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遠い記憶の成れの果て
―むかーしむかしの、とある城に閉じ込められていたお姫様のお話。
「…」
自分の身体が冷たくなっていくのを感じる。
どれだけ血を流したのだろうか。
床に広がる血の量はどれほどのものだろうか。
…自分はもう、助からない。
やっと、死ねる。
私を産んで、お母様は死んだ。
私が産まれなければ良かったと物心のつく前から今までずっと言われなきゃいけないほど、素晴らしい人だったと聞いた。
美しい金髪に、宝石のような深い海色の瞳。
溢れる気品は、人を惹きつけてやまなくて。
記憶にこびりついて離れないのに、今にも消えてしまいそうで、儚い。
そんな、素敵な令嬢として、生きていたそうだ。
そんな彼女と、この国の皇帝の子供として産まれた私は、数百年に一度産まれる、"皇族の忌み子"とぴったり重なる外見だった。
真っ赤な鮮血のような瞳に、白い、何度も老婆のようだと罵られた髪。
お母様譲りらしい愛らしい顔面もその髪と瞳のせいで狂気的に映る。
一度も見た事はないけれど、お父様は白髪らしい。
私とは違って、老婆と罵られず、そのままの姿で公の場に出られる。
いいなぁ、ずるいなぁと、思った。
―なんで、会ったこともない人の子供だからって、忌み子と同じだからって、こんなになるまで叩かれなきゃいけなかったの?
別に、白髪に赤い眼って、確かに珍しいけど、全く見ない外見じゃないんでしょ、?
なら、なんで皇族の白髪赤眼は殴られて、叩かれて、罵られて、蹴られなきゃなの、?
お母様だって、私が自分で首を掻っ切ったりとか、腹を何度も刺したわけじゃないのに…。
殺したくて、殺した訳じゃないのに!!!
私が産まれたせいで、お母様が死んだのは知ってる。
でもさ、作ろうとしたのはあんた達でしょ、?
産もうって、決断したのはあんた達でしょ!?
なんで、?
なんで白髪なの?なんで赤い眼に生まれちゃったの?
なんで私、皇族に生まれちゃったの?
なんで、お母様は死んだの?
私が産まれて、城に入れたのは、赤子の時だけだ。
いつでも、お母様と親しくしていた者達に、殺されそうになったらしい。
お母様は、「私がもし人に殺されたら、仇を打ってくださる?」という質問で、人を見極めていたらしい。
そのせいで、お母様の願いは「私が殺されたら、仇を打つこと」になった。
だから、何度も、殺されそうになった。
誘拐されて、小さな身体に沢山の傷をつけられた。
お母様を慕っていた者たちに、何度も痣になるまで殴られた。
泣き声が煩い、喚くなと、首を絞められた。
この身体に刻まれた傷跡が、その証拠。
首にも、何度も締められた跡がくっきり残っている。
私がまだ死んでないのは、お父様、皇帝が、公の場で宣言したからだ。
「私の愛する者を殺したあいつを許せない。許されるものではない。だから、その分、私達の悲しみがどれだけ深いものかを、じっくり体験させてやろう。ゆっくり、時間をうーんとかけて。弱い毒で苦しませたり、死なない程度に殴ったり、な。殺してしまってはならないぞ。悲しみは一瞬しかなかった訳ではないだろう。」
私を一番殴ってきた侍女に誇らしげに言われた。
お父様は勿論嫌い。
この、お父様達が住んでいる城からうーんと離れた塔にくる、侍女達も全員嫌い。
私と違って、うーんと愛されているらしい、養子の妹も、出来のいいらしい兄も嫌い。
お母様は…、世界でいちばん嫌い。大嫌い。
だって、お母様が生きてくれてたら、わたしがこんな見た目でも、普通に生きれたかもしれないんだもん。
あ、目の前が、ぼんやりしてきた。
「〜!!!!〜?〜!!」
なにか、いってる。
かみが、ひっぱれてる。
いたい、いたいなぁ。
おかあさま、なんでいないの?
おとうさま、なんでわたしとあってくれないの?
なんで、しあわせにいきさせてくれなかったの?
かみさま、かみさま。
わたし、もうつらいなぁ。
かみのけをひっぱられると、あたまがそのままとれてしまうんじゃないかってくらい、いたいの。
おなかのちょっとうえのほうをなぐられると、すごくいたいの。
じじょがめのまえでわったがらすびんのはへんがささって、うごくといたいの。
なんとかみずをのむと、くるしいの。
にがくて、なんどもはいて、それでもきもちよくならなくて。
いつのまにかきたじじょに、きたないって。
せなかをなんどもたたかれるの。
うすよごれた、ところどころわれたかがみにうつるわたしは、かみはぼさぼさで、かおはぼこぼこにはれて。
すごく、かなしくなるの。
かべのうえのほうにあるてつごうしからね、したのほうをのぞいてみるとね、かわいいこがいるの。
わたしとおなじくらいにみえるけど、さらさらのかみで、かおも、どこもはれてないの。
さいごは、おひさまにあたってしにたい。
きょうははれてる。
そとにでたいの。
だして。
だして。
だしてよ!!!!
だして!!!!
そとにだして!!!!
てつごうしが、はずれた。
ゆびがへんなほうこうにまがってていたい。
けど、きになんないくらい、おそとはきれい。
―もっと、もっとちかくでみたい。
ちかくで――
ねぇ、知っている?この国のうーんと昔の、忌み子のお姫様の話!
知ってるに決まってるじゃない!有名な御伽噺でしょ?
確か、塔に閉じ込められたお姫様が、侍女とか、令嬢とかに虐められて、その末にその塔の鉄格子を手がひしゃげるまで叩いて何とか外して、そのまま外に飛び降りる…みたいな話だったわよね?
その話、実話らしいわよ?
え、はぁ!?この話って、とんでもなく可哀想なお話として有名じゃない!?実話なの!?
そのお話に出てくるお姫様が閉じ込められていた塔、立ち入り禁止になってる森の最深部で見つかったらしいわよ?
中は血がどこもかしこもこびりついていて、ガラス瓶の破片?みたいなものが床に飛び散っていて、白骨化した人間?の骨が塔に入る鉄の扉の前に転がっていたらしいわ。
成人女性くらいの大きさだったらしいから、多分物語の侍女の骨なんじゃない?
えええ…、じゃあ、お姫様も…
いーや、お姫様の骨は見つかってないわ。
え?
森の最深部って言ったでしょう?
たまたま見つけたらしくてね。国の調査隊が。
ただ、付近には獣が彷徨いているらしくて、塔の中にしか入れなかったそうよ…
ひぇぇぇ。…あれ、題名とかあったわよね。
なんだったかしら?
あぁ、それは…
**遠い記憶の成れの果て**