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4-6 人形の無双劇
渓谷か? 高くそびえ立つ壁が動ける範囲を大幅に制限している。下を見れば、川が白い水しぶきを上げて流れていた。
「なんだ、このガキ」
「……」
俺は無言で男に近づき、腕を取った。
「動くな。動けば折る」
男は無言で何度もうなずき、必死に了承の意を示した。
「動くなと言っている」
手に少し力を入れれば、男は息を震わせて動かなくなった。
「二つ聞く。一つ目だ。お前らはここで何をしている?」
「だ、誰が組織の作戦情報を漏らすと……ぐっ!」
「そうか、自分の立場が分かっていないようだな」
俺が手に更に力を込めると、男の腕はミシミシと音を立てた。
「分かった話す! ここに模擬魔獣の失敗作があるって情報が入ったもんで、回収しに来た! 戦力にするためにだ」
「二つ目。組織の目的は?」
「知らねえやつがいるもんだな。世界征服……いや、魔界の支配か。これでも、俺ら結構有名でよ」
俺は男の腕をギリギリと締め上げた。「聞かれたことだけに答えろ」
「へいへい」
俺が腕を折るつもりがないと思っているのか、男は軽く答えた。
これは、一度折っておいたほうが良いのではないか。腕はもう一本あるし、いざという時には足もある。
俺は手にぐっと力を込めて、男の腕を折った。
「があああああっっ! て、めぇ、答えただろうが!」
「態度が悪い。さあ、話の続きは? ないなら終わりだが」
「ねえよ」
そう言って、男は天を仰いだ。
つられて、俺も上を見る。
いくつかの影が落ちてきていた。
仲間か。
「ははは! これだけいれば、勝てるだろ」
笑って勝ち誇る男に、現実を見せてやる。
一歩で距離を刈り取り、意識も刈り取る。それを人数分。十人もいないから、一瞬で終わった。
なるほど、これならヒューゴの「俺がやると話にならない」という言葉にも納得できる。敵が弱すぎるのだ。
「もう一度聞こうか。話の続きは? なんのために魔界の支配を試みる?」
「は、はは……弱いやつは強いやつに支配されるべきだ。俺たちはこれに従っているに過ぎない」
つまり、大義はない。
処分しても良いな。同じ大義を持つ者であれば、協力してやっていこうと思っていたが。
「それに従って生きるなら、それに従って死ぬ、当然そうするよな」
疑問も、確認の形も取らない。
たとえ相手がそう認識していなくても、俺がそうさせる。考えを改めるまで、解放する気はない。
「へっ、覚悟はできてるよ。でも、無抵抗で死ぬのはいただけねぇな」
「最後に一つ。他に仲間はどれだけいる?」
「は、ははは! そんなもん、どれだけいたって同じだろう!」
まともな答えは期待するだけ無駄か。
こいつから聞き出すより、俺が調べた方が早い。
この場にいる、一定以上の武力を持つ人間を数える。一、二、三……十一か。
「じゃあな」
地面に血が広がり、男が地面に倒れたことで、戦いの火蓋が切られた。
空間を歪ませて、その中に身を投じる。
ヒューゴの拠点の一つに戻ると、すぐに人形と魔力を繋いだ。
空間が閉じる前に、人形を空間の歪みに突き落とす。
さあ、これからは本番を見据えた戦闘訓練の時間だ。
十一人は散らばっていた。一人一人が別の場所にいるというわけではないが、まとまっていても二、三人程度。全滅させるのに時間がかかるな。
初めの一人、比較的開けた場所で野営の準備をしていた男に狙いを定める。
転移――は、魔法を使う時に相手に気づかれるか。静かに後ろから忍び寄ろう。
人形の足元の土に魔力を通し、武器の形にする。その先端に氷を纏わせ、尖らせた。これで皮膚を貫けるはずだ。
俺はできるだけ相手に違和感を与えないよう、細心の注意を払って接近させた。足音はなく、相手の表情に変化もない。あくまでも、俺に分かる範囲の話だが。
男の真後ろに立つ。気づいていないようだったので、背中からぐさりと一刺し。得物を引き抜くと、血が溢れた。
大きく跳んで距離を取る。
男は自分の腹を見て、それから出来の悪い人形のようにぎこちなく後ろを振り返った。その目は、驚きに見開かれている。
男の魔力が動かされた。仲間に連絡を取られても困るので、掻き消しておく。
男は短く息を吐いて、声を震わせた後、その場に倒れた。
残り十人。
今回は移動距離が長いので、転移を使う。
近くに転移すると相手にバレる恐れがある。かといって遠くに転移すれば、接近する際に気づかれる可能性が高くなる。
というわけで、今回選択したのは一撃必殺。
転移先は相手の首元。つなぐ空間は小さく。
土と氷でできた得物を握って、いざ転移を発動。
相手に反応させる時間も、考えさせる時間もやらない。
得物を振るう。当たるかどうか不安だったが、手応えあり。空間が閉じる前に、腕を引き抜く。
残り九人。
ああ、やらかした。このやり方じゃ地味だ。「派手にやれ」と言われたのに。
命を弄ぶのは好まない。だが、目立つようにやるのは嫌いじゃなかった。自分の力を示すことになるから、地獄にいた頃は、むしろ好きだった。それは今も変わらない。
だから、これからはもう少し魔法も使って派手にやろう。
反省終了。
足首は、壊れても修復しやすいか。なら、全力で走らせても構わない。
右足を前に出し、前傾姿勢を取る。体重を右足の指先に集中させて、一気に大地を蹴った。
景色が流れ、俺が察知した八人目にみるみる近づいていく。
一気に速度を殺すと、いつの間にか目の前に見えていた女が振り向き、ナイフを振り抜いてきた。
女が口を動かす。あいにく俺には読唇術の心得はない。だから、女が何を言ったかは分からない。だが、その言わんとするところは分かる。
狙いは首。俺は見切って、上半身を少しだけ動かして回避した。
女は答えを返さない人形を見て、目を変え、両手にナイフを持ち、姿勢を低くして飛び込んできた。
俺には全て見えている。人形だから、回避や防御はぎりぎりになってしまうが。それでも、見えている以上躱せないことはない。
狙いは首――に見せかけて胴。武器が邪魔だ。手から離し、地面に還す。
続いて脇腹。空振り、刃を返して太もも。
段々と体の中枢から離れながらも、重要な血管がある場所は絶対に狙ってくる。殺意が溢れる、相当な手練れだ。
女は息一つ乱さず攻撃を繰り出し続け、俺も避け続けた。
そんな攻防を百以上続けても、女の攻撃に迷いは見えない。しかし、疲れからか精度が甘くなっているところがあった。
見える。そこか。
見えた隙に腕をねじ込み、武器を持った女の手首を押さえる。
女は強引にナイフを振り抜こうとしたが、動かない。女の目は状況を冷静に判断し、足を使って人形の体勢を崩そうとする。
俺は手刀で女の手首を強く打ち、ナイフを持つ力を弱めさせた。そのままナイフを奪い、顎の下から耳の下にかけて一気に切り裂く。
女は地面に倒れた。
残り八人。
来たか。女との戦いの最中、近寄ってくるのを感じていた気配。
その存在――女と同じぐらいの年の男は、憎悪のこもった目で人形を見た。走ってきた勢いそのままに、拳を握りしめて、人形に叩き込もうとしてくる。
人形はそれを難なくいなした。先ほどの女よりも、練度が低い。ある程度戦えるようになった素人程度。
体勢を崩す男に攻撃しようと一歩踏み込んだ瞬間、人形の足が滑った。地面がさらさらの砂になっていたのだ。
それをしたのは、俺以外の人間。すなわち、目の前で息を切らせている男。
なるほどな。男の脅威度を上方修正する。
彼は、素人に毛が生えた程度の相手ではない。肉弾戦に魔法を組み合わせて戦う、言うなれば魔法戦士のような者。
戦闘中にそれとは気づかせないように魔法を使うには、相応の努力が必要だったはずだ。
体の扱いが下手なのは、魔法の練習を優先していたからか。先ほどの女と合わせて戦うと強そうだ。
惜しいことをした。二人同時に相手取れば、今より苦戦したに違いない。人形の操作技術を上げるためには、そうした経験が要る。
なんとなく、人形の動きにキレがない。
空気を鋭く裂くように腕を動かしても、ねっとりとした空気が纏わりつくのみ。また何かされたか。
戦闘に支障はない。力でぶっ飛ばせる。
相手の魔法はあまりにも小規模なので、よほど注視していないと見逃してしまう。それを考えてああ使っているのか、それとも継戦能力的にああ使うしかないのか。
いずれにせよ、敵ながらあっぱれだ。魔法の使い方が、今までに会った人間の誰よりも上手い。
彼から魔法の使い方を盗めば、俺はもっと強くなれる。そう思うほどだった。
男が狙いを隠そうともしない突進で接近してくる。狙いは胸。分かりやすい急所狙いだ。
この程度なら、余裕を持ってさばける。
人形を動かし、ぎりぎりのところで相手の力を受け流せるよう、立ち位置を微妙に調整する。
俺の準備が整った瞬間、男の拳が当たる瞬間、風が吹いた。偶然かと思ったが、違う。一体どこの世界に、顔面限定で吹いてくる風があるのか。男がやったに違いない。
俺以外の全てのものが敵対して、世界中が反旗を翻したかのような。そんな理不尽を押し付けられる。
俺は世界の情報を見て人形を動かしているから、風で目潰しされても平気だ。だが、普通の人間では、そうはいかない。
風を受けても変わらない人形に、男は動揺した。しかし、それは一瞬のこと。すぐに攻撃を再開し、人形の足を払おうとする。
戦闘への魔法の巧みな利用と、躱されても動じない精神力。有用な人材だが、あの組織に所属したのが運の尽き。俺が逃がすことはありえない。
そろそろ終わらせようか。
人形に攻撃が通じないと見て取るや、男は後ろに跳んで距離を取った。人形は、強引にその空間を埋めていく。
男がどれだけ逃げようとも、決して。決して、距離を開けることを許さない。
一度ぐんと加速して、男に手が届く位置まで寄る。右腕に意識を集中させて、拳を振るった。
一撃。たったそれだけで、勝負は決まった。
残り七人。
そういえば、人間との戦いで多対一はまだ経験していなかったな。
この際だから、やってしまおう。
七人の所在は、全て掴めている。
俺は敵と人形がいる場所の空間をつなげた。
七人の敵が、人形のところへ転げ落ちてくる。全員、何がなんだか分からないという顔をしていた。
しかし、それでも魔界の支配を目指す組織の構成員。意識を一瞬で切り替えて、各々戦闘態勢をとる。
数は……魔法を主に使うのが五人、肉弾戦が主なのが二人。少々バランスが悪いが、まあこんなものだろう。
使われようとしている魔法に介入し、内容を書き換える。
風を起こそうとしているのが三人、あまり広いとは言えない渓谷では妥当だ。
霧を発生させようとしているのが一人、邪魔だから魔法を壊してしまおう。
そして、火を生み出そうとしているのが一人。こんなところで火なんて使えば、仲間ごと燃やしてしまうだろうに。馬鹿じゃないのか。
だが、都合が良いので利用させてもらう。
風は生まれる火に向かって吹く。それによって火は燃え盛り、また、風によって魔法を使った人間の方へ流れていく。
更に、俺の方で弱い風を送り込んで、新鮮な空気を補充し続けるのも忘れない。
悲鳴や、断末魔の叫び。それらは、やがて火に焼かれて消えていった。
残りゼロ人。
終了。
人形を俺のもとへ転移させる――前に、こちらを見ていた人間を始末する。
転移の術式を詳しく解析されたら、俺の居場所が知られかねない。
それは、まだ早い。心を含めて、最大限準備した状態で戦いに臨みたい。
人形を探る人間が近くにいないことを再び確認し、俺は今度こそ転移を使った。
次回予告。
いよいよ計画決行当日。
準備は万端。調子は過去最高。
出会った敵と対話しながら――ノルは、前の自分を知る。
「ノル。それが前の、俺か」
次回、4-7 前の『俺』