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心血解放の爪痕⑧
風野芽衣明
【永遠に続く よき夢を】【トランサーチェイサー第1章 |夢《ドリーム》編、〈現石(ジュエライズ)と封石(シーリング)〉】【トランサーチェイサー第2章 〈支配されるもの から パートナーへ①、②〉、〈悪夢(ナイトメア)①〉】を読むと より深く読み込めると思います。お久しぶりのキャラクターもいるので(・∀・)
2日目、|燐《りん》は|凍矢《とうや》を とある場所へ連れていった。その場所は【BAR |fortitude《フォーティチュード》】だった。
凍矢:「燐様? まだ昼間だよね? 昼間からお酒飲むの?」
燐:「いいから!」 __カランカラン__
???:「いらっしゃいませ! あっ、燐さん!凍矢!」
???:「よぉ! 燐ちゃん!! 凍矢!!」
燐:「こんにちは、|乃彩《のあ》さん! |稜也《りょうや》さんも!」
出迎えたのはソムリエエプロンを着た|橋本乃彩《はしもと のあ》=トランサー|夢《ドリーム》。乃彩は|九条《くじょう》アオナという女性をチョーカーを用いて洗脳していた人物で、僅か2年の間に約100人もの若者を誘拐し【夢世界】のエネルギーへと変えるという【|逢間《おうま》市連続行方不明事件】の犯人である。しかし改心し 人々を全員解放すると アオナと共に【夢世界】を拠点にし、今は【紅茶専門店 |DAYBREAK《デイブレイク》】も営んでいる。
2人をカウンター席の 稜也の隣へ案内する。紅茶専門店とバー、二毛作営業を始めるようになって約4ヶ月…… かつてと同じ紅茶マイスターとしての姿が板についていた。乃彩とアオナ、調理スタッフとして稜也 接客サポートとして|氷華《ひょうか》の4人で始めたが、現在では調理スタッフや接客スタッフも新しく増え、稜也や氷華の手からも離れていた。稜也は乃彩の紅茶が気に入り たまに【客】として訪れている。アオナはホールスタッフとして勤務しているが、今日はお休みとのことで【夢世界】でのんびりしてるそうだった。
乃彩:「今日はどうします?」
燐:「セイロンミルクティーとアップルティーをお願いします! どっちもホットで!! 今日の|お茶請け《お菓子 》は何ですか?」
乃彩:「今日はココア味のクッキーですよ」
|注文《オーダー》を聞き、カウンターの奥で紅茶が作られていく。蒸らしてる間に 小皿にはクッキーが用意される(お茶請けとして出すお菓子は 基本的にデパート等で調達している、調理スタッフがいるのはサンドイッチなども食べられるようにするため)。コトっという小さな音とともに 2杯の紅茶入りカップとソーサー、そしてお茶請けのクッキーがサーブされる。燐が甘めの紅茶が好きだと知っている乃彩は 牛乳だけでなく少し蜂蜜を入れ、逆に凍矢はストレートの紅茶が好みなため 何も手を加えない。
燐:「乃彩さんの紅茶はいつも美味しいんだよな」
凍矢:「おいしい……! 紅茶って初めてだけど こんなに美味しいんだね、燐様!!!」
乃彩 稜也:「(り、燐様?)」
乃彩:「(凍矢さんは もう何回も 飲みに来ている。全く初めてではない。なのに)」
稜也:「(明らかに 初めて来た・初めて飲んだって感想。|蒼樹《そうき》が言ってたのはこういうことか )」
時間が過ぎ、昼の営業が終わる。表に【|CLOSED《準備中》】の看板を出し 鍵を閉めるとブラインドを全て下ろしていく。店内には燐 凍矢 乃彩 稜也の4人だけ、乃彩は茶器等を洗っている。真っ先に重い口を開けたのは乃彩、顔色を伺うように話しかける。
乃彩:「ねぇ り、燐……さん。 1個聞いてもいいですか? も、もちろん無理に答えなくてもいいんですけど」
燐:「? どうしたんですか?」
乃彩:「その…… 凍矢に何かあったんですか? さっき その……燐様って。気配も妙な感じで」
燐:「……凍矢 どうする?」
凍矢:「俺なら大丈夫、燐様」
燐:「……姿を見ても 驚かないでもらえますか? 凍矢は何も悪くないので……」
乃彩:「は、はい……」
凍矢は左腕に着けているブレスレットを外す、すると〈|認識改変《コグニティブ》〉が解け 怪人態の凍矢がゆっくりと目を開けていく。顔を含めた全身に青黒い鎖の紋様が浮かび、金色の瞳の中に【鎖がぐるぐる巻きついている 濃いピンク色のハートマーク】が見え、頭部に 一際大きな月下美人の花が・両腕と両脚には【月下美人】や【テッセン】の花がパァーっと咲き乱れる。ウルグは 凍矢が望めば〈|認識改変《コグニティブ》〉が解けるようにブレスレットをスイッチとして組み込んでいた。
乃彩:「ッッッ!! そ、その姿は…… と、トランサーなの?」
稜也:「蒼樹から話には聞いていたが、なかなか来るものがあるな」
燐にピトッとくっつき 恍惚な表情をしている。
凍矢:「これが 今の俺なんです…… 。チェイン 氷華 そして燐様に洗脳《《していただいた》》ことにより 俺は氷、鎖、植物や香りを操れるようになったんです。さすがに変異直後は強い力を制御できなくて 花の香りを嗅ぐだけで快楽物質が出たりしましたが 自分の意志でコントロールできるようになったんです。今の俺は 燐様を愛し 燐様をお護りする忠実なしm」
燐:「凍矢、それ以上はダメ」
凍矢:「は、はい。《《ご主人様》》 ごめんなさい」
乃彩:「ご、ご主人様……!!!?(ソーサーを落としてしまい バリィンと割れてしまう。両手で口を覆い 言葉を失っている)」
稜也:「・・・《《燐》》、少し厳しいことを言ってもいいか?」
燐:「は、はい。 凍矢、少し静かに座っていてね。命令だから」
凍矢:「__フッ__ (目から光消失 パッと燐から離れる)はい……ご主人様。 ご主人様の……仰せの……ままに……(ちょこんと座る)」
乃彩:「お、仰せのままにって……。 (この感じ 本当に洗脳されてる……。 それも私の洗脳なんかと比較にならないくらいに深い洗脳状態に。燐さん……何があったの?)」
稜也と燐はボックス席に座り直す。乃彩もカウンターから出てきて、凍矢の隣に座る。命令 というワードにより深洗脳状態になり、ピリピリしている店内に乃彩はただゴクリと唾を飲み込んでいた。
稜也:「・・・今の俺から見て、そこにいる凍矢は【姿が同じだけの何か】だ。確かに凍矢は燐ととても仲がいい、本当の兄妹みたいだ。だが 命令されたり 燐を盲信したりしている凍矢は ただのバケモノ、さっきも【洗脳していただいた】とか【愛する】とか【ご主人様】とか、言いかけてたワードも【しもべ】だろ? 普通に暮らしていれば そんな言葉なんか出るわけが無い。はっきり言って《《異常》》だ。
そして燐も燐だ。【慣れ】なのか【受け入れ】なのか分からんが そうやって普通に接せている燐はもっと恐ろしい、人間ともトランサーとも かけ離れている。簡単に命令とか言うが、人はほんの一言言われただけで死ぬこともあるんだよ、【言葉の重み】をもっと自覚しろ。氷華を声だけで操ったこと、忘れてないよな?
正直 俺は今の2人と接するのが怖い、同じトランサーであってもな。人間の心を失ったトランサー達と同じ・いや それ以上に 《《邪悪》》だ。今の燐と凍矢は 俺や蒼樹の知る【睦月燐】【睦月凍矢】ではない、《《姿が一緒なだけのバケモノ》》だ」
燐:「稜也さん……」
稜也:「凍矢はちゃんと 元に戻るんだよな?」
燐:「はい、 ヘイルに3日だけ猶予をお願いしたので明後日には元の凍矢に戻ります」
稜也:「そうか」
元に戻る というワードを聞き、安心したのか稜也はフーーーーっと大きく息を吐く。
稜也:「すまなかったな、燐ちゃん。色々厳しいことを言っちまって。俺 人を怒ることって少ないからさ、変に緊張しちまう。こういう役回りは蒼樹の方があってるってのに」
燐:「い、いえ。気にしないでください。私の方こそ そうやって怒ってもらえて良かったのかもしれません」
稜也:「えっ?」
燐:「かつての 心血解放に達する前の私と 今の私……。本当の【自分】ってどこにいるんだろうって。心血解放に達したことで私もおかしくなってたんだろうなって」
稜也:「燐ちゃん……」
???:「入るぞ」
聞き覚えのある声とともに店内に黒い粒子が集まっていき、人の姿になる。その姿を見て燐と稜也はボックス席から飛び出した。
稜也:「|駿兄《しゅんにぃ》!!」
燐:「駿兄さん!!」
凍矢:「ひっ!! ご主人様!!!」
ストっと着地し 現れたのは|運命《フェイト》/|結紀駿《ゆうき しゅん》だった、突然現れた駿を見て【命令】の効力が消え 僅かに洗脳が弱まった凍矢は燐の後ろにしがみついている。
駿:「久しぶりだな、稜也に燐。そして 妙な姿をしているのは凍矢か? あともう1人、お前もトランサーだな」
乃彩:「は、はじめまして。トランサー|夢《ドリーム》 橋本乃彩です」
駿:「トランサー|運命《フェイト》 結紀駿だ」
稜也:「駿兄、表の看板見えてなかったのかよ。|CLOSED《準備中》って出てたはずだぞ」
駿:「(腕を組みながら)あまり悠長にしていられないんだよ。おい、|凍矢《お前》は なぜそんな姿になってるんだ?」
凍矢:「ご、ご主人様ァ……。あの人は……? 怖いよ……(今にも泣きそうな顔)」
燐:「大丈夫、駿兄さんは味方だよ。凍矢はチェイン・氷華・そして私の洗脳によって この姿になったんです。ヘイルによると短期間での多重洗脳によるものだって」
駿:「待て、なぜチェインの名が出てくる! 奴はお前と分離したはずだ!!! それになぜ 凍矢は俺のことを知らないんだ」
燐:「チェインは |睦月悠那《むつき ゆな》に、私のお姉ちゃんに生まれ変わったんです。 ヘイルは 変異によるショックで記憶喪失になってるんじゃないか って言ってました」
駿:「・・・記憶喪失や お前が洗脳能力を得たことも 大きな問題だが あのチェインを受け入れたということか、俺から見ても今の燐は恐ろしい。だが今の凍矢は【|原初の王《ヤツ》】に最も近いと言ってもいいな。見たところ5つは能力を使えるようだし、手段や姿はどうあれ 【心血解放】で相違ないだろう。【|原初の王《ヤツ》】に見つかるのも時間の問題だ。
今日来たのは その確認だけではない。凍矢の【鎮静の指輪】は今どこにある?」
燐:「!! どうしてそれを? 指輪なら凍矢が怪人化した時に粉々になってしまって……(紫の粉が入った瓶を取り出して手渡す)」
駿:「(たまにひっくり返し 粉を確認する)やはりな。指輪の反応が消えたから気になって来てみれば 壊れていたか」
稜也:「分かんのかよ!駿兄!!」
駿:「当然だろ、元々 《《俺の|具現《マテリアライズ》で作ったものだから》》な。自分で作ったものを把握できないバカはいない」
稜也:「|具現《マテリアライズ》!!? 駿兄の能力は|運命《フェイト》じゃねぇのかよ!!」
駿:「|運命《フェイト》の能力は 【チェインと似た存在】を消し去った際 心血解放と認められたのか 新たに得たもの、つまり本来の能力は|具現《マテリアライズ》だ。
だが完全に能力が変わってしまった今、俺に 物質生成は不可能だ。守護の|呪《まじな》いをかけるには媒介となる【新たな器】が必要だ」
稜也:「……ライラとシオンに頼むしかねぇか。ちょっと電話してくるよ」
燐:「お手数おかけします」
--- 約10分後 ---
稜也:「燐ちゃん、連絡が取れた。これから来ていいってさ」
燐:「わかりました!」
駿:「俺も同行しよう」
--- |暁《あかつき》宝石店 ---
ライラ:「いらっしゃいませ! お久しぶりですね、燐さん 凍矢さん」
シオン:「い、いらっしゃいませ」
燐:「ライラさん、シオンさん。急に押しかけてしまいすみません」
ライラ:「定休日でしたし 稜也君の頼みですから 大丈夫ですよ。えっと 稜也君の話だと 指輪のご依頼ですよね?」
燐:「はい、駿兄さんが作ってくれた指輪がこんなになっちゃって(瓶をカウンターに置く)」
シオン:「(瓶内の粉を見回す)ここまで粉々だと 素材によっては 再生は難しいですね、金属であればまた溶かしたりできるかと思いますが。 素材は……」
駿:「アメジスト だ」
ライラ:「! この感じ もしかしてあなたもトランサーですか?」
駿:「トランサー|運命《フェイト》 結紀駿だ」
ライラ:「ご、ご挨拶が遅れて失礼しました!! トランサー|現石《ジュエライズ》 暁ライラと トランサー|封石《シーリング》 妹のシオンです。 い、以後お見知りおきを……」
稜也:「そうビクつくことねぇよ! 駿兄は 俺や蒼樹の知り合い 顔馴染みだ」
シオン:「|長月《ながつき》先生の……。 これからよろしくお願いします……。 えっと素材に関しては アメジストがご希望ですか?」
駿:「可能なら同じもので頼みたい」
燐:「あ、見た目はこんな感じです!(指輪を外してシオンに見せる)」
シオン:「なるほど 同じデザインだとすると 指輪全体がアメジストなのですね。しかし |指輪にできるほど大きい《これほどの》アメジストは在庫でもないですね。天然物のアメジスト原石からならまだしも 基本的には これくらいのサイズに加工しているので(トップに填める用の小さいものを見せる)。一からリングとして作るのは とても難しいんです」
駿:「ふむ」
シオン:「リング本体を…… 例えばプラチナなどで作り、全体にアメジストを配置するということなら可能ですが……」
駿:「致し方ないか。 完成までどれくらいかかる?」
シオン:「お急ぎのようですし 超特急プランで【明日の午後完成】です」
燐:「分かりました、よろしくお願いいたします!!
えっと 今 特殊な魔法を使ってるので 解きますね」
ライラ シオン:「魔法?」
ブレスレットを外すと 先程と同じく怪人態に戻る。
ライラ シオン:「キャーーーーーーーーーーーーー!!!」
店内に響き渡る悲鳴、断りを入れなかったため 当然の反応であった。
ライラ:「な、な、な、何があったんですか!!!?」
シオン:「か、怪物!!!? 姉さん怖い……!!!」
燐:「凍矢は 短期間の多重洗脳により この姿になったんです。 明後日には元に戻ります」
駿:「燐と凍矢に流れる【|原初《げんしょ》の王の血】 それを隠すために あの指輪が必要だということだ」
シオン:「そ、そうだったんですね、すみません 悲鳴をあげてしまって。失礼をいたしました。
え、えっと それでは指輪作成のための採寸に入りますね……」
次の日の夕方 連絡を受け 指輪を受け取り サイズチェックや微調整を行う。プラチナで指輪のベースを作り 全体をアメジストで 可能な限り・隙間なく埋め尽くす という 傍から見たら異様な見た目だが 【守護の|呪《まじな》いをかけるための器】として最適だった。徹夜で指輪を完成させたため シオンの目にはクマが見えていた。
同日夜、燐 凍矢 ウルグ ヘイル 悠那 駿が集結している。約束の日が来た。
ヘイル:「よし それじゃあ 凍矢の治療を始め…… 何故ここに 駿がいるんだ?」
チェイン:「そうよ、なぜアンタがここにいるわけ?」
駿:「それはこちらのセリフだ、俺も貴様には会いたくなかったがな(チェインと駿とでバチバチ火花が散っている)。 【守護の|呪《まじな》い】をかけるためだ、コイツを【器】としてな。1度失礼する(ウルグの〈|空間生成《ディメンション》〉で造られた空間に移動する)」
ヘイル:「りょーーーかい。 じゃあまずは」
ヘイルは凍矢をベッドに仰向けに寝かせると 出力を上げた〈|眠りに誘う眼《ヒュプノ・アイ》〉で 強い催眠状態にしていく。ウルグや拓花よりも 強力な洗脳状態にあり 同じようにしても剥がせないと考えたヘイルは 2人よりも長時間かけて 〈|解呪《ディスペル》〉を浸透・|残滓《ざんし》を昇華させる。流石に魔力の消耗が激しく、時おり目眩がして膝を着いてしまうが そこはウルグがエネルギータンクとなって魔力を補充していく。先にウルグを治療したのは これを見越しての事だった。燐はベッドサイドに両膝立ちになるようにして座り 凍矢の手をギュッと握りしめ 無事に治療が終わることを ただひたすらに祈っていた。
昇華が進むと 花が徐々に枯れていき 鎖の紋様も薄くなる。ラストに頭の花が溶けるように消えたことで【治療】が終了した。ヘイルは 滝のように汗が流れ その場に倒れてしまう、ウルグの倍以上 《《5時間》》が経過していた。
ヘイル:「ハァ…… ハァ……。 もう……大丈夫……だ……。 安心……して……いい……。凍矢は…… 元に……戻った……。じきに……目を……覚ます……はずだ……」
燐:「ヘイル、本当にありがとう」
ヘイル:「ウルグ…… 少し……中で……休ませて……くれ……。 そしたら……燐も……治療を」
燐:「ううん、私は このままでいい」
ヘイル:「本当に……いいのか……? ・・・分かった(ウルグの中へ戻るため 分身体は消えていく)」
駿:「待たせたな。 【守護の|呪《まじな》い】をかけ終わった」
燐と同じく 左親指に指輪をはめると ゆっくりと目が開いていく。今までのような【満月のような黄金の瞳】ではなく、 燐と同じ【ガーネットのような深紅の瞳】だった。
燐:「と、とうや?」
凍矢:「・・・・・・。ただいま 《《燐》》」
燐:「おかえり 凍矢」
燐と凍矢をそのまま寝かせ その場は解散となる。駿もメモを燐の手に握らせると 再び黒い粒子となって消え去る。
???:「チッ つまんないの」