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嫌いな彼と
あの日、悠馬が見た光景。
久我が、他の男と肩を寄せて笑っていた姿。
それは――偶然なんかじゃなかった。
ゼミ終わり、高橋に呼び止められたとき、久我は一瞬だけ迷った。
「このあと、時間ある? 今度の発表について、ちょっと相談したくてさ」
いつもなら断る。
だけど、今日は断らなかった。
「……少しだけなら」
そう答えて、高橋と一緒に門の前に歩き出す。
そこに、悠馬が待っていることを、彼は知っていた。
心のどこかで――気づいていた。
自分の「全部」が悠馬に伝わりきっていないことに。
それでも、何も言わずに安心したように笑う悠馬が、
どこか遠く感じるときがある。
ふたりになっても、
まだ“あのときの片想いの延長”みたいで、バランスが取れていなかった。
だから、少しだけ揺らしてみたかった。
「俺が他の誰かに笑ってたら、お前はどう思うんだろう?」
それを確かめたくなるような夜だった。
悠馬の目に、自分がどう映ったのか――
あの瞬間の硬直した表情が、ずっと頭を離れない。
けれど、悠馬は何も言わなかった。
問い詰めることも、怒ることもせず、ただ静かに微笑んだ。
それが、逆に痛かった。
その夜、久我は自分から悠馬を抱いた。
いつもより少し強引に。
言葉も少なく、ただ肌を重ねていった。
心を寄せる代わりに、身体を絡めることで繋がっているような――そんな夜だった。
キスは深く、けれどどこか切実で。
まるで“許し”を求めているようなキスだった。
ベッドの中で、後ろから悠馬を抱き締めながら、久我は小さく呟いた。
「……お前さ、俺のこと、ずっと変わらず好きって思ってる?」
悠馬は一瞬だけ動きを止めた。
「……思ってるよ。当たり前じゃん」
「じゃあさ……俺が、他の誰かに笑ってたら、どうする?」
「……嫌に決まってんだろ。俺、独占欲強いから」
その言葉に、やっと少しだけ心がほどけた気がした。
自分は、悠馬のなかでまだ“確かに欲しい存在”なんだと知れて。
けれど、そんなふうに確かめ合う夜ばかりじゃ、
いつかどこかで、ふたりは擦り切れてしまう。
久我は、ベッドの中で目を閉じながら思う。
「安心させることだけが、愛じゃない。
でも、試しすぎる愛は、いつか壊れる。」
わかっている。
それでも――壊れるのが怖くて、試さずにいられなかった。