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灯-後日譚-〜陽菜のその後〜
おまけみたいなものです!
後日譚:陽菜のその後
■十年後の春
桜が咲く並木道を、陽菜は静かに歩いていた。
35歳になった彼女は、今も「灯プロジェクト」の代表を務めている。
かつての児童施設「みずいろの家」だけでなく、複数の地域と連携した「物語を描く教室」は全国へと広がっていた。
主催する物語フェスティバルには、かつて蓮のように支援を受けた若者たちがスタッフとして参加していた。
彼らの多くは、陽菜の手を離れ、それぞれの人生を歩んでいた。
■出版された“あの本”
陽菜が30歳のときに出版したエッセイ集『あなたが残してくれた火』は、小さな火のように読者の心を灯していった。
「人は、誰かの死をきっかけに、自分の“生き方”を選び直すことがある」
というメッセージに、多くの共感の声が寄せられた。
反響を受けて、数年後には映像化の話も持ち上がったが、陽菜はそっと断った。
「これは、私の私だけの物語だから。」
ただ、全国の教育現場や福祉施設で副読本として読まれるようになり、いつの間にか**“灯を渡す人”という言葉**が、小さな文化のように広がっていった。
■人とのつながり
悠とは、今でも変わらぬ距離感を保ったまま仕事を続けている。
ふたりは恋愛感情を越えて、人生の一部を共有する“同士”のような存在だった。
「家族にはならなかったけど、戦友にはなったね」と笑いながら話す関係だ。
一方で陽菜は、ある時期から、里親としての選択を考えるようになった。
血縁ではない子と人生を共有するという決断。
それは、彰人との日々、蓮との時間を経て、自然に湧き上がった想いだった。
数年の準備を経て、陽菜は10歳の少女・麻央(まお)を迎える。
無表情だった麻央が、初めて絵筆を手にした日、陽菜は思った。
——また、火が灯った、と。
■陽菜自身の「灯」
年月が経つにつれ、陽菜の表情は柔らかくなっていた。
かつては誰かの“死”に囚われていた彼女は、今では“生きている人たち”に目を向けている。
時に失敗し、迷いながらも、
「誰かの中の物語を信じる」という仕事に、自分のすべてを注いでいた。
そして夜。
麻央が眠ったあと、机の前に座った陽菜は、今もときどき新しい物語を書いている。
題名はまだない。
登場人物も決まっていない。
でも、ページの最初にはこう記されていた。
“これは、誰かの灯を受け取った一人の女が、
今、誰かに火を渡すまでの話。”
■そして、未来へ
「火は消えるものじゃない。
引き継がれるものだ。」
彰人がかつて口にした言葉が、陽菜の中ではもう信念になっていた。
彼の死は“終わり”ではなく、
陽菜の人生を“始め直す”ための扉だったのだと、今なら言える。
そして今日もまた、
彼女は誰かの心にそっと語りかける。
「——描いてごらん。あなたの物語を。」
◇ 完 ◇