫。星はちょっとの明度変化にも敏感だからな。これで近づいた星は軌道がずれて当たらなくなる。」
ラヴィカはランタンの炎の方向を見て、にやりと笑う。
「ここがちょうど真下みたいだ…ご都合展開で助かるな。」
「…ラヴィカさん、気をつけてくださいね。」
レンは体を縮こめてラヴィカに言った。
「大丈夫。俺はこのなりでもおくりびとだぜ?」
ラヴィカは焚き火のそばから少し離れて、ぐっと足に力を込める。
4秒ほど力を込めれば、ラヴィカはぶんっと地上から音もなく離れていった。
「…ラヴィカさん…」
レンはずっと地上から離れる星を見続けた。
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雲を突き抜けたすぐ先に、星々はすぐそこにいた。
キラキラと幻想的な明かりがところどころに浮かび、丸のようなものや、カクカクしたポリゴン状の星もある。
ラヴィカは雲の上に足をつけ、ランタンを持ち、星を探し始めた。
「相変わらずひっどい匂いだ…」
星々がある場所は空でも、ある程度宇宙に近い場所のため、焦げ臭いいちごのような匂いが漂っている。
10年仕事を続けても、慣れないほどひどい匂いだとラヴィカは言う。
「…あったあった。」
雲の上は軽くて柔らかいので、うっかり破かないよう、ラヴィカはそーっと歩く。
濃い青の星を見つけると、今度は手袋をしっかりとはめ、肌に触れないよう星を抱えた。
星はピザ生地の直径よりも少し大きい程度の高さと幅だが、重さは対してない。
核以外の部分は大した重さはないので、こうして空の上に浮かぶことができる。
ラヴィカは星を遮光袋に入れれば、雲を突き破り、ゆっくりと地上へ降りた。
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10時。あれから星を送り返したり黒星を壊しているうちに、あたりの星は無くなっていた。
「そろそろ帰るか。」
ラヴィカは星の入った遮光袋を背負い、レンは右手にランタンを持って歩いた。
「…黒星がひゅんひゅん飛んできて…空をぶんぶん飛んで…ラヴィカさんって、あれを毎日…?」
レンはげっそりとした様子でつぶやいた。
「楽しいぞ?」
ラヴィカはにこっとして、レンにそう言う。
するとレンは首をぶんぶんふって、体がもたないようと小さくつぶやく。
サジタリウス町の|星灯《セイトウ》は、僅かな星光を受けぼんやりと光っている。
ラヴィカたちは急ぐよう、ゆっくりと帰路についていた。
「でも、なんでラヴィカさんはおくりびとに?」
レンが尋ねると、しばらくした後ラヴィカは淡白に答える。
「やりたいことも特になかったからなぁ。」
それ以降、2人の会話は明日の朝まで無かった。
0時。辺りはすっかり闇に包まれている。
カラカラとランタンを揺らして、ひとりのおくりびとが星を探していた。
「…星が移動している?」
もしかすると、誰かが先に拾ったのかもしれない。ただ、もしかすると''クサリ''の可能性もある。
急いで星の方に向かって走った。気がつけば、そこには小さな男の子がうずくまっている。
「…ぼく?大丈夫かい?」
心配になって声をかけてみれば、男の子の方にランタンの炎が傾いているのがわかった。
男の子の方をまたしっかり見てみれば、ほのかに輝く星のかけらがあった。
…星を砕いている。信じたくなかったが、はっきりと気づいてしまった。
「…その星さま、おじさんにわけてくれないかい?」
「…い、いやです…」
男の子はぎゅっと体を縮こませ、星の明かりを閉じ込めてしまった。
「たのむよぉ、おじさん、お仕事で必要なんだ。…もしかして、核が欲しいのかい?よければおじさんの核と交換してくれないかい?」
男の子はこちらをゆっくりと振り向くと、どっと悪寒がこちらを襲ってきた。
「…たりない…た、たりないです…」
「じ、じゃあ2個でどうだ!」
「…まだ、もっと…ください…」
「じゃあ全部あげよう!それでいいだろう!」
男がそういうと、男の子はにやりとわらった。
「…いいです、よ。…うふふ。これで警備は…回避だぁ。」
黒星の核を受け取ると、男の子はサッと立ち去ってしまった。
「…''クサリ''かぁ…こんな少年まで…」
男は拳をぐっと握ると、後ろから誰かがぽんと肩をたたく。
「私たちは、''クサリ''なんかじゃないですよ…」
後ろを振り向けば今度は女性がいる。
男は驚いてひぃと声を出した。
「私たちにとって大事な使命なのです…今後、そう申すのであれば、覚悟をなさってください…」
気がつけば女性はいなくなっていた。
「…くそう、もう今日はやめだやめ…」
おくりびとはさっさと帰って行った。