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トラックに轢かれた俺は生きている
投稿!!!!!
サボってて!!!!!
…すんませんっしたあああああ!!!!!
「トキワぁ!おめぇ意外といけるクチじゃねーか!」
「まぁな、昔っから酒には強かったんだよ」
月が輝く夜の話である。
仕事を終えた俺は同期と共に居酒屋でグビグビと酒を飲み干していた。
同期は俺が酒を飲めると思っていなかったらしいが、よく言われることだ。女か男かわからないなよっこい見た目にでかくて厚いメガネ。
オレンジジュースを隅でちびちび飲んでそうなやつとしか言いようがない。俺だってそう思う。
「ぐっはぁ、あちぃ…」
「そういう気候だからなぁ。だからこそ冷えたビールが最高に美味いんだろうが」
「そうだけどよぉ、あちぃもんはあちぃじゃねーか!」
「俺にどうしろと…」
狼狽する俺に、同期はさらにたたみかける。
「そうだ!トキワ、なんか不思議な話してくれよ!」
「は、はぁ?」
「納涼といえばのお決まりだろ?いっちょ、この世のものとは思えないような話、聞かせてくれよ!」
「…この世のものとは思えない話、か」
そういえば、全く怖くはないだろうが、一つ不思議な話を知っている。まさに、この世のものとは思えないような、そんな話だ。
「…ふん、いいぜ。ちびるなよ?」
「あー、それなら一旦便所行ってくるわ」
「そこは嘘でもイキって欲しかった…」
---
あれはほんの一ヶ月前だったかな。俺は会社から家に帰ろうと家路を急いでいた。前々から目をつけていたゲームのイベントがその日、最終日だった。俺らのチームはかなりいいところまで来ていて、この最終日が踏ん張りどころだったんだ。
雑念まみれの頭で急いでいると、突然パッと目の前が赤く光った。ちらりと前を向いたら、赤信号が我が物顔で光っていた。道路に飛び出す寸前だったんだ。危なかったな、人生終了寸前だったぜ。
俺は自殺志願者ではないので、ちゃんと足を止める。ほっと息をついた。
その俺の横を、当たり前のように小さな子供が走って行った。その先はもちろん、横断歩道。信号はバッチリ赤。
ブオロロ、と音がする。見る必要すらなかった。馬鹿でかい鉄のかたまり、トラックだ。しかもかなりでかいやつ。
…はは、典型的なピンチってやつだよな。横断歩道に飛び出た子供に、スピード出して走ってくるトラック。俺はああいうの助けるやつって馬鹿だと思ってたんだ。|英雄《ヒーロー》気取りかよ、って。
でも、その場では頭では考えられないもんなんだな。俺は走り出した。走り出してしまった。
子供を突き飛ばして、俺も逃げようとしたけど間に合わなかった。トラックって馬鹿でかいのに速いんだよ。
よくある展開だった。目の前にトラックが迫ってくる。
あ。
俺、死ぬわ。
…って思ったんだけどさ。
俺は死ななかったんだ。
世界が灰色になって、全部が動きを止めて。世界にたった1人俺だけになったみたいだった。
…時間停止?ああ、お前そーゆーの詳しかったよな。うん、そんな感じ。マジで時間止まってた。
まあ、案の定だが俺は焦った。ナニコレって。
そしたらさ?
「あ、あの」
キョロキョロ見回してた俺の後ろから声が聞こえた。可愛い女の子が頭の中に浮かぶような声だった。俺は、これあれか、ハーレムイベントかって現実逃避気味に振り返る。
ほんとに美少女だった。
「嘘やん」
俺は何気なく呟く。人間の脳ってショートすると語彙力無くなるってことを痛感したね。
…いや、俺の語彙力がないわけではないし?別に俺の元々のステータスの問題ではないし?うるさいぞ?
まあまあ、それについてはあとで話すとして。
女の子は俺が振り向いたら、やっと気づいた、ってほっとしてた。ごめんて。
で、結論から言おう。
女の子は女神様でした。俺が死ぬはずじゃない時に死んじゃったもんで生き返らせに来たらしい。そりゃ時も止められるわな。女神だし。
まあ、生き返らせてくれるならありがたい。仕事だって頑張ってたし、ゲームイベントも参加しなきゃ。俺に断る選択肢はなかった。
お願いしますっつった俺に、女神様は言った。
「それでは、貴方が道路に飛び込む前に時を戻します。今度は、死なないでくださいね?」
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「マジもんの不思議な話キタ」
「ずっとマジだよ俺は」
一気に話した俺はビールで喉を潤す。ホップの苦味が心地よく喉を滑り落ちる感覚に、ほう、と息を吐いた。
「え、それでお前はただ生き返ったのか?女神様なんて滅多に会えるもんじゃねぇんだから、彼氏いるか聞けよ」
「女神様への不敬ぱねぇな。そもそも、俺まだ話終わってねぇよ」
「は」
「ああ、この話にはまだ続きがあるんだ…」
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「時間を戻す?生き返るって、そゆこと?」
生き返らせようとする女神を遮り、俺は聞き返した。
「え、ええ。いくら女神でも死んだものは生き返らせることはできないので。生き返る前に戻して死を回避させる、という方法を取らせていただきます」
それがどうかしましたか?と聞き返す女神を放置して俺は考える。
なるほど、合理的だ。俺を生き返らせるのではなく、俺が死んだという事実を消すという、時間停止の応用。神ならではの発想だ。
…ただ、な。
「女神様。俺が生き返ったら…その子は、死にますか?」
俺はそっと、俺に突き飛ばされて地面に倒れ込んでいる子供を指差した。
女神は、ゆっくりと首を縦に振った。
なら、俺のすることは決まっている。
俺は、生き返りを断ることにした。
俺は、長い間仕事を頑張ってキャリアを積んだ。
俺は、ゲームでかなりの地位にいた。
俺は、まだ手放したくはないものがあった。
…だけど、この子の命と変えられるようなものは、何一つなかった。
俺の答えに目を剥いた女神は、世界の|理《ことわり》が、|輪廻《りんね》の輪が、とむうむう唸っていたが、やがてため息をついて俺を見た。
女神は可愛く言った。
めんどくさい!異世界にぶっ飛ばしてしまえーっ!と。
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「…は?」
「びっくりするよな、唐突なキャラ変って心臓に悪い」
「そうじゃねぇだろ」
同僚は目をまん丸に見開きながら言った。
「《《じゃあ、トキワは別の世界から来たのか?》》」
「まあな」
俺は、目の前の同僚ーーー赤髪に金眼、額に見事なツノが生えた|鬼族《オーガ》に頷いた。
犬耳が生えた店員さんが、お待たせしました〜、と追加で頼んだビールを運んでくる。
店員さんの肩越しから見える店の出口からは、馬車ならぬ竜車がガラガラと道を通るのが見えた。
今俺がいる世界は、元の世界とは似ても似つかぬ、剣と魔法のファンタジー世界だった。
ギルドが会社のように存在し、国王も宰相も傲慢に振る舞い、冒険者が日銭を稼ぐために、蔓延る魔物をめったぎりにしている、そんな世界。
俺は、その世界の小さな町のギルドの前で倒れ込んでいるのが発見され、なんやかんやあってそこで働くことになった。
最初はどこの出自ともわからぬ俺に辛く当たる奴もいたが、俺が自分の能力を発揮し始めると揃って口をつぐんだ。
この世界は識字率が低く、計算ができるものは重宝される。長年の職場経験で培った情報処理能力を持つ俺ははギルドの職員たちには喉から出るほど欲しい人材だったのだ。
転生者にはお決まり装備らしい「翻訳機能」でコミュニケーションにも事欠かない。俺は、ちゃんと自分の居場所を見つけることができたのだ。
「へぇ…世の中には不思議な話があるんだな」
「俺の話を信じるのか?」
「まあ、信じられないような話だな」
だが、と同僚は続ける。
「酒の美味さがわかるやつに悪い奴はいない!だから俺は信じる!」
…まったく、こいつには敵わないな。
おら、じゃんじゃん飲めー、とビールのジョッキをぐりぐり押し付けてくる同僚に苦笑いする。
ライトノベルの主人公はおろか、モブにすらなれない転生者の男。
それをーーーこの世界で月と呼ばれる、夜空に浮かぶ赤い水晶体は静かに見下ろしていた。
※筆者はビールが飲めません。悪人です。
ちなみに伏線は張りまくってます。一番の力作は「この世のものとは思えない話」。最初の構想では怖い話だったんですが、文字通り「この世界のものではない話」というのもいいなと思って変えました。
俺が数えたら、上のを抜いて六つあります。全部見つけたやつは…褒めます。
解説欲しかったらその旨をファンレターでお送りください。作ります\\\\٩( 'ω' )و ////