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【少年少女、前を向け!】 参加 (ヘッドフォンアクター)
【曲パロしたもの】ヘッドフォンアクター
※OC:智海(ともみ)
人称:僕
性別:中性
年齢:中2
曲パロ初めてなので失礼あったらすみません。
カゲプロの解釈まるっと無視してのオリキャラの曲パロです。
夏休み、畳の部屋で。
僕はもう一時間は前に鞄から形だけ出したものの、手つかずの参考書を丸テーブルの端に捉えた。僕はといえばゲーム中。レトロなRPGだ。オートセーブもついてない。なにせ昔のゲーム機だから。
ぐだりと背中を預けて、座布団に頭を置き、天井を見る。
それから勢いをつけて体を起こして胡坐を組んだ。
丸テーブルの上には、古びたラジオ。これも年代物なんだよね。
ここはお祖父ちゃんの家なんだ。
今夜は僕が一人でお留守番。夏休みになってすぐに、僕はこの街に預けられた。
ジジジ、ジジジと|雑音《ノイズ》が、ラジオから響いてくる。
本当に平凡すぎる、なにもないのが特徴で、きっと夏休みが終わったら今日なんて日があったことなんて忘れてしまうんだろうなって、僕は考えながら頬杖をついてラジオを見た。
ジジジ、ジジジ――『非常に残念なことですが、』
ん? なんだろう。『緊急放送です、』みたいな声がしたと思ったら、同時通訳としてそんな声が聞こえてきた。僕はこの時はまだ、ダラダラ暇つぶしにラジオを聞いているだけだった。そう、続く話が流れ出すまでは。
『繰り返します。非常に残念なことですが、本日地球は、ええ……終わります……ッ』
通訳の人が息を呑んでいる気配、ラジオの向こうから流れ出る大統領の放つ異国語は涙声。僕は何が起きているのか分からず、ただ瞠目する。
『地球はもう終わりなのです。《隕石》が迫っています。空から来る。逃げ場なんてどこにもない。それでも、神は……っ、そんなもの、いるのなら、いるのならッ』
怒りながら泣く大統領の声には、微塵も演技のような色は見えなかった。
「……」
僕は、立ち上がった。そして丸テーブルを見下ろす。どんどん自分の顔が強ばっていくのが分かる。そう、か。《隕石》が――……結局の所、世界の終焉なんていうのは、こういう平凡な日に、なんてこともなく訪れるのかもしれない。
和室の窓の向こうを、大きな黒い鴉達がバサバサと飛んでいった。
僕はそばにあった横がけの鞄をかけて、エントランスへと向かった。
そしてスニーカーを履く。外へと出ればもう、逢魔ヶ刻で、先ほど窓から見えた鴉達が一斉に、何処かを目指すように大群で飛んでいく。それは、空に白く嗤う三日月を覆い隠す勢いだ。
「動物は安全な土地が、本能的に分かるのかも知れない」
僕は走り出す。
丸テーブルの上に、参考書とゲーム機を置いてきたことを漠然と思いだした。ああ、セーブしていない。
尤もこの地球上に、僕という人間はセーブされていないんだから、どのみち消える。セーブするとしたって大学病院に献体でもするんじゃなければ、せいぜいが墓標に名前を刻む程度だろうけれど。遺伝子? ああ、僕がいつか親になっていたなら、それもあったかもね。でも、僕にはもう、そんな未来はない。だって、《隕石》、が。
気づくと下ろした手の指先が小刻みに震えていた。それを自覚した途端、ガクガクと全身に怖気が走り、歯が鳴る。それを押し殺そうと、僕は鞄から探り出して、ヘッドフォンを身につけた。
それから時計を見れば、『不明なアーティスト』と表示されていた。
――『タイトル不明』。
こんな曲、あったっけ? 僕は必死で笑おうとしていた。唇の両端を持ち上げる。だけど両目からは今にも涙が落ちそうだった。その時、曲にのり、歌詞が僕の脳髄まで染みこんできた。
『生き残りたいでしょう?』
そんなの当然だ。叫び出したくなる。苦しくなる。悔しくなる。
ああ、そうだ。立ちすくんでいる場合では無い。僕、は。
「逃げないと」
そう呟き、僕は地を蹴り走り出す。
僕同様逃げ惑う群衆は、まるで蠢くように頭を揺らし、列を作っている。
これが地球規模で、なされている行動、世界、会場、そんな場所での出来ること。
人並みと足音、雑踏で、不夜城や摩天楼でさえ、揺れるかのような地獄。
『生き残りたいでしょう?』
また曲にのった声が、僕の三半規管を廻る。僕は、気づくと今度こそ泣きそうな顔で笑っていた。唇が震えてしまう。
紛れもなく、この声は――どこからどう聞いても、聞き飽きた自分の声じゃないか。自分の声はすぐには認識できないとは言うけれど、よく聞けば分かる。
僕は走る。とにかく走る。曲が僕の背を押し、僕を急かす。
だけど、どうして? どうして僕の声が、流れだしてくるんだろう?
『20秒、経過したらすぐに分かるよ』
僕の声がする。
『あの丘だよ』
――あの丘になにがあるんだよ?
僕は丘を目指し、駆け上がる。
『丘を越えたら、その意味を嫌でも知ることになるよ』
――しかしいまだ、近くに見えたはずなのに、丘と僕の間には余白がある。
交差点。
明滅する赤信号に、僕は横断歩道の上で目を眇めた。
交通ルールなんて、誰一人守っていない。それは、老若男女が皆同様に。
「さっさと渡れ!」
「うるせぇ! こっちには子供がいるんだよ!」
怒号が響く。それを赤子を抱いた母親が不安そうに見ていて、彼女の腕の中からは乳児の泣き声がした。
オギャアオギャアオギャアオギャアオギャアオギャアオギャア。
「売れよ! パンを!」
今度は殴り飛ばす音がした。
僕が顔を向ければ、野球のバッドを持った女性が、パン屋の窓をたたき割っていた。
それを見て、怯えた様子で塾帰りだったらしき少女が泣いている。
「神よ……どうか、皆の心に平穏を。死は平等なのですから」
胸元の十字架を握り、教会の庭で神父さんが呟いている。
僕はそんな余白の中にいる人々が見ている、僕がここまで走ってきた方向とは逆を目指す。僕はただ一人、逆方向を目指している。だってそこに、あの丘の向こうに、僕は行かなければならないのだから。
『生き残りたいでしょう?』
ヘッドフォンからは、依然僕の声が響いていく。
『あと12分だよ』
僕はこの時になって、ツキンとこめかみに頭痛を覚えた。
――12分?
――20秒が経過した時、あの丘を駆け上がらなかったっけ?
いいやでも余白があったんだから……そうだ、そうだよ、ヘッドフォンが指示してくれるんだ、それが正しい、僕はヘッドフォンが語る言葉に従えば、それでいい。
――丘が、なくなってしまったならば。
「このまま全て消え去ってしまうなら……もう術は無いよね。《隕石》から、逃れる術は」
僕が呟いた時、僕の背後から、余白の中の人々達が悲鳴を上げた。その悲愴な合唱のもたらすざわめきに、僕は胸を締め付けられて涙を浮かべる。
「きっと神が助けてくれます!」
背後からそう聞こえた。
僕だってそう信じたい。地球が終わるだなんて疑いたい。
誰がどうやっても、この考えは終わらないんだと思う。
人類は、滅ばないという誤った信念だ。
『駆け抜けて!』
ヘッドフォンから響く声に、僕はハッとする。
『もう残り1分』
その言葉。僕にはもう聞こえない位に、胸の鼓動が煩く、耳鳴りがしていた。息苦しさを覚える。ただ――目指していた丘の向こうは、もうすぐ目の前にある。
こうして僕は、息も絶え絶えたどり着いた。
「っ、あ……」
そこには、一面の湖があった。あった、はずだった。いつも、空と同じ色をしていて、救えない三日月が、今日だったら浮かんでいるはずの湖だ。けれど。今日、そこには、硝子の壁があった。湖の表面、あるいは水面の下から、見上げても先が見えない、あるいは宇宙にまで伸びている――透明。それは、硝子だと僕は思ったけれど、他に僕の認識では表現できなかっただけで、別の物体だったのかも知れない。その硝子の壁の向こう、湖があったはずの床の上には機材があり、白衣の科学者達が硝子越しに僕を見ていた。その中に、白衣を纏ったお祖父ちゃんの顔が合った。お祖父ちゃんは拍手を重ねる。
『素晴らしい』
パチ。
パチパチ。
パチパチパチ――
『よくここまでたどり着いた。皆が逆方向に逃げる中、死を恐れず残るように、《隕石》に怯えず、この【楽園研究室】によくたどり着いたものだよ』
パチ。
パチパチ。
パチパチパチ――パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ――∞。
拍手の唱和。
なんだよこれは?
その時、僕は目を剥いた。硝子の突き当たりの空は低い。振り返れば、あれほど遠く感じたはずの丘と僕の家の余白は、見通せる程度の距離だった。12分もかからないだろう、横断歩道で停まったとしても。そしてその余白の中に、ミニチュアの世界が並んでいた。僕は引き返して、手を伸ばせば摩天楼にも、世界中のピラミッドやエッフェル塔みたいな会場にも触れることができる。ああ、そうだよ。そうだ。おかしいじゃないか。
疑うよ。疑わないはずがない。
唇を噛んだ僕が、丘から見る街の風景は、端的に言って生み出された、まるで実験施設の様で。それは、『世界』ではなく『地球』であり、地球そのものなのか、地球を模倣した存在なのかも怪しかった。そうか、だから――《隕石》までもが偽物か。
「もう不必要だ」
硝子の板の向こうの科学者の一人が、一角に穴をあけた。
そして、ぽいっと。
丸いものを投げた。
片手間に爆弾を投げた。
ああ、僕の世界が朽ちていく。赤々と、赤々と、燃えていく、燃え尽きる。
小さかったから、燃えるのも、終焉も一瞬だ。《隕石》よりよほど生々しく残酷だ。
箱の中の小さな世界で、僕は今までずっと生きてきたんだなぁ、と。
そう考えながら、ギュッと僕は目を閉じた。それから双眸を開けて、僕は街だったモノ――街だと思っていたマガイモノが残骸になっていく様を見ていた。呆然と、ただ見ていた。
すると。
ヘッドフォンの向こうから声がした。
『ごめんね』
ああ、それは――誰がなんのために放った謝罪の音だったのか。
あるいはそれはもしかしたら、頭痛をした時に、本当は全て知っていたことをあえて思い出そうとしなかった僕自身の声だったのかも知れない。そう、残り……∞分。いいや、あれは、本当のお祖父ちゃんの孫の――……つまり僕は――……僕もまたマガイモノの――……ああ、それは――いいや誰がなんのために……、フ、『ごめんね』
夏休みは、そこで終わった。
―― END ――