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夏休みの初夏の頃
短冊も書き終えて、学校の宿題も配られ始めるころ、
ぼくはシュワシュワジリジリやかましくなくセミの声に悩まされていた。
「だめだー…暑すぎて集中できん…。」
授業中、ぼくはあまりの暑さに、イスの背もたれ以上に体をたおして、後ろの席のアキと目を合わせた。
ちょっと長くなった後ろかみがアキの机に擦れる音がする。
「ははっ、トウヤが死んでるー。」
えいえいとほをえんぴつでつつかれ、先生がもっとうるさくしてくる前に起き上がった。
「皆さん、これから待ちに待った夏休みですね。」
先生がそういうと、クラスのみんながイェーイと、小さくガッツポーズをしたりして、
セミのアカペラにくわわってきた。
「ですが、夏休みだからと言って、なんでもしていいわけじゃありませんよ〜?」
だけど、先生のそんな声を無視してみんなはもりあがっていた。
バーベキューに行こうだの、プール行こうだの、そんなことを話していた。
しだいにちょっと静かになったと思えば、ペラペラとプリントが配られた。
去年に配られたやつより、ちょっと漢字が多くなっていてつくづく感心する。
「ここに書いてある注意のところは、絶対に守ってくださいね。」
かみは染めちゃダメだとか、子どもだけでゲーセンに行っちゃダメだとか、いろいろ書いてあった。
中にはゲームのこととか、いろいろあった。
「質問がある人は手をあげてくださいねー。」
今の日付は7月23日。あと2日で夏休み。
思い返すと、たくさんの楽しみがある。
だけどぼくは…いや、ぼくたちは何よりも、''アイツ''に会うことがずっと楽しみだった。
手をとんとんとされて、アキの方に振り返った。
「なぁ、また''アイツ''くるかなぁ!?」
よくようがついた元気な声で聞かれて、ぼくはこう言った。
「ぜっっったいくるよ、だって来るって言ってたじゃん。」
''アイツ''は去年の初めての夏休みに初めて会ってこう言ったんだ。
『また夏になったら来るから!』
名前は知らないので、ぼくたちで『ナツ』とよんだんだっけ。
そしたらひどくよろこんで…。
思い出話に花をさかせ、ぼくらは『ナツ』を待った。
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登場人物
トウヤ…ちょっと達観したような少しドライな少年
アキ…トウヤの友達の、あったかくて元気な少年
ナツ…名前もわからない不思議な元気っ子
「おーい!元気してたかー!」
次の日の朝、起きると、台所にぼくより背の高いハルにぃちゃんがいた。
思わずびっくりして、ぼくはじっとハルにぃちゃんを見た。
「あははっ、驚くよなー!だってなんも伝えてないからな!」
ニカっとした笑顔で笑って、おかしそうにぼくをみて、
背が高くなったなーとか、もう2年生だなとか、おじさんくさいことを言ってきた。
「ハルにぃなんでいるのさ。」
「トウヤは相変わらずつめてぇなぁ…もう少し歓迎してくれてもいいじゃんか。」
「だって、朝起きたらいきなりいるんだもの。かんげいするすきもないよ。」
うへへぇとキモい笑いをうすらうかべて、ぼくの頭をわしゃしゃとなでてから、
ハルにぃは紙袋をさしだしてきた。
「ワイロなら受け取るよ」
「賄賂じゃねぇし受け取るのかよ、ただの土産だよ。」
ハルにぃが片手で差し出してきたお土産を、ぼくは両手でしっかり受け取った。
「おまんじゅう?」
「そー!おばさんたちが帰ってから食おうぜ〜。」
ぼくはふくろから箱を取り出して、冷蔵庫の中に入れておいた。
「そーいや今日からだっけか、夏休み。」
ハルにぃが聞いてきたので、ぼくは答えた。
「いーや?明日からだけど。」
「えっまじ?てっきり今日かと思ってたんだけどー…。」
ハルにぃはとたんに悲しそうな顔をしてきた。
「なんでそんな落ちこむのさ。」
「だってぇ、とっちゃんと遊びたかったんだもぉ〜ん。」
ハルにぃがせおってたリュックの中から、メンコとか、ゲームとかがいっぱい出てきた。
「うわぁ、ガキっぽ…。」
「ひどいやとっちゃん!せっかく遊んでやろうと思ってたのに!
「とっちゃんやめろ。てか、そういや父さんと母さんは?」
「みんなデパート行っちゃったよ。あーあ、留守してとっちゃんと遊ぼうと思ってたんだけどなぁ。」
「いい年した大人が何言ってんだよ。あととっちゃんよぶな。」
「大人じゃないもんまだ中3だもん…別にいいだろとっちゃん。」
「じゅけんせーじゃねえか。勉強しろ。あととっちゃんやめろ。」
「ぐわぁっ…。」
小さめなだんまつまと共に、ハルにぃはゆっくり下にたおれていった。
ぼくは机にあった朝食を食べ、ランドセルをせおい、げんかんへと向かった。
「あ、そうそうとっちゃん。」
思い出したかのようにハルにぃが言ってきた。
「俺ら夏の間しばらくここにいるからさ、よろしく。」
「うん。あととっちゃんやめろ。」
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大きめの石がコロコロしている砂利の道を歩き、石のへいのかげにかくれながら歩く。
にっくいことに学校までのきょりはそこそこあるのだ。
ミーンミーンと、昨日より少ない数のセミが歌っている。
ぼくよりヘタクソな声で自慢げに歌って、さらに夏らしくしてくる。
だけどそんなセミがいいって言った、ヒナってやつをふと思い出した。
あいつ、女子のくせに男っぽいシュミして、男っぽい話し方してたっけか。
もう転校してるから覚えてないけど、そのくせマホウ少女だとか、変に女っぽいのを好んでたりしてたっけか。
「おーい!トウヤー!」
向こうから声がした。アキだった。
「今行く。」
アキの方につくために、ぼくはランドセルをゆらしながら走った。
「いつ会えるかな!アイツと!」
黒いランドセルがならび、こかげのやみにまじりながら坂を登って行った。
「夏って言ってたしなぁー、アバウトだからわかんねぇ。」
「だよなー。」
ミーンミーンと、セミがまだうるさくなく…。
「アイツって親いるのかなぁ。」
「わかんねぇ。」
「だよなー。」
学校の校門がしだいにうかんでくる。
「会った時に聞こうぜ。」
ぼくはアキにひかえめにつたえた。
「だなっ!」
アキはまた、明るくなった。
校門をくぐると、なぜだか人だかりがあった。
みんな何かを見ている。ぼくらも気になってスキマをのぞいてみた。
人だかりの真ん中には、なぜかいっぴきのアジがいた。
まだ活がいいらしく、ぴちぴちはねていた。
「すっげーっ…生きてる…。」
感心したようにアキが言った。
飼おうだの食べようだの色んな話がした中、
1人の少年がいきなりアジをつかみこう言った。
「ごめん!これおれの!」
真ん中にいたけど、人だかりのせいで足しか見えなかった。
だけどズカズカと、ぼくたちのほうにくる感じがする。
だんだんときりが明けるようにハッキリしてきて、ぼくたちはハッとした。
ナツだった。
「あっ、ひさし…。」
アキがそう言いかけたとたん、ナツはいなくなっていた。
人だかりの真ん中のアジは、タカがとっていったとみんなは言っていて、
あの時のナツがいないことになっていたのがフシギに思えた。
「なぁ…トウヤ、いたよな?ナツ。」
「あぁ…いた。しかもガッツリアジ持ってた。」
「だよな…。幻覚…?」
なんともつめものが歯にはさまったような感じがして、思いが浮かばなかった。
その日の朝は、アジのことで話が持ちきりだった。
_____少し進んで、帰り道。
「あーーー!おーもーいー!」
アジサイにパンパンなランドセル、手さげにかりた図書の本。
アキはガッツリオーバーキルを入れられていた。
「少しずつ持って帰らなかったからだろ。」
アキの顔は、ひどく汗だくで、しんどそうにアジサイをかかえていた。
「あーもー、持ってやるからよこせ。」
「持ってくれるの…?トウヤやっさしー…。」
アキからアジサイと図書の本を受け取り、ぼくらはゆっくり歩いた。
「す…、少し休もう!」
ぼくらはこかげに入って、すいとうの水を浴びるように飲んだ。
「ぷはー!生き返るー…。」
そう言って、にもつを一旦全部置いて、休むことにした。
「アイツ、今年も遊べるかなぁ。」
あの朝のアジの事件から、どこか行ってしまったナツのすがたがうかんだ。
「たしかに見えたんだけどなぁ…。」
アキはそう言って、まっすぐ目の前の雑木林を見つめた。
「ま、会えるだろ。」
そーだな、とたがいに笑って、にもつをまたかかえて、歩き出した。
後ろの木のかげも笑っていた。