公開中
その黒薔薇から滴り落ちる水滴
Asami126 様の「 短編小説コンテスト!! 」参加作品です。
この学校には、この世で最も美しいとされている黒薔薇畑で、意中の相手とお願いごとをすると、やさしい恋の神が、なんでも叶えてくれるという噂があるらしい。
僕はその噂を完全に信じたわけではない。
ただ、どうしても会いたいとおもった人がいたからここに入学したまでだ。
入学式が始まった。
わざとらしく飾られた体育館が拍手で圧をかけてくる。
床に敷かれた色とりどりの花とカーペットが、これからの進路を示しているようだった。
たまに前の人を間違えて蹴ってしまうたび、「すみません」と小さく謝った。
知らない曲と知らない人の声を長時間聞いた。
…
……
………
苦痛だった。
はじめましての教室は静かだった。
僕は終わりの合図と共に飛び出した。
走った。
昔、体験入学で訪れたことのあるちいさな教室めがけて。
廊下を駆ける足音と自分の心臓の音が大きく聞こえる。
外は僕らを包み込むかのような大雨だった。
ちょっとずつ、しかし確かに見たことのある光景が思い出された。
やっと、見たことのある扉を見つけることが出来た。
思いっきり扉を開ける。
「先輩!」
僕は息をずっと切らしていた。
窓を憂いそうに見ていた長い黒髪の少女がいた。
「先輩、僕、ずっとずっと探してたんですよ…!」
僕は生徒会長だったころの礼儀なんて忘れてずかずかと足を進めた。
先輩は一瞬だけこちらをみた後、僕の脇をすり抜けるように部屋を出た。
僕も勿論追いかけに行く。
先輩の足は早かった。
もう全力で走った後だった僕は、疲労を押し殺して、食らいついて追いかけていく。
どれだけ無我夢中で走ったか。
先輩は上履きのまま外に飛び出た。
「まっ…!」
外はもはや嵐の勢いで雨が降っていた。
僕も引くわけには行かず先輩を追った。
視界がどこにもない感覚がした。
風が強い。
立ってられない。
膝をついてしまった。
こんなところで先輩を見失うわけにはいかない。
そう自分になんども言い聞かせても駄目だった。
息ができないほどの雨だった。
雨は槍のように降ってきた。
もはや貫かれている感覚までする。
苦しい。
先輩は、ど、こ
僕は恋をしていた。
それはそれは中学2年生からの、3年間。
全校生徒協力の謎解き大会のときだった。
生徒会長だった先輩と出会った。
綺麗な黒髪、長い下まつ毛、動作ひとつひとつが頭に残る。
それでいて頭もよく、なにより先輩と一緒にいると、心が洗い流されていく気がした。
どれだけ好きになっても、先輩は先輩だった。
先に卒業してしまう。
それがどうしようもなく辛かった。
なぜ僕は一年早く生まれられなかったのか。
先輩のめでたい日で、お祝いしないといけないのに、震えが止まらない。
僕は言った。思わず、言ってしまった。
「もし僕が先輩と同じ高校に行けたら、付き合ってください!!!」
…あ
「目、覚めた?」
黒髪から滴り落ちる水滴が僕の顔に当たった。
僕は泣いてたのか、びしょ濡れだった。
僕はレンガかなにかを枕代わりにして寝かされていたようだった。
…花壇?
目の前の優しい顔の少女がこちらを覗き込んでいた。
背景が黒一色に映っている気がした。
「……せんぱ」
「だめだよ」
その少女は小さく人差し指を立てた後、唇に当てて「ばれちゃう」と囁いた。
雨で冷えた手で、僕をそっと撫でてくれた。
ずっと、このまま生きていきたいと思った。
気付けば、僕は眠ってしまっていた。
「息子は大丈夫なんですか!?」
「体温が低すぎる…!なんであんな大雨の中外にッ…!!」
そんな声で目が覚めた。
「あれ……」
「よかった…!目覚めた…!」
僕は母さんに手を握られていた。
あたたかい。
母さんの目元が濡れているのが見えた。
「…ごめんなさい」
何もわからなかったが、これだけは長年の業務でぽっと出てきた。
同時に、僕がやらないといけないことを思い出す。
「先輩!!」
「ちょ、待ちなさい!」
勢いよく寝ていたベットから降りる。
そこでようやくここが保健室ということがわかった。
視界ぐらりとする。
それでも走った。
雨は止んでいた。
なにも履かずに、なんにも考えずに花壇へ向かった。
雨上がりでぐちゃっとした校庭は、むしろ心地よかった。
走る。
風はなかった。
走る。
むしろ太陽が出てきていた。
走る。
手を思いっきり振るった。
走る。
なぜだか泣けてきた。
走る。
ズボンの色は泥一色に染まっていた。
走る、走る、走る。
確かに、そこに黒が生えていた。
体験入学のときは色とりどりだった花壇が、黒一色になっていた。
この熱のある頭では、なにも考えられなかった。
…半信半疑だったせいで神の降臨の仕方が全くわからない…!
ぎゅっと、目を瞑った。
もうどうにでもなれ。
「あれぇ?またキミたち〜?」
はっと顔を上げる。
………?
「姿が見えないのは当然だよ〜神だから」
まじか。
ほんとうに神を降臨させてしまった。
「あ、あの…!」
「? もうお願い事は聞かないよ〜」
その声は満足げに言った。
「…は?」
「えぇ〜いやもう聞いちゃったんだもん〜1カップル1つまでだよ〜」
ますます意味がわからない。
僕が訝しそうな顔をしていたのを確かに見ていたのか、なにやら説明をしてくれた。
「だ〜か〜ら〜!もうキミと彼女はもう一緒にお願いしたの〜〜!『生きていたい』ってキミの願いと『この子を生かしてください』って彼女の願いを〜」
思考が止まった。
なにも理解が出来なかった。
ただ、逆に僕を冷静にさせたのか、疑問が溢れてきた。
なぜ先輩は僕から逃げた?
雨の中走っていった理由は?
わざわざ大雨の中で?
そもそもいつ???
「あぁも〜!確かにキミ、記憶なかったね〜しょうがないなぁ…」
そう言うと、その存在は消えた気がした。
代わりにきょとん、という顔をした先輩が居た。
「…え?」
先輩が…い、た…?
おもわず駆け寄って抱きしめていた。
泣いてしまった。
ああ、先輩が汚れてしまう。
それでも離れたくはなかった。
「ごめんね」
先輩はそう言って、僕を優しく撫でてくれた。
そして、ぽつり、ぽつり、と喋り始めた。
「私ね、もう死んでるの」
僕はなにも聞けていなかった。
「君が黒薔薇を見れる方法を知ってて、生き返らせてくれるのかなって。そう思っちゃって危険な目に合わせちゃった」
また雨が降っているような感覚が頭に落ちた。
「ごめん、ほんとうに、ごめんね…」
それは優しい雨だった。
ふと、僕の体が浮いた気がした。
「あんまり早く走ってきたりしないでね」
無邪気で綺麗な笑顔を見せた先輩は僕を抱えながら、ゆっくりと歩き始めた。
お姫さま、だっこ……!?
先輩に暖かみは無かった。でも、どこか温かかった。
「僕はずっと先輩に夢中なんです」
お世辞でもなく、なんでも無く、
「本当にずっとずっと」
ずっと連絡も取れなかった先輩に言いたかった事が
「大好き、なんです」
ここぞとばかりに溢れてきた。
先輩は一言「知ってる」とつぶやき、僕を学校の入口まで送った。
奥から歩いてきた母さんに見つからないため。
そう言って先輩は二度と僕の前に現れなかった。
黒髪と黒薔薇をかけてみたかったとだけ……
ピッタリ3000文字!
「短編小説コンテスト!!」、切ない賞いただきました。
なにか賞いただけたら嬉しいな〜〜くらいだったので本当に嬉しかったです。
物語構成が今回はぐちゃぐちゃだったという改善点も見つけることができていい機会にもなりました。
また機会がありましたらまたお世話になります!