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4章 12話 再会
内臓が浮き上がるような感覚。体は重力に従って穴へと真っ逆さまに落ちていく。
この速度で地面に叩きつけられたら死ぬ。
僕は風魔術を駆使して落下速度を抑え、防御力を上げ、着地の衝撃に備える。
先程まで地面だった場所が近付く。
地面を構成していたものの欠片が頭を掠めた。
いよいよ地中に到達する、という所で――
意識に一瞬の空白が生まれた。
幸い、意識を飛ばしていた時間は一秒にも満たなかった。
頬を撫でる風の感触が消失する。落下が止まったのだ、と認識した瞬間、再び落下が始まった。
風魔術を発動。落下速度を軽減する。
念の為、身体強化系の魔術で防御力を上げておく。
そして、土属性の魔術を発動。一度きりの足場を作る。
岩の塊を蹴落としながら、僕はゆっくりと地面に近付いていった。
――高度を落としていくにつれて、地表の詳細な様子が見えるようになっていく。
穴の底は暗く見えづらかったが、鋭く尖った岩が屹立しているのは良く見えた。
「人?」
一瞬だけ、大穴の底に人影が見えた気がした。もしかしたら、メア達かもしれない。
早く底に辿り着きたい気持ちを抑えながら、慎重に下りる。
地面まで残り二十メートル位の所だった。
|蝙蝠《こうもり》を模したモンスターが群を成してこちらに向かって来る。
僕の周囲は天高くそびえる岩に囲まれ、避ける事は出来ない。
風魔術で迎撃……いや、こんな短時間で魔術を連発していけば魔力切れに陥ってしまう。魔術を使うなら、出来るだけ消耗を抑えられるようにしなければ。
という訳で、結局選んだのは風魔術でも、その使い方はいつもと異なった。
土魔術で近くの石柱を壊す。その内の一つをぱしっと握り、大きさを確かめる。大きな岩が、河原に落ちている石のような大きさになった。
それらに一斉に風魔術を掛ける。
風を伴って蝙蝠の元へ飛んでいき、その体を次々と抉る。
蝙蝠はたまらずといった様子でか細い鳴き声を上げ、墜落していった。
――一匹を除いて。
だが、この一匹が特別だったという訳では無かった。
「ごめんね、早く下に行きたいんだ」
普通の蝙蝠の何倍もの大きさをしているその脚につかまり、下に引きずり落としていく。
初めこそ抵抗していたが、抵抗が意味を為さないと悟ったのか、墜落しないよう羽ばたくのみに留まった。あるいは、一度仲間が根こそぎ沈められているのが効いたのかもしれない。
蝙蝠は頑張って飛んでいる。だが、いくら大きかろうと飛行する生物故に体重は軽く、自身の体重の何倍もある僕を支え切れる訳が無く、ずるずると高度が下がっていく。
地面まで、後五メートル。
出来ればもう少し下に下がってから飛び降りたい所。
後四メートル、三、二、一……
流石にもう良いだろう。僕は蝙蝠の脚から手を離し、飛び降りた。
「ありがとう」
そして、先程蝙蝠を殲滅する際に使った小石を取り出す。
蝙蝠からすればかなり屈辱的な事だっただろう。パラシュートの代わりに使われるなんて。
僕が恨みを買っていても面倒だ。
小石に風魔術を掛け、高速で射出する。
蝙蝠は絶命した。
「『|夜影剣《マガビナス》』」
穴の底に投げた|夜影剣《マガビナス》を喚び戻す。
『いきなり投げ捨てるんじゃねぇよ』
クロはご立腹のようだ。だが、僕の思惑を理解してなのか、本気で怒っている訳では無さそうだ。
「悪いね。それで、どうだった?」
『底の様子か? 特段、変わったことはなかったよ。それより、許可なく投げ捨て――』
「そうか。偵察ありがとう」
クロの言葉を途中で遮る。この先もクロを許可なく投げる可能性があった。
今のやり取りの通り、僕がクロを穴の底に投げたのは、底の様子を一足先に確認してもらいたかったからだ。決して、未だ信用の置けないクロをダンジョンの底に置き去りにして、無かった事にしようとした訳では無い。
「あ、いた!」
遠くから響いたのはスブシーディムの声。
ちょうど石柱の影になって顔は見えないが……人影は、一、二、三……三つか。
はぐれる前より一人多い。
「良かった。無事だったのね」
駆け寄って来たのは、メアとスブシーディム、そして……金髪の男。
会った事も無い青年を警戒しつつも、まずはメア達の無事を確かめる。
「無事でよかったよ。次の階層に行ったらいなくなってて焦ったんだ」
どうやら、スブシーディム達も僕と同じような状況だったらしい。
僕とメアは同時に口を開いた。
「僕も、いきなり霧に包まれて焦ったよ」
「ええ。私も、いきなりこんな谷底に出て驚いたわ」
「「えっ?」」
僕達の認識の違いに、二人で同時に声を上げた。
メアの言い方だと、この階層に来た当初からこの岩だらけの穴の底に居た事になるが。僕は霧がかった草原に出たはずなのに。
「今、それは大事か?」
今まで完全に空気だった金髪の青年がようやく口を開く。
大事かと問われれば、そこまででは無いと答えざるを得ない。ただ、普通にしていれば起こらない現象である事は確かだった。
と、それよりも。
「誰?」
目の前の金髪の青年の事が気になった。
「ゼイヴィア」
名前はゼイヴィア。
「……」
このまま自己紹介してくれるものだと期待し、無言で続きを促す。
「あー……」
言いにくそうにメアが言った。
「ゼイヴィアは、聞かれたことに対してしか答えないわ……」
それは良くないな。今の状況では。たかが自己紹介に時間と手間を掛けすぎると、モンスターが近付いていても気付くのが遅れる。
無理に本人から聞き出すより、メア達に聞いた方が良いかな。
「ゼイヴィアの詳細、分かる?」
近くに居たメアに耳打ちした。
「…………王立学園の二年生。いつも、放課後にダンジョンに潜っているみたい……後、効率に命を懸けているわ」
僕の中で、ゼイヴィアに対する警戒が別の方向で二段階程上がった。
ここは、少なくとも百階層より下。放課後に潜って辿り着くなんて、並大抵の強さで出来る事では無い。
「俺はそろそろ帰るが……お前達はどうする?」
「んー、そろそろ帰ろっか?」
「そうだね。あの不思議な現象についてもゆっくり考えたいし」
「そうね。良ければご一緒させてくださらない?」
ダンジョンからの退出。それが僕達の結論だった。
僕達は、それぞれが自分の手札を隠している。僕の場合は、|夜影剣《マガビナス》と魔術の無詠唱発動だ。
それぞれが自分の手札を隠して戦い続けた結果、本当ならどうとでもなる状況で全滅するなんて事も起こり得た。
「……良いぞ」
そう言った瞬間、ゼイヴィアが魔力を垂れ流し始めた。
突然の奇行に僕達は言葉も出ない。どんなものにでもなり得る魔力を捨てる行為。暴挙だ。
「な、何を……」
「……来たぞ」
僕の問いには答えず、ただ何かの来訪を告げる。
「ゴーレム……!?」
そう言ったのは、誰だったか。
立ち塞がるゴーレム。
相対するは、自信ありげなゼイヴィアと、僕達三人。一対四。
各々が武器を構え、ゴーレムを見据えた。
袋叩きだ。