公開中
矮小なる学びの庭
すみません、かなり雑です…おまけが本編かもしれません…。
【出席簿】
▶1年生
橘一護
松林葵
▶2年生
和戸涼
日村遥
桐山亮
宮本亜里沙
榊直樹
八代十綾
▶3年生
日村修
鴻ノ池詩音
田中虹富
梶谷湊
畠中秋人
神宮寺大和
神宮寺朔
八代亨
▶教師
酒木 楓 (英語)
空知 翔 (体育)
柳田 善 (国語)
上原 慶一 (数学)
※おまけがあります。
落ちて、落ちて、堕ちていく。
どこまでも感じる浮遊感が抜けることはない。
そうして、瞼が開かれる。
瞼の裏の優しい夢はもう見ることができないのだと感じさせられた。
---
ガヤガヤと若い男女の声が様々な音に混じって賑やかしい音を立てる。
瞼の裏で耳へ反響するそれは大きくなり、歪みを増す。
しかし、それの歪は次第に膨らみ、むくれあがって、爆発する前に怒鳴り声が響いた。
「|一護《いちご》君!」
その声に背中に物差しが刺されたように立ち上がり、反射的に「はい!」と返事をしてしまう。
そうして覚めた瞳が不安定な境目から白髪の凛々しい顔を捉えた。
「…|空知《そらち》……|翔《しょう》、先輩?」
目の前にはまるで教師の格好をしたアルバイト先の知人が呆れたような顔で立っている。
正面の黒板には『思春期と身体の成長』とあり、保健体育の授業のように見える。
「…一護君さ……確かに保健はつまらないかもしれないけど、流石に聞くフリだけでもしてほしいから聞いててくれない?」
そうやって、教師とあるまじき台詞を吐いた空知に言葉を俺は投げかけた。
「保健?聞くフリ?…俺、19歳ですよ!高校は卒業してますよ!そもそも、これ何なんですか?!
空知先輩、教師だったんですか?!」
「いや……元々そうだけど…?ていうか、君まだ16歳だし、僕は先輩じゃないし…」
まるで意味が分からない。身体が16歳に戻ったっていうのか?
だとしたって、空知先輩は教師じゃないし、年齢的にも合わない。
そのまま反論が口から出ようとした瞬間、隣で座っていた|松林《まつばやし》|葵《あおい》が助け舟を出した。
勿論、紙とペンを持つ手は動かしたままだった。
「なに?記憶喪失?転生モノ?どっちだっていいけれど、どうしたんですか?
熱でもあるんですか?医務室行きます?」
そう語る彼女はセーラー服で肌質が若いように感じられた。
俺もよく見ると、学生服で耳朶に黒いピアスはしていない。
記憶喪失、時間逆行…様々な憶測が行き交う中で、少し不思議そうな顔をした空知がこちらを見た。
「…よく、分からないけど…一護君、医務室に行っておいで。医務室までは行ける?」
「……多分…」
「…松林さん、一護君を連れて行ってあげて…」
隣で呑気な声で、「はぁい」と応える声が響いた。
---
そう物珍しいものでもないが、懐かしさのある校舎を歩く度に感嘆の声を挙げざるを得ない。
その度に松林からは「今日は珍しく変ですね」と言われる。
「…変って、なんですか」
「敬語?…わぁ、雪でも降るかもしれませんね……普段の一護さんなら…きっと、黙っているか、極力目を合わせてくれないのに」
「…俺、そんなに酷いですか?」
「う~ん…ちょっと警戒心の強い黒猫みたいなものなので大丈夫ですよ。今は…人懐っこい黒柴?」
「黒柴…?」
「可愛いので大丈夫です。それより、普段と違ってふわふわとしていますが、何かありました?」
「いや…別に、ただ寝てただけ…?…なんか、すごい…俺が腫れ物みたいな、世界が違うというか…」
「…《《世界が違う》》?それって、別世界ってことですか?」
「そう考えたら、楽かなって…俺、《《今は》》そういうところの人なんで…」
「……ええっと……」
よく分からない、といった様子で松林が頭を掻いた。
多分、そこまでではなく、単なる別世界に過ぎないらしい。
気まずさに耐えかねて松林の視線を逸らして、飛び込んだ掲示物の紙の一つに俺は目を見張った。
---
【やぁ、|橘《たちばな》 一護 君】
【ここは君達での学園パロディなマルチバースだよ】
【少しばかり、学生に戻った雰囲気を感じてほしい】
【出れる方法は君と同じ状況にある“|八代《やしろ》 |十綾《とあ》”が知っているはずだ】
【戻りたくなったら、空にでも願うんだな】
---
明らかにこちらへ干渉する文字。
間違いない、|ABC探偵《親》だ。人であるか、物であるかもよく分からないが、唯一の|正解《ビンゴ》を見つけたわけだ。
隣で心配そうな顔をする松林に謝礼を伝え、廊下を駆け出した。
横ですれ違った|上原《うえはら》|慶一《けいいち》が「廊下を走るな」と怒るのも気にせず足を動かした。
---
何年ぶりと走る廊下の中で一つの教室に目が入る。
|酒木《さかき》|楓《かえで》が英語の授業をしている前に|日村《ひむら》|修《おさむ》、|鴻ノ池《こうのいけ》|詩音《しおん》、|田中《たなか》|虹富《にじとみ》、|梶谷《かじたに》|湊《みなと》、|畠中《はたけなか》|秋人《あきと》、|神宮寺《しんぐうじ》|大和《やまと》、|神宮寺《しんぐうじ》|朔《さく》、|八代《やしろ》|亨《とおる》が座っている。
各々、真面目そうな顔つきで、ひどく若い。その中で修とだけ目が合った。
彼のペンが机に置かれ、『上』を表すハンドサインが片手で出される。
奇妙な感覚が湧きつつも、おそらく上なのは確かだろう。
そのまま、別の教室を見れば|柳田《やなぎだ》|善《ぜん》が国語の授業をしている教室で|和戸《わと》|涼《りょう》、|日村《ひむら》|遥《はるか》、|桐山《きりやま》|亮《あきら》、|宮本《みやもと》|亜里沙《ありさ》、|榊《さかき》|直樹《なおき》がいる。
十綾の姿はない。急ぎ足で階段を登り、なぜか鍵が閉められていない屋上へ飛び出した。
雲一つ見えないすっきりとした秋空が涼しくも、肌寒い風をのせる。
そこに、確かにいるのは記憶に古く若い十綾だった。
口元の乾いた血を拭って、足裏でコンクリートの地に顔を伏した誰かを踏みつけている。
うっすらと笑いが溢れつつ、記憶喪失よりも高い声で言葉を投げた。
「……何年ぶり?」
「…俺が、お前と一緒なら…10年ぐらいは経ってるよ、一護」
「へぇ」
「あってる?」
「あってる」
踏みつけた足を降ろして、こちらに手を伸ばす彼の手をとってピアスの開いていない耳で声を聞いた。
「で…|別世界《マルチバース》なんだっけ。俺達がいるところとは、別の」
「そうらしいね」
「はぁ、これまた不思議なもんだ…ちなみに後ろの野郎はあっちから喧嘩を吹っ掛けてきただけだからな」
「…だろうなぁ」
「もう少し早く来てくれれば…」
「たらればの話はやめて。今はとにかく…帰らないと」
「…そうだな……確か、空に願えだったか」
「願ってみた?」
「やったけど、効果なし。多分…」
「多分?」
「空に願うってよりは…地面に願う…とか」
「……どういうこと?」
「…さぁ…とりあえず、授業にでも出てみるか?」
---
「…だから、まぁ… △ABCにおいて、AB=5、BC=8、ABC=60° であるとき、辺 ACの長さは…AC=7だな」
上原が雑な方程式を書きながら授業を進めている。
やっているのは懐かしながらの余弦定理だが、1ナノメートルも理解できそうにない。
何分、数学は苦手ジャンルだった。
「橘?理解してるか?」
「…いや…全く……高校ってこんな難しかったですかね…?」
「今が高校生だろお前」
「いやいやいや、高校生の時でも理解してなかったですよ」
「……年齢詐称?」
「いやっ…」
横で松林が「橘さん、今日おかしいんですよ。頭を打ったんだと思います」と雑な助け舟を出し適当にグッドポーズをする。
多分、スケッチブックのペンは動いているのでもう何も言わないことにする。
納得したような上原が授業を再開し、つい難解なものに目を背けるように俺は窓を見た。
青葉の広がる木々が囲む校庭に続く校舎、知らない土地に過ぎない。
ただ、呆然と眺める景色の中で飛ばされて上から落ちてきた葉っぱが奇妙にも窓の外へ映った。
その途端、何かが頭の中で弾け、ガタッと席を立った。
そのまま二年の教室へ上原が叫ぶにもかまわず走り出した。
二年の教室で驚いた様子の十綾を屋上へ引き連れてフェンスのない上へあがる。
「…どうしたんだ?何か、変なことでもあったか?」
不思議そうに言う彼に頷いて、俺は口を開いた。
「|ABC探偵《親》ってのは、どういう人か…ようやく分かった」
「…なにを?」
「今までの仕打ちだよ、ろくなものがない」
「お前は良い方だろ」
「でも、十綾は違う」
「……要は…趣味が悪いって?それがここと、どう関係あるんだ?」
表情を変えない彼にゆっくりと言葉を流す。
「“空に願え”ってのは、落ちろってことなんじゃ?」
その瞬間に彼はため息をついて、次に笑って、諦めたように「そうだな」と答えた。
そのまま俺の手を引いて、「試してみるか」と誘う。
次に一緒に動かした足が宙を浮いて落ちるような、浮いているような感覚が長くなる。
何かがぶつかるような音は聞こえなかった。
**おまけ 【輝く灯】**
無音。
何かが変わったような気がして、窓の外を見る。
黒髪の二人が仲睦まじく笑い、堂々と授業をサボっている。
隣で亨が「…十綾?」と弟のサボり癖に難を示した。
ああ、成功したんだろう。それだけだった。
今日もこの学園は、平和なままだ。