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喜びを知りし時
朝の都市は、夜とはまた違った静けさだった。
また新しい一日が始まるのを、レイは喜んでいた。
もう、一人ではない。それがレイにとっては一番の幸福だった。
「ユイナ、ごめん。昨日は取り乱して」
「いえ、あれは、どういう感情なのですか?」
「あれは……怒りだよ」
「怒り」
ユイナは復唱する。無表情でなにを考えているかは分からない。レイは金目金髪のアンドロイドの少女に話しかけた。
「君は?」
「ルシフェル・ルノウェーゼと言います。旅に同行させていただきます」
「うん。じゃあ、君を歓迎して、料理を振る舞おうか」
レイは笑顔で言う。ユイナは首を傾げた。
「料理?」
「食べものだよ」
ユイナには分からないものだろう。無表情でその姿勢を崩そうとはしない。
「おいで。ルシフェル。ユイナ」
レイはにっこり笑うと、始まりの地、旧研究施設地下室へと向かった。
「これが、料理?」
レイが出したのはオムライスだった。始めて見る黄色い物体に、ユイナは興味津々で、観察している。
「解析が終わりました。これに使われているのは、鳥科の卵。野菜をすり潰した汁。麦科の植物。鳥科の肉。野菜です」
「あぁ、そうだよ。食べてごらん」
レイはお手本にスプーンで一口すくって食べてみせる。ユイナもそれを模範して、食べた。もぐもぐと静かに粗食する。それから、もう一口食べる。まるで、作業のように、ルシフェルも無言で食べる。アンドロイドには「食べる」という概念がないのだ。
「おいしい」
ふと、ユイナが言葉を口にした。レイはびっくりして、席を立つ。
「その言葉、どこで覚えた?」
「知りません。この料理はおいしいです」
無表情だったユイナが少しだけ頬を緩めた気がした。気のせいなのか、それとも「喜び」を覚えたのか。
「今、君が感じているのは喜びという感情だよ」
「喜び」
「今の感情を忘れないように」
「はい。レイ」
「じゃあ、食べちゃおうか」
ユイナはそれっきり言葉を口にすることはなかった。レイはオムライスを口に入れて、噛む。母と同じ味。
「僕も、おいしく作れるようになったなぁ……」
今は亡き、母を想像して、レイは一人微笑んだ。
その笑顔は、今までに皆に見せたどの笑顔よりも、嘘偽りのない笑みだった。
オムライスを食べ終えると、レイはメモ帳に書き足した。
学習感情:喜び