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境
目が開いていて、白い天井と橙色の照明がある。
硬い床の上。
寝返りを打っても、知らぬ景色と知らぬ匂い。
「此処は何処、私は誰。」
そう呟く。
ふと、近くに足音が鳴る。
もう1度、寝返りを打つ。
「やっと起きたか。」
彼は、先輩と名乗った。
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「それで、記憶喪失ってわけか。」
歩きながら、知っていたような口調で話す。
「まあ、此処では全員同じだな。」
しばらく、コツコツという先輩の足音を纏い、それ以外の無音の中を進んだ。
此処について訊くと、彼はこう答えた。
「此処はエントランスホール、またの名を0階。」
白く無機質、ホテルのような広い廊下。
右の壁はガラス張り、中庭らしき緑色が見える。
でも、それらも全て無感情であった。
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それの前に、完全な無音に包まれた。
彼がボタンを押すと、まるで待ち構えていたかのようにすぐ開いた。
「貴方にはこの中で、失った記憶を取り戻してもらいます。そのためのエレベーターです。」
言われるがまま入り、閉じるボタンを押した。
「1階へ、さようなら。」
目の前が扉で塞がれ、真っ暗になった。
無音。
そして意識を失う。
エレベーターは進む。
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波音。
波音波音。
波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音。
波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音波音。
「ハッ…。」
目の前には、どこか切なく絶望的な、天道様が居た。
懐かしいと思った。
すぐ、聞き覚えのある声の音がした。
隣には、彼女が居た。
貴女はとても大切だった。
貴女に救われた。
どうして、此処に居る。
それは、思い出すためだ。
どうして、忘れていた。
それは、今はもう隣に居ないからだ。
どうして、居ない。
悟った。
大きな波音。
水面の向こうに彼女が揺れて、歪んで見えた。
あと、光も。
「あゝ成る程。それならそうと言ってくれれば良かったのに。」
死んだのは、貴女じゃない。
「冷たい。」