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桜雨
晴瀬です。
春は好きだけど夏は嫌いです。
夏に比べたら冬は大好き。笑
もうすぐ春ですねって話です。
低い声が私の名前を呼んだ。
私は振り返る。
声の主は静かに笑った。
それにつられて私も笑う。
桜が咲いていた。
彼と散歩に歩いていたら桜を見つけた。
4月目前の3月下旬とはいえ桜が咲く季節だとまだ認識していなかった。
九州や東京などの関東はもう開花を初め、満開を迎えるところもあるのだとか。
それを彼に話すと「早いね」と静かに言った。
桜を見つめる。
彼が私の隣に立った。
春風が優しく吹いた。
その風に耐えられなくなった花や蕾が風に乗って落ちてくる。
私は目を瞑る。
木が揺れて葉と葉が擦れる音だけが響いていた。
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そんな思い出を独りで静かに思い出した。
彼が死んでからもう2年が経つ。
彼は桜が好きだった。
桜が咲く春が好きだった。
"春"という漢字のつく私の名前が好きだった。
その名前をもつ私が好きだった。
私も彼を好きだった。愛していた。
川沿いに咲く桜並木を見て思い出した。もう満開といっていいほどの咲きっぷりで、何も言わずに、着けた花を風に揺らして立っていた。
彼はこの桜をもう見ることはできないのだ。
私も彼と桜を見ることはもう一生ない。
この暖かい春の陽気も、桜が放つ仄かな香りも、虫があちこちに出る鬱陶しさも彼はもう感じることができない。
分かっていたつもりだった。
彼が死んだあの日から理解しているつもりだった。泣き尽くして、涙が枯れるほどに泣いて、耐えれらなくなって叫んで喚いて、死んだように眠って、そうした日々の中でもうとっくに彼の死を理解していたと思っていた。
でも私はまだ、分かっていなかった。
何も。
彼が最期に遺したあの言葉ですら私はきっと理解しきれていないのだ。
突然吹いた強い風に私は思考をやめる。
風に桜の木は揺れる。
ざあざあと大きな音を立てて木は揺れる。
桜の花が飛んだ。
1つだけの花が飛んだ。
その花は私の目を釘付けにして離さなかった。
花は風に乗って浮かび川に落ちた。
何気ない光景だった。
なのに途端に私の目頭は熱くなって私はしゃがみ込む。
涙が溢れた。
その花は彼を彷彿とさせる、鮮やかで綺麗で周りより一際輝く花だった。
私は彼が死んだあの日から初めて泣いた。
今になって彼が死んだことを、もう戻ってこないことをやっと実感した。
桜がまた飛ぶ。
今度は1つじゃない。
1本の木から飛び出した花は散り散りになって川へ落ちて流れていく。
雨のようだった。桜雨。
桜雨が降る。
私の涙と一緒に桜雨は降った。
桜が散る。
春が終わってしまう。
いやまだ終わらないけれど、でも、彼の好きな春は、もう終わってしまう。
彼の好きだった春は、桜がないといけないのだ。
それがどうしようもなく哀しくて淋しくて私はまた目を瞑る。
涙は決壊したダムのように溢れ続ける。
止めることもできず、せず、私はずっと泣き続けた。
桜雨は、降り続ける。