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想いで縛って、離さないで
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
--- シイ・シュウリンは不老長寿である ---
ここでの不老長寿とは「ヒトよりも長生きだが、寿命はある」ことを指す。それ即ち、愛おしい彼はいずれ死んでしまうのだ。
そんな絶望的な事実を、シイの笑顔から思い出してしまう。目の前ではしゃぐ恋人に対して抱く感想が「いずれ死ぬんだな」なんて、言わずもがな最悪である。
「フーゾ、ホントに良いの?せっかくの海なんだし、風魔法と火魔法合わせれば水もすぐ乾くよ?」
「俺は見てるだけで良いかなぁ。存分に濡れ狼になってきな」
「はーい!」
手元のカメラで、愛おしい彼の時間を切り取った。古来には、このカメラを使えば相手の魂を抜き取ることができる…と、言われていたらしい。現実のシイは、忙しなく水面を揺らしては笑っているけれど。
今俺達は、貴重な休みを使ってメーラサルペのリブス洋に来ていた。無論、この休みは休日ではなく休憩の方だ。シイはともかく、俺に旅行ができるような2日以上の休みが与えられることは基本ない。
俺らがこうして呑気に海ではしゃげているのは、メーラサルペとの合同訓練のおかげなのだ。毎年恒例であり、同時に俺ら軍人にとっては合同訓練と書いて「同盟国観光」と読むような行事の一つである。
合同訓練は5日間。そのうち今日は4日目であり、一番自由時間が多い日だ。ウチの軍人どもはよくこの日に観光を行うようで、俺らの他にもここに来る前に街中で同じ隊服を見かけていた。
「他の奴らも来ればよかったのにな~。海だぞ、海!世界にたった二つしかない上に、こーんな楽しいのに!」
「まぁ、普通は海で上司と遊ばないからね」
「えっ、そうなの?」
「そうそう」
キョトンとこちらを見る男に愛しさを覚えつつ、ここの海に来るまでの道のりをふっと思い出す。
シイは同じ隊服を見かけるやいなや駆け出そうとするので、二人っきりで海デートをしたい俺としては凄く、すごーく困ったのだ。|運良く《運悪く》シイに声をかけられた隊員達に断らせるために、多少普段しないような目付きをしてしまうくらいには。
思い出して苦笑した俺とは対照的に、己の中で何かに納得したのか太陽のような笑みを浮かべたシイを、もう一度カメラの中に収める。撮れた写真を見て、やっぱりこの時間を守り抜くためならば部下達に暫くビビられても構わないと、本気で思った。
ふと、カメラの充電が少なくなっていることに気がつく。別に今切らしたって良いとは思うのだが、もしシイが写真を撮りたくなったときカメラが使えなければ意味はない。
仕方がないので、先ほどの写真で撮り収めとしよう。そう思って電源を切ろうとして……間違えて、撮影した写真が見れるボタンを押してしまった。ずら、と見覚えのある写真達が目の前に並ぶ。
(……どのシイも、笑ってる)
そんな感想を抱くほど、今日の海の写真にも、昨日の買い食いの写真にも、一昨日隠し撮りした訓練の写真にも、どの写真にも笑顔のシイ以外は写っていない。シイのことを知らない奴が見れば、シイはいつも笑顔の陽気な男だと思うのだろう。
俺はシイの笑顔が好きだ。シイが笑っていれば、祖国が滅ぼうが世界が消えようが、なんだって構わない。シイに笑ってもらうためならば、俺はきっと零くんだって手にかける。
俺は彼の笑顔のために生きて、彼の笑顔に生かされているのだろう。そうして生きていけることこそが、俺にとってはこの上ない幸せなのだ。依存とも狂信ともとれるであろうこの生き方が、俺のような男には案外丁度良いのかもしれない。
そうして撮影した写真を振り返るうちに、一つの写真に強く惹かれる。それは、唯一笑顔ではないシイの寝顔だった。
笑顔のときのシイは子供のような愛らしさを纏っている。見たものの毒気を抜き、自然と皆シイが好きになる、そんな笑顔だ。
シイの持つ天性の魔性とも言えるそれは、彼を知る人物であれば魅力の一つとして必ず挙げられた。シイ自身も己の笑顔は好かれるものだと分かっているのか、《《時折意識して》》微笑むときもある。
だからこそ、寝顔というのは彼の意外な一面足り得るのだろう。精巧な彫刻のような、美しい寝顔。太陽のような愛らしさは消え、月光のような美しさがそこには残っていた。
シイは、いつかこんな顔で死んでいくのだろうか?そう思うとぞっとする。
彼の太陽のような笑顔が失われてしまったら、俺はいつ朝を迎えられるのだろう。太陽のない朝なんて、暗くて夜となんら変わらないのに。
いつか訪れるその日を想えば、いずれ失われる幸せが、|笑顔《生きる意味》が、酷く恐ろしいもののように思えた。
そうしてカメラを見つめ呆然とする俺に気がついたのか、シイがこちらへと走ってくる。
「フーゾ、どうかした?」
「……いや、何でもない。シイがあんまりにも可愛いから、見とれちゃって」
「えーホント?まぁそれなら良いけど、暇なら一緒に遊ぼうぜっ!」
「うわっ!」
ぐっ、とシイに強く腕を引かれた俺は、よろめきつつ海へと入る。幸い俺もズボンの裾は上げていたため衣服は濡れずにすんだが、カメラを落としそうになってヒヤッとした。
揺れる水面に囲まれ強くカメラを掴んでいると、シイがそれに気がついたのか優しく俺の指をカメラから離していく。
俺の手から離れたカメラは、シイの手に渡って……そうして、砂浜の方へと投げられた。それも、だいぶ乱雑に。あの着地なら、壊れてはいないだろうけれど……
「あ……」
「…こら、オレと一緒にいるのに、カメラにベッタリとか浮気だぞ?てことで、これからはオレとの時間ね!はい決まり!遊ぶぞ~!」
に、とシイが蠱惑的に微笑む。それは、どの写真にも写っていない…俺だけに魅せる笑顔だった。嗚呼、今この瞬間だけ俺の目がカメラになれたら良いのに。
先ほどまで抱いていた離別への恐怖は、シイの笑顔によって波に浚われて、俺らを取り囲む輝きへと昇華していく。
ぐいぐいと腕を引っ張るシイにつられ、俺の足はもつれる寸前だ。どんどん離れていく砂浜とカメラから、俺の意識も離れる。
冬の海は案外冷たくて、周りには誰もいなかった。そのせいで、この世界は俺とシイのたった二人になったような錯覚に陥っていく。海の光が、忙しなく視界の端で揺れていた。
「ちょ、シイ!転ぶ転ぶ!」
「あはは、拗ねた恋人のご機嫌取りも彼氏の役目だぞ~!ほら、どーん!」
「…も~!可愛いことして~!!」
こちらの胸へと飛び込む恋人を受け止めれば、彼の触れたところから愛おしさで暖かくなっていく。熱は恐怖で冷えきった心に届き、柔らかく溶かしていった。
シイとこのまま一つになって、そうして消えてしまえればどれだけ幸せだろう。愛おしい温もりを腕に抱き留めて、二度と離れないようにしてしまえれば、どれほど。
「フーゾくん、力強くねぇ~?」
「そんなことないよ」
「ふーん…」
嘘だ。このまま混ざりあってしまいそうなほど、俺はシイを強く抱き締めている。このまま惰性でシイと過ごせる日々を消費して、来るべき日を迎えてしまいたくなかったのかもしれない。
シイも何かを感じ取ったのか、首に回されていた手がするりと腰に添えられる。肩に押し付けられた彼の額の温もりに、どうしてか泣きたくなった。
海のさざめきがふっと静まる。カモメも風も、音さえ消えたようなその瞬間、確かに世界には俺とシイしか居なかった。
そんな馬鹿なことを、一人嘯く。
怖い。シイが居なくなることが怖い。シイのいない世界が怖い。いずれ訪れる未来が、明日訪れるかもしれないその瞬間が、怖い。それでも、否、だからこそ、今この瞬間が愛おしかった。
嗚呼、でも、できるのならば、叶うのならば……
(…シイを、失いたくないなぁ)
終わらない人生はあるのに、終わらない1日はこの世界には無くて。沈んでいく太陽を眺めながら、俺はシイの額にキスをした。
--- 想いで縛って、離れないで ---
---
--- フーゾ・ギディオンは不老不死である ---
手を繋いで横並びで歩く恋人を眺めては、そんな事実をふと思い出す。オレの視線に気がついた男、フーゾは優しくはにかんだ。その目が「どうしたの?」と問いかけるようで、オレは聞かれてもいないのに「何でもない」なんて返した。
海で遊んで、オレの火魔法とフーゾの風魔法で濡れた足を乾かして、時々寄り道をしながらもオレたちは軍基地へと帰っている。
別に寄り道をしたいほど興味のある店は無かったけれど、海で遊んでいる最中に様子がおかしくなったフーゾを元気付けたかったのだ。オレは気遣いが下手だから、こうする以外思い付かなかっただけ、だけれども。
「…ねぇ、フーゾ。今日楽しかった?」
「うん、凄い楽しかったよ。シイは?」
「もちろん!楽しかったに決まってる!」
にっと口角を上げて目を細め、笑顔を作る。オレが笑えばフーゾも笑顔になるんだから、フーゾってば案外分かりやすい。
本当は、聞きたいことなんていくらでもある。どうしたのとか、何で元気無いのとか。それなのに、オレの口は乾いて上手く動かなくて、そんな自分が嫌になった。
「……フーゾ、思い出できた?」
やっと絞り出した言葉に、フーゾがほんの少し驚いたのを視界の端で捉える。ぎゅっと握った手に浮かんだ汗に、わずかな震えに気づかれたくはないのに。
フーゾは少し考えると、不思議そうに「できたよ」と答えてくれる。変なことを聞いてしまった、なんて後悔はもう遅く、オレが口を開くよりも先にフーゾの声が耳を震わせた。
「シイって、わりと思い出作り好きだよね」
「…まーね。色々、あるし」
色々ある、って何だよ。自分で言っていても変な言葉は、フーゾにはどれほど奇妙に聞こえているのだろう。この数秒で、オレの恥は増えていくばかりだ。あまりにも|初心《ウブ》で、あまりにも滑稽。
「色々、って…例えば?」
「…うーん。フーゾが、寂しくならないように…とか」
ふっと、いつかの言葉が喉をついて出てくる。頭の良いフーゾは言葉の真意をすぐに捉えたので、その綺麗な顔に影が落とされてしまった。
そんな顔をさせるために言ったわけでは無かったからこそ、その顔に胸がちくりと痛む。それと同時に、そんな顔にオレはどうしようもなく悦びを感じてしまっていたのだ。
嗚呼、|啊《ああ》、オレの可愛い恋人、オレの可愛いフーゾ!オレが、自分が死んだ後の話をする度に浮かべるその|顔《恐怖》に、オレはどうしようもなく嬉しくなってしまう。
「そう、だね…俺も、シイと過ごした日々を思い出す度に、生きていける気がするよ」
「へへ、照れる~。オレが居なくなっても、オレのこと忘れないでね?別に縛られなくて良いんだけど、さすがに忘れられるのは悲しいからさ!」
「…うん。うん。忘れないよ、シイのこと」
こんな話をしているけれど、別にオレの寿命がすぐそこに迫っているわけではない。平均的な天狼の寿命は1000歳前後で、オレは少なくともあと700年ほどは生きている。
それなのに死後の話なんて気が早いのではないか、とついこの間零くんにも言われてしまった。オレ自身、気が早いなぁと思うのだけれど……|こんな仕事《軍人と殺し屋》をしているからには、いつ死ぬかも分からないのだ。早めに話しておいても、損ではないだろう。
オレがいつもフーゾに伝えているのは「オレが死んでも大丈夫なように、沢山思い出を作ろう」ってことと「オレが死んだら、縛られなくて良いけど時々思い出してね」ってこと。オレはフツウの恋愛を知らないが、きっとこんな話をしている恋人達も一人くらいはいるだろう。
そしてその話をする時、決まってフーゾは苦しそうな顔をする。当たり前だ、恋人が死んだ後のことなんて考えたくないに決まってるのだから。オレ自身、それはよく分かっていた。
こつ、こつと靴が石畳を叩く音に心地よさを感じる。フーゾの顔は曇っていて、そこにオレへの愛を感じてしまうのは、きっと歪なのだろう。
オレはフツウの恋愛を知らない。だからこそ、フーゾに抱くこの気持ちが本当に愛なのかさえ、確かではなかった。
フーゾは、オレが死んだらどうするんだろう。フーゾが、オレの《《本当の想い》》を知ったら、どう思うんだろう。
寂しくならないように?縛られないでほしい?全てとんだ大嘘だ、建前でしかない!オレのことながら、笑いが込み上げてきそうだ。
忘れさせるわけがない。忘れさせてやんない。そのためにこうして思い出を作って、フーゾの心に楔として突き刺していくような真似をしているのだ。
オレがいないこの世界で幸せに生きるフーゾを想像するだけで、可笑しくって笑ってしまいそうだった。そんなの存在するわけない、存在して良いはずがない!!
「ねぇフーゾ、好きだよ。世界でいちばん」
「俺も好きだよシイ。……お願いだから、長生きしてね」
「善処しまぁす」
冷たい気持ちが、どんどん心を蝕んでいく。オレの死後も、せいぜいオレがいないこの世界で絶望しながら生きていけば良い。あの時みたいに"オレの代わり"を見つけることなく、ぽっかり空いた|穴《虚しさ》を抱えて生きていけば良い。
自然と力が入る繋いだ手も、悟られないようにフーゾの大好きな笑みを浮かべる。
この気持ちを何と言い表せば良いのか、オレはまだ知らない。きっとこれからも解ることなんて無いし、誰にも知られないまま墓場まで持っていくつもりだ。
歪で、こんなに冷たくて、それでもきっとこれは愛なのだろう。だって、これはフーゾにだけあげるものなんだから!!
「…シイ?どうかした?」
「…ううん、何でもないよ」
「そっか」
不思議そうな顔のフーゾに、今度は自然と笑みが溢れる。嗚呼、可愛いフーゾ。こんなオレに捕まった、可哀想なフーゾ。オレ以外と幸せになるなんて、絶対に許さないからね。
「本当に大好きだよ、フーゾ」
「…シイ?本当に、どう…」
甘い響きを纏った囁きは、きっと柔らかくフーゾの心を刺していくのだろう。そうして、オレが死んだ後にまた深く突き刺さって、癒えない傷をつくるのだ。それで良い。オレにしか癒せない傷を、オレのいない世界で抱えて生きれば良い。
暗くなりかけた空に、黒いカラスの影がいくつも飛んで行く。街中の目も何も気に留めず、オレは後ろからフーゾの肩に顔を埋め、首筋にキスをした。
--- `思い出で縛って、離さない` ---