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キミの名前を描きたい。2
君のこと
―「俺は小鳥遊さんのことなんて呼んだらいい?」
心臓の鼓動がはっきりと耳に伝わる。
對馬君いや、そういえば一颯君って呼んでって言われたか。
私、小鳥遊穂稀は大好きな人と絶賛おしゃべり中だ。こんなに話せると思ってなかったのに、親友の小羽玖が私のためにいろいろしてくれて一颯君と話せている。
小羽玖ってすごい。
小羽玖は一颯君と同小なんだって。といっても、小羽玖には恋心がないからあんまり私の気持ちを分かってくれないんだよね。
男子を一度も好きになったことがないなんて、私には想像できない。私には好きな人がいない時間が一瞬もないから。ぱっと見てすぐにその人を好きになっちゃう人だから、3股とか普通にしてたかな。
でも、今は私の前にいる對馬一颯君のことが大好きだ。
待って、なんかさっき問いかけてたよね私に。そうだ、名前のことだ。
やっぱりここは呼び捨てがいいな、なんて。
「えー、普通に穂稀とか…。」
究極にはずかった。
でも、小羽玖情報ではグイグイいかないと駄目なタイプらしい。らしいんだけど、一颯君も結構グイグイ派だからどうすればいいか分かんない。制服のスカートをぎゅっと手で握りしめている。
引かれて…ないかな?
「おっけ」
上の方から一颯君の声が聞こえた。ハッと顔をあげる。一颯君はニコニコしながら
「穂稀よろしく。いい名前だね。」
って。いい名前だねって、一颯君が。あぁ、ヤバいんだけど、いちいち発する言葉がかっこよすぎるのやめてくれませんか!
一颯君と見つめ合ってるとその顔がよりかっこよく見えてすぐに目をそらしてしまう。
―ガタッ。後ろから、椅子が床を引きずる音がした。
え、小羽玖?
小羽玖無しは無理だって。二人きりはちょっと気まずいかもだから。
「あ、あれ、小羽玖どこいくの?」
慌てて私がそういうと、
「ちょっとレポート提出すんのと、トイレ行ってくる。」
小羽玖と目が合う。
小羽玖のその目が私に頑張れ、と言っているように見えたから私も頑張るよ、という気持ちを込めて笑った。
そしたら、小羽玖も笑ってくれた。
さて、頑張るか!
一颯君ともっと仲良くなれるように。
気がつけば小羽玖は教室から出て行っていた。
教室には私と一颯君、それから陰キャの人が2人くらいいる。陰キャの人たちに聞かれてもあんまり広められないから大丈夫だよね。
「あのさ、」
一颯君は教室の啓示を眺めていた。
私がそうつぶやくと一颯君がこっちに目を向けた。
「小羽玖と同小なんだよね?」
「うん」
すぐに答えてくれた。やっぱり優しすぎ。
「あの」
「ねぇ」
話すタイミングが重なる。
「あ、ごめん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
聞きたいこと?なんだろう好きな食べ物とかそういう系?
「うん、なに?」
一颯君の顔から笑みが少し消えた気がした。
もっと大げさに言うと一颯君は少し緊張しているようにも見えた。
一颯君が息を吸う音が聞こえた。そして、私をまっすぐ見つめながら
「あのさ、」
と口を開いた。心臓の鼓動が早くなる。
え、なに。何を聞こうとしてるの?
「今日の放課後」
ほ、放課後?
「空いてる?」
「へ⁉」
私の口からぽろっと零れ落ちたその言葉は自分の声か分からないくらい変な声をしていた。
放課後空いてるって聞いてくるのは彼氏とかでしょ普通。
「あ、その」
思いもよらなかった質問にうまく返答ができない。
「あ、ごめんね、急にこんなこと聞いちゃって」
「あ、別に大丈夫…。」
大丈夫なんだけどどうしてそんなことを聞いてくるのかが不明でなんて答えたらいいのかよくわからない。
私が何も言えずにうずうずしていると
「いや、君と話してるのが楽しいから、放課後一緒に遊べないかな、なんて…。」
え⁉なにそれ、どゆこと⁉
「あ、あの」
「ごめん、急だったから全然断っても」
「断るわけないよ!あ、今日の放課後空いてるよ」
一颯君が私に気を使う必要はないし、断ったら私的に人間失格だからつい大きな声で断るわけない、って言っちゃった…。
「あ、そうなんだ、じゃ、あそぼ」
一颯君が口にしたあそぼという単語がやけに子供っぽく聞こえて可愛いな、って思ってしまった。
「じゃ、どこ行く?」
「え、ほかの子も一緒じゃないの?」
一颯君がいきなり私に今日どこ行くかの話を始めたから、4人くらいで行くのかな、と勝手に思っていた私にとってそれは思いもよらなことだった。
「え、2人で行くんじゃないの?」
え、今何て言った?2人だったらデートみたいじゃん。ていうか、デートじゃん。え、デート⁉
「え、いや、ちょ、無理だよ!」
頭の中にデートという単語が出てきたとたん私は叫んでいた。一颯君は目を丸くしていた。
「ダメ?」
もう、なんでそんな子供っぽく接してくるの?可愛すぎて死ぬからやめてほしいんですけど。
「あ、別に」
「よかった」
一颯君はにかっと笑った。可愛い。結局そのあとは2人で話し合い、最近オープンしたお店と図書館に行くことになった。
あー、楽しみだな、一颯君との初デート的なやつ。
「服はどうする?」
女の子の重要ポイント、服装について聞いた。
そういえば、一颯君の私服姿見てみたいかも。なんて。
「うーん、制服でもいいけど私服にしよっか」
「え、あ、うん」
一颯君の口から自然に放たれた私服という言葉が聞きなれなくて、なんだか特別な感じがした。
「穂稀の私服姿楽しみだな」
ふっと一颯君の口からそんな言葉が漏れた。
なに、言ってるの?
それは、まるで彼氏が言う言葉みたいじゃんか。
何も言えない私と一颯君の目が合う。
なんだろう、なんかいつもの一颯君と違うな。
ふっと小さく笑って再び下を向いた一颯君が一瞬満面の笑みに見えたのは、気のせいだったのだろうか。
―バン!
教室のドアが勢い良く開く音がした。
私と一颯君は同時にドアの方を向いた。
一颯君が
「あ、やべ」
と呟く。
「おは!一颯!ってなんでお前小鳥遊といんの?」
げ、私の体の中の声も叫ぶ。
一颯君は私の方を向き口パクでごめん、と言った後、その人に向かって言った。
「別に、特に意味はなく」
「は?お前、小鳥遊に気でもあんのか?」
ちょ、余計なこと言わないでよ。
でも、一颯君は嫌な顔一つせずに
「ちょ、何言ってるか分かんないんだけど」
と。
私の中は安心している気持と、少し悲しい気持ちになっている自分がいた。
「はぁ?」
その人物、海勢頭瞬月《うみせどしづき》君はどこか納得しない様子で自分の席に荷物をドン、と置いた。
その音からして鞄はものすごく重いようだ。
私の鞄は全然重くなかったのに、なにが、入っているんだろう。
もしかして、と心の中で不安が芽生え始める。
―忘れ物、したかな。
「一颯はちゃんと持ってきたよな?」
海勢頭くんのその言葉はまるで今の私の不安に答えるようで、私は聞き耳を立てていた。
「なにを」
一颯君が普通に答える。なんだろう、今日の時間割が書いてあるホワイトボードを見る、1時間目から―。
「絵の具」
「あ」
私がそのものの正体に気づき思わず声を出したタイミングと、海勢頭君がそのものの名前について声を出したタイミングが同時だった。
海勢頭君がいやらしい顔をする。
「なに?小鳥遊忘れたの?お前なら忘れそうって期待してたんだけどマジで当たったw」
海勢頭君はこのクラスで唯一苦手な男子だ。
なんでそんな意地悪な言い方するの、そう口に出して暗い気持ちを吐き出したいけどその言葉はのどの辺りで止まった。ここで海勢頭君に反論してしまうと大変なことになる。余計にヤバいことになる。
叫びたい気持ちを必死に抑えながら
「忘れちゃった…あはは」
と簡単に流しておいた。
でも今日の美術の時間で絵の具を忘れたら先生に殺されちゃう…。
正直言ってヤバい。一颯君の目の前で説教されるなんて嫌だな。いっつも忘れ物して先生に怒られてる海勢頭君だって持ってきているのに私は忘れている。なぜだ。
「おっつw残念、小鳥遊」
ウザい、マジでムカつく。
そんなきつい言葉が、心の中で私の本音がポンポンとポップコーンのようにはじける。
でも、一颯君がいるからちゃんとしないと、嫌われないように。
「小鳥遊は終わったなw先生に説教されるwおもろすぎ!」
はぁ、もう嫌だ。なんでそんなこと言われなきゃいけないの?
ほんと海勢頭君って意味が分からない。自分だっていつも説教されてるじゃん。
「小鳥遊wマジでお疲れ様」
私が動けず立ちすくんでうつむいているとふいに、誰かが叫んだ。
「瞬月ふざけんなよ!」
その声を聞いて一颯君の声だと一瞬で分かった。そして海勢頭君を睨みつけた。
「だいたいさぁ、人を馬鹿にするのってサイテーだと思うんだよね、個人の意見だけど」
「は、一颯何言ってんの」
へ、何て言ったの?私を…守ってくれた?でも、そんなことあるわけないよね。
「だから、これ以上穂稀を傷つけんなって言ってんだよ」
「へっ」
すかさず私の口から声が漏れる。ちょ、一颯君何言ってるの。一颯の衝撃的な発言に対し、海勢頭君はにまっと笑った。
その笑顔がまるで悪魔のようで、私の体に鳥肌が立った。
「おい、一颯こいつに気でもあるわけ?」
「は、」
「ちょ」
海勢頭君の発言に一颯君と私は同時に声を上げる。一颯君も目を丸くしていた。
「ふふっ」
隣から笑い声が聞こえた。背筋がぞくっとする。
「なぁ、一颯」
なんか、嫌な予感がする。
「こいつと付き合うのやめた方がいいよ」
海勢頭君が目を細めながら一颯君に告げた。なに、言ってるの。頭の理解が追い付かない。
「こいつ、マジでヤバいから。ていうか、一颯センス悪くね?小鳥遊選ぶとかw」
目の前の世界がぐにゃりと歪んだ。
目の前が真っ暗になる。なんで海勢頭君がそんなこと言うの、私だってこれでも性格良くしてる方なのに。
あの事件のこともちゃんと反省してるはずなのに。
その後はみんなと上手くやってたつもりなんだけど。
やっぱりダメな人は一生変われないのかな、ずっとみんなから嫌われてこの先も生きていくのかな。
スカートをぎゅっと握りしめた手に涙がぼたぼたと落ちる。
「ちょ」
「なぁ、」
一颯君の言葉をさえぎって海勢頭君は悪魔のように笑いながら
「一颯知ってんの?小鳥遊って3股してたらしいよwマジ酷すぎるから」
え、なんでそれを海勢頭君が知っているわけ?小羽玖にしか、言ってないはずなのに。そのことは一颯君に知られたくなかった。
私の変な恋心のことなんて。私だけの恋の感じ方なんて、誰にも―分からないんだから。
「だからさぁ、早く別れた方が―」
バン!私の耳に大きな衝撃音が聞こえた。ハッとして顔を上げる。
そこには自分の机に拳を突き立てた一颯君の姿があった。
一颯君の体が縦に大きく上下している。
「おい、瞬月お前…最低だな」
低く、全員の体を突き刺すようなその声は一颯君からの声だと思わなかった。
教室の空気が張り詰める。
「は、何言って―」
「お前さぁ、ふざけんのも大概にしろよ」
一颯君…。
「はぁ⁉何お前、小鳥遊と付き合ってたりでもすんの?」
海勢頭君はいやらしい顔をしてそう言う。
私は動けなかった。一颯君は私のことなんて気にしなくていいのに。
「穂稀はさぁ」
そこまで言って一颯君は私の方をちらっと見た。
座っている私の目と正面に立っている一颯君の目が線で結ばる。
そして子供っぽくニコッと笑った。
「瞬月、穂稀は―」
一颯君が大きく息を吸うのが分かった。
その時なぜか私の耳に自分の心臓の大きな鼓動がはっきりと伝わった。
そして一颯君は少し頬を赤く染めながらゆっくりとこう告げた。
「穂稀は俺の彼女だから。」
これからも続きます!次は一颯視点!