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〖神のみぞ知る賽子〗
「つきましては…ご協力をそちらにもお願いしたいのですが、決して悪いお話ではないかと存じます」
白髪混じりの髪の下で張りついた笑顔の中年男性が体のいい誘い口を言った。
黙って契約書に目を通していると、横の秘書が部屋を出ていった。
流れた静寂の中で、ダム建設を推奨する中年男性の社長が俺の横へ座って太腿を撫でるような仕草をした。
「畠中さん、いつものように何卒よろしくお願いいたします。
お祖父様が亡くなられたとのこと、心中お察し申し上げますが、ご容赦頂けますと幸いです」
そう大人しそうに言って腰回りへ撫でる手をまわす。言動だけは利口であるものの、行動は獣そのものだ。
「それは…その……」
答えに少し、躊躇っている中で携帯の着信音が鳴る。
電話に出ようと見やるとそこには、“|楓《かえで》”の文字。
やけに痺れる手で出ようとして携帯を耳元へあげた瞬間に、男性の手が俺のズボンのベルトに手をかけていた。
俺が7歳からの行為とはいえ、よく飽きないものだ。
もはや執着に近い気味の悪さにかえって呆れていた。
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笑顔を崩さないようにして、目の前で堅く結んだ両手を解かない白い衣服に身を包んだ女性の頭を撫でた。
それが幼い子供や男性に変わるにつれ、後ろで満足気な父は「やはり、☓☓☓☓を皆得るべきだ」といつものように意味の分からないことを言った。
珍しく帰って来たと思えば、くだらない神の真似事を実の子供にさせているのは何を思ってのことだろうか。
しばらく、それが続き最後の一人が「☓☓☓☓の☓☓☓☓」だの「☓☓☓☓ようで美しい」だの、それらしいことを述べて両手を広げた。
愛してもいないし、愛する気もないが、演技をすることだけは昔から得意だ。
相手が好むような人を演じているのは窮屈な型の中に無理やり入るようなものではあるが、相手の信頼や信用を得るには非常に効率が悪い。
早めにそれを終わった直後、首にかかった首輪を引っ張るように父は僕の名前を呼んだ。
「じゃあ、私はまた、村を出るから…」
この男はすっかり物事にしか興味を抱かない。一度、骨が折れる程、抱きしめて欲しいものだが、あの僕だけの神様でしか満たされないのは分かっている。
この男は全く僕に興味がない。母が別の男に夢中になったように、この男も仕事や評価にしか夢中にならない。
その渇望する愛をそれを満たす器は、やはり、僕だけの神様でしかないのだろう。
して、神様は作品を気に入ってくれただろうか。
そう想いながら父のしみの目立つ首筋に手を伸ばした。
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少し錆びの目立つカッターが赤く濡れるのと同時に、刃に映る紺に近い青髪の男性を見た。
「…夜久」
唐突に名前を呼ばれ、ひどく鼓動が速くなるのを感じた。
切れた肌から血液が流れるのも放って微笑み、つま先をぴんと伸ばして背中は腕を回す。
そのまま、その行動を返されるかと思えば腰を掴まれ、そのまま引き離すように引き剥がされる。
頰を膨らませて文句を並べるとすぐに彼も笑って、ごつごつとした男らしい手で頭を撫でた。
「まぁ〜…お熱いことでぇ……」
不意に廊下からからかうような声で含みをもった笑いが聞こえた。
見れば、面白そうに笑う棗が首に巻きついた黒蛇…黒梅だったか。その蛇から視線をそらしながら立っていた。
湊を見れば眉一つ動かない顔で棗に一切言葉を投げない。
そんな様子に棗も気分を害したのか、喜んでいるのか…よく分からない表情で高低の曖昧な声で文句を垂れた。
「…また無視ですかぁ?」
「……いいや?別に、無視したつもりはないよ。それで、どうしたの?」
「いいえ?なんでもありません〜」
「…そう」
なんとなく険悪な雰囲気を感じながら、腕に抱き着こうとして棗が先に口を出した。
「湊さまって、女性に抱きつかれても…お顔が、ぜんっぜん変わらないんですねぇ?」
その言葉に湊はただ、笑うでもなく、怒るでもなく、何も言わずに棗の顔を見た。
その横顔の瞳がいやに恐ろしく思えた。
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「ああ…それで、何の話でした?」
机の中央に置かれた灰皿に煙草の火を潰すように消しながら、上原がとぼけたように質問した。
「近辺に属する出処不明の後を絶たない噂の件です。そちらから、貴方についてお話を伺っていまして」
「それは…一体、どのようなお話でしょうか?」
質問の意図を確かめるに少し覗いてみるも、あまり先程と差異はない。
本当に何も知らないだけなのだろうか。
「ところで、お姉さんの方はどうなさいました?お姿が早朝から拝見できないようですが」
「…八代の上と、用事があると」
「へぇ、それは…置いてかれでもしました?」
「……姉にですか?まさか、個人的な野暮用ですよ」
「一人の男の家に泊まるのも?」
「…小さな頃から仲が、非常によろしいので…」
「はぁ、そうですか。して、お話とは?」
途切れた話を再度くっつけられ、情報を更に引き出される形になる。
歳の差による経験のせいか話をする上では一枚上手な記者だと思う。
隠す必要性もないのだから、さっさと打ち明けて貸した部屋へ帰ってもらおう。
「その、近辺からダムの建設とこちらの話をよくお伺いしていらっしゃると数件の苦情がありまして…」
「自分は記者ですから、話がないと仕事ができないんです。
滞在の際に部屋を貸し出して下さっていることには感謝しています。しかし、職業柄上で人様へご迷惑を被ってしまうのも仕方のないことなんです」
「ですが…ダム建設については日村家辺りの有力者が特に詳しいですし、村に根付いたようなことを扱っている神宮寺とは無縁ではないでしょうか」
「…しかし、民俗学的な観点からすれば、もうすぐ沈む村に根づいた宗教面というのは孤立した山奥の集落というものも相まって、歴史的に価値があるのでは?」
「でも、その集落の人間が黙秘したいと言っているんですよ」
「…それは、とても残念です。私達、新聞記者は新聞という古くながらの紙に文字を印刷し、非常に古典的な方法で様々な年齢層に情報を与え、広めることが重要です。
そうでなければ歴史的に有名な一揆やストライキの協力者や、ある地方が必要としている物資、忘れてはならない伝統文化の素晴らしさを老若男女の塀を関係なく頭の中へインプットされることがないのです。
この|酒内《しゅない》村がいずれダムという建物に存在を消され、水に土地そのものが沈んでいくのなら、それを人々の胸の中へ留められるように我々がペンをもって走らなければなりません。
どうですか、大和さん。神宮寺の宮司として、お話をお伺いできませんか」
そう上原が啖呵を切った。
少しだけ目を泳がせて、今すぐにでも応答したい気持ちを抑える。
今はまだ早い。早過ぎる。
朔のことも心配であるし、亨や不良擬きなど様々な問題が抱えられたままだ。
それに何より、最も忌々しく恐るべき風習や歴史、超人的な力などと言った世間的には顔向けのできないものを何でも書くような人物へ渡していいものではない。
息を吸って、吐くようにゆっくりと声を絞り出した。
「……申し訳ありませんが、少々考えさせて下さい」
その言葉の返答は、お茶を啜る音だけで返されていた。
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誰かの話し声と、啜るような音の聞こえる廊下で一人、立ち尽くしていた。
可愛らしいぬいぐるみのキーホルダーをつけた、今にも壊れそうなガラケーの画面に映るひび割れた自分の顔を見た。
腰まで伸びた黒髪に光が射さない黒い瞳がかえって、黒の棘の目立つピアスが光を反射し、眩しく思える。
この顔が朔さんや大和さんにとって、どう映っているのかとたまに考えることがある。
初対面で放られて、行き届く末も分からない伸ばされた手に縋りつくようにして懇願した願いは叶えられ、自分にとって神のような形で降りていた。
簡単に全てを話す軽い口は開かずとも、意思はしっかりと伝わり珍しく孤独を感じることは、ほんの少しだけ緩和されていた。
ただ、それも一定の時だけで他者からはやはり虐げるような視線が刺さる。
結局のところ、誰にも愛されないし、誰かを愛することもできないことを更に深く、深く認識する。
「それでもいい」
画面に映った顔が健気に笑う。いつかは、なるようになるだろう。
どんなに空回っても、どんなに尽くしてもいい。
そのいつかで、空回った空気も読む日が来るだろう。
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いやに弱った鳥を白い鱗に覆われた手で撫でた。
鳥はすぐさま衰えた身体を動かし、羽を広げて手から開いた窓へ飛び去る。
その姿に、なんとなく羨ましいと思えた。
脱いでいた黒い手袋をつけ直し、目の前で誰かが持ってきた煎餅を喰む明菜を見た。
「…冷泉様も、お食べになりますか?」
「いえ…お気持ちだけで十分です」
明菜の誘いを断り、暫く形のある硬くも柔らかいものが砕ける音を聞いた。
それと同様に静寂が包み、入った一人である玖乃が扉を開けて疲れたように敷かれた座布団へ腰を下ろす。
赤い羽織で隠れた全身に何が隠れているのか分からないものの、鼻に通る汗臭さだけは明確に分かる。
黙って何も言わないまま、更に時間を過ごした。
やがて、雪名が入室し、「汗臭…」と本音が漏れた。
どちらかというと、部屋的には獣臭いの方が合っているような気がするが、それを言ってしまってはろくな結果にはならないだろう。
誰も何も言わない時間が続き、明菜がようやく口を開いた。
「鳥居前はどうでしたか?」
ただ、それだけだった。それに護衛として雇用されたと聞くが、謎に鳥居へ配置されて門番のような玖乃が応じた。
「特にこれといったものはないですね…朔様が早朝に出たぐらいで……ああ、いや、一つだけ変なことがあります」
雪名は何も言わない。代わりにまた明菜が口を開き、質問をする。
「変なこと?八代家の方ですか?」
「いや、そうではなくて…そもそも、あの家は平凡では?あまり変わりの見られない普通の家っぽいですけど」
「……それは、確かに……」
納得した明菜に代わり僕もつい、口を出した。情報の共有も必要だと思った故の行動だった。
「家のことではないなら、どんなことなんですか?」
その問いに玖乃がすぐに答えを言った。どことなく不安な印象だった。
「なんというか…一日に一回、どこかの宗教勧誘がいらっしゃるんです」
「宗教?集落の、元々ある…神宮寺のものではなくてですか?」
「そうですね…ちょっとカルト的なもので白いフードを纏っていました。知りませんか?」
その問いには誰も答えなかった。
誰も神宮寺以外のものに関心を向けないのだから尚更、無理な話だった。
これは一度、朔様や大和様と話をしてみる必要性があるとただ、思っていた。
それが噂の根源である可能性もあるのだから。
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ガヤガヤと賑やかな店内で案内された個室の簾をあげた。
中にお兄さんと少し似た鼻筋の通る端正な顔つきのややクリーム色の結んだ髪を下ろした女性が鎮座している。
「…ごめん、待ったかな」
「大丈夫」
二人席に向かい合う形で座り、改めて瞳をみて話をする。
「今でも、他人は苦手なの?」
「…まぁ…少しは。でも、だいぶ落ち着いてる…兄貴と、あの子のおかげだ」
「そう。それなら、良かった」
兄貴と修さんが仲が良いように、妹と弟もそこそこ交流はあるものだ。
逆に女狐のお付き野郎とはあまり関わったことがない。神宮寺のアレとは異様な雰囲気を纏っていて、昔から関わりたくないと思うのだ。
まぁ、それを言ったら、日村の従者の一人もそうだ。性格だけは明るいくせして、纏う雰囲気は神宮寺の気味の悪さそのものだ。早めにご退去を願いたいところだが、あの呑気な当主がそれをするとは思えない。根っから人をいやに疑うことがないような人物なのだから。
そう考える内に目の前の遥がメニューに目を通しては楽しげに笑いかけた。
「ここ、カクテルもあるみたい。何か頼む?」
「へぇ…そりゃいいね。メニュー見せてよ」
手渡されたメニュー表にカシスソーダやライラ、ジンバック、ジントニック、マティーニ、カンパリソーダ、カルーアミルクなど様々なカクテルが綴られている。
「…ホーセズネックでも頼んでみるよ」
「じゃあ、私はカーディナルにしようかな」
そう他愛のない会話を広げて、届いたものと酒の肴を摘みながら箸を動かす手と共に口を動かした。
「その…来てくれて有り難う。修さんは今、元気?」
「それなりに。田中さんが亡くなって以来、自室で考え事をしているけれど…湊さんも考えてくれているみたいで負担は分散してると思う」
「梶谷さん?…ああ……結構、頼りになる人だよな。変わってるところあるけど」
「うん…この前、大学の時の後輩の方と警察学校の方はどうだって話をしてた。その時の返答が『可もなく不可もなく、良い塩梅の色味』だって…」
「……相変わらず、意味が分からないな…?」
「十綾君もそっちだったから分かるかなって、思ったんだけど…」
「いや、全然。あの人のセンスって独特なんだよ。でも、飛び抜けて上手い。こっちの仕事を手伝ってほしいよ」
「猫の手も借りたいぐらい?」
「いや…上手さに脱帽って感じ……。ダムの話は聞いた?」
「うん。確か、山奥に建てるダムの土地の為に人口が減少している集落にいる居住者の移動だよね」
「ああ。修さんは、なんて?」
「了承はするけれど、まずはこの土地に昔から住んでいるご老人の意見を聞くべきだと……」
「……なるほど。兄貴は特に何も言ってなかったな、ただ…」
「ただ?」
そう詰め寄った遥に生唾を呑み込んで、更に口を開いた。
「…俺が、ここを出たいなら了承する…と」
「……十綾のお兄さんって………結構、弟想いだよね」
「…さぁな」
流れた間がグラスに注がれたものに溶けるように時間が過ぎていった。
兄貴には色々と感謝しているが、時々、一つのことに夢中になって目標を達成するまでそれが続くものだから…それが続いた先を想像するのが怖くなる。
誰かが止めないと呑まれてしまいそうで恐ろしくて堪らないのだ。
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「何?これ…|賽子《さいころ》?」
脳が酒に浸かって、ズキズキと未だに痛む頭を抑えながら包まれていた小包の中身を開けた湊に言葉を返した。
「ああ、今朝になって真広が持ってきたんだ。賽子にしては面の色味も肌色っぽいのにところどころ青いところがあって不気味だろう?」
湊の手に立方体の形状をした一つ一つの面が肌色を基調としていて、青い痣のような模様が浮かび上がり賽の目が刻まれた賽子が置かれている。
「……賽子にしちゃ………」
「変だよな…そういえば、秋人のところの従者の一人の姿が昨日から見えないそうだ」
「へぇ、天罰でも喰らったのかな」
「そう言うなよ。田中のこともある……近々、葉狐さんでも借りて少し夜明け程に出てみるつもりだが……」
「二人だけで行くの?」
「いや………駄目なのか?」
「…亡忌さんと戌亥さんも連れていったら?」
「……確かに、そうだな…人手は多い方がいい。湊はどうする?」
「僕?…僕は別にどっちでもいいけど……まぁ、行こうかな…修に突っ走られても困るし」
「…悪かったよ。じゃあ、また午後に」
「うん」
軽い会話を広げて席を立った湊を送る直前に、賽子をそのまま手渡したことに気づいた。
本人も何も言わない辺り、何かがお気に召したのだろう。今はただ、この後の調べに備えた方がいい。
気がつけば、頭の中で考えるよりも先に足が固定電話のある廊下へ動きを見せていた。
**あとがき**
様子のおかしい昼ドラかな?
朔さんと聞くと、酢酸カーミンが頭に思い浮かびます。
Q:描かれない視点は?
無い
“そのいつかで、空回った空気も読む日が来るだろう。”
???…いや…シンプルに愛知雪名さん視点だったんで……???
この一文が意味不明過ぎて……詩的だなぁ()
後、区切りの場面転換は視点変更です。
手袋有りで能力発動 → 手袋の意味
手袋無しで能力発動 → 手袋が防護的な…
伊鯉さんの参加者呼び:不明(大抵様っぽいから様でええやろ)
しかし、ここまで書いて戦闘描写がないって不思議だね。
気味の悪い雰囲気と心理と境遇の描写しかない。
空白が多いと見づらいね。