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藤夢 其の壱
ね、あの子もだって
うそ、これで何人目?
さあ?
でも良いよね、羨ましい!
え?何処が?
だって、幸せな夢に行けるんだよ?しかも目覚めさせるのは──
ロマンチックじゃない?
「ちょっと、敦、早く来てよ」
「ま、待ってください」
(うぅ……溶けそう……)
「其れ位でへばってちゃ駄目って僕、何回言ったらいいの?」
「わ、分かってます……」
今日隣にいるのは、鏡花ちゃんでも太宰さんでもない。
今回は乱歩さんとの共同調査だ。
日陰にいても刺さってくる太陽が鬱陶しい。
対して乱歩さんは気にする風もなくずんずんと進んでいってしまう。
今回の調査は、単なる人探し。
乱歩さんは奇怪奇天烈な事件ばかりを受ける。
そのため、この依頼は本当は彼の担当ではなかった。
なのに何故乱歩さんがいるかといえば、至極簡単なことである。
社長に応援されたから。
ただそれだけである。
今回の依頼は自分一人で受けるには色々な意味合いで難があるらしい。
だが、今日は運悪く調査員が出払っていて、僕と組む相手が乱歩さんしかいなかったのだ。
(乱歩さんなら人探しなんて一瞬で終わるだろうな)
彼の流石は名探偵という推理力なら一瞬で解決できるだろう。
この茹だるような暑さの中外にはなるべく居たくないから、そうなれば嬉しい限りだ。
最近、少し色々と考えてしまって眠りが浅いから、少しふらついてしまう。
其の時。
トンッ
「あ、すみませ……」
関係のないことを考えながら歩いていたのが悪かったのか人にぶつかってしまった。
相手の黒い髪が舞う。
そのときふと、何かの花の香りが鼻をくすぐった。
「あら、失礼」
美麗な声だった。
思わず立ち止まってしまった僕には目もくれず、その女性は僕とは逆方向に去っていってしまった。
ぼんやりと其方を見ていると乱歩さんが手を振って主張してくる。
「あ、今行きます!」
僕は走りながら先程の女性が頭から離れなかった。
---
「長い黒髪、切長の黒目、背は160センチくらい……そんな女性山ほどいるじゃないか!」
何かといえば、探し人の特徴である。
社長の効力が薄れてきたのか諦めモードに入った乱歩さんを宥めながら僕も特徴を反芻する。
確かにそんな人はヨコハマにいくらでもいる。
「でも藤色の着物姿ですよ?流石に余り居ないと思うんですけど……」
僕はお冷を口にしながら言う。乱歩さんは大きな|芭菲《パフェ》をぱくついている。
今僕たちが居るのは小洒落た喫茶店だ。
「んーまあ、調べによると、ここは彼女の行きつけだそうだ。一週間に一日やって来るらしい。今日来る可能性が高いとも聞いてる」
乱歩さんが|匙《スプウン》を左右に振りながら言う。|凝乳《クリィム》が飛びそうでヒヤヒヤするなあ。
窓の外に目を向けると、庭にあった花が目に留まった。
大きな藤の花が咲き乱れ、行き交う人々の多くが思わず立ち止まっている。
窓越しでも芳しい香りを感じられそうな大輪の紫の花。
その時、僕の頭に引っかかるものを感じた。
そう言えば、先程の女性は黒髪ではなかったか。整った顔立ちではなかったか。160センチほどの背丈ではなかったか。
詳細を思い出していけば行くほど焦りが大きくなる。
僕は冷や汗が流れるのを感じた。
真逆……。
「……依頼人が言っていた特徴ってどんな物でしたっけ」
「へ? だから、黒髪黒目の特徴のない容姿……」
「いえ、あの……香りについて。何か言っていませんでしたか?」
恐る恐る尋ねると乱歩さんは嗚呼、と言う風に手を打った。
「そういえば、藤の香りがするって言ってたね。其れが如何したの…って、敦?」
嗚呼、やってしまった。もっと特徴をよく覚えておけば良かったのに。
こてん、と首を傾げる乱歩さんに向かって口を開く。
「探し人、逃してしまったかも知れません」
「はぁぁぁぁああああ!?」
---
「敦! 何をしとるんだ!」
「御免なさい……」
僕は探偵社に帰ってきていた。
ドアを開けると、既に国木田さんや太宰さんは帰ってきていた。
あ、どうやって伝えよう、と僕が思った其の時には、乱歩さんは駄菓子を食べに行ってしまっていた。
そして、今に至る。
国木田さんが注意を続ける中、後ろから声がかかった。
「まあまあ、国木田くん。一週間に一度の明確な機会を逃したからって、そんなに怒らないでやってよ。反省してるみたいだし」
太宰さんだ。大方先ほどまでソファに寝そべってサボっていたのだろうが。
「すみません……」
謝罪しても仕切れない。
善意のフォローも申し訳ない。
そして太宰さん、少しあなたのは皮肉っぽいです。
傷を抉らないでください……
うぅ……結局は特徴を全部覚えてなかった僕が悪い……。
「でも、次は必ず引き止めます!」
大きく頷きながら反省を口にした時だった。
「…………!?……ッ……」
全身がピリッとするような感覚を覚えた後、何故か突然眠気が襲ってくる。
駄目だ、起きていなくては。
そう思うたびに瞼が重くなってくる。
こんな事は是迄起きた事も無い。
疲れを溜めていた覚えもない。
何故? 如何して? 頭がぼうっとする。
そして、此れはきっと、混乱の所為だけではない。
「……敦くん? 敦くん!」
遠くの方から太宰さんの声が聞こえる。
すみません。矢張り探し人、見つけられないかもしれません。
心の中で謝罪を再び口にすると、僕の意識は抗いようのない睡魔に引き摺り込まれていった。
---
「此れは困ったねぇ」
私、太宰治は突然床に倒れ込んでしまった後輩を眺めながら呟いた。
微かに健やかな寝息が聞こえることから、体調が悪い訳では無いのだろう。
先輩に叱られていると言う状況で寝て仕舞うなど、余程疲れていたのだろうか?
しかし、こんな床の上で寝るような子では無い筈なのだが。
悪い予感が頭をよぎる。聞いたことのある悪い噂だ。
だが、そんなはずがない。
頭を振ってその考えを押し出した。
「だ、太宰? 敦は大丈夫なのか?」
恐る恐ると言った様子で国木田が声を掛けてくる。
「大丈夫……とは言えないかもだけれど、寝ているだけだよ。……よっと」
私は敦くんを抱え上げてソファに運ぶ。
「ふう」
移動させてもまったく起きない。瞼を閉じ、微動だにしない。
これで、微かに胸が上下しているのが解らなければ、精巧な人形と見紛うかも知れない。
敦君が微かに呼吸をした、その一瞬、ふわりと藤の香りがした気がした。
はて、と内心首を傾げていると、背後から人が覗き込んできた。
「おやァ、敦はおねむかい? 珍しい事もあるもんだねェ」
しげしげと眺めるのは与謝野女医。その横にはナオミくん。
「あらあら。敦さんも幸せな夢を見に行ってるんでしょうか?」
「?」
少々不思議な言い回しに与謝野が疑問符を浮かべる。
噂、その単語にぴくりと反応してしまう。
「あら、知りませんか? 最近の噂です。ある方法を使うと、|現実的《リアル》で幸せな夢を見に行ける。ただし、本人が満足する迄絶対に目醒めることはできない。一生眠り続ける可能性もある……一寸怪談めいた話でしょう? まあ、ある方法というのは分からないのですが」
「そうなのかい。初耳だ。ねェ、太宰?」
「そうですねえ」
私が考えていたものとは違ったようだった。よくある噂だろう。夢見がちな若き少女や怪談好きの間で流行りやすい物だ。
「確かその方法を使った人は……」
「ん?」
敦くんを凝視して眉を顰めた与謝野に声をかける。
「如何されました?」
「いや、こんなの敦はあったかなァ、って思っただけさ」
そう言って指さしたのは首元だった。薄紫色の蔦が這ったような痕がある。
其の痕を見て私はわずかに目を見開いた。
小さく、ひっという声が聞こえて顔を上げると、ナオミくんが顔を青くして敦くんを凝視していた。
「ナオミ? 如何かしたかい?」
与謝野女医が声を掛けても聞こえなかったかのように反応しない。
「ナオミ?」
与謝野女医が再度呼ぶと、ナオミくんはふるりと体を震わせて言った。
「……幸せな夢に行く方法を使った人の首元には、藤色の痕がつくのです。丁度…敦さんのように」
敦くんは微動だにせずにただ、眠り続けていた。
眠り姫です!
長くなりそうなので此方で切ります
展開がうまくいかない……!!!
口調とかが変かもしれません
大丈夫だと思いますが……
誤字脱字あったら御免なさい
ここ迄見てくれた親切な方に心からの感謝と祝福を!