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〖赤毛の仮面舞踏会〗
まるで密着しているような赤毛を揺らす青年が赤毛ばかりの行列に並んでいる。
その燃えるような赤毛は風に揺れることなく、太陽の光を強く反射していた。
その赤毛を生やした青年は一歩一歩と進む行列を長い時間進んでいき、やがて現代的な建物の『Lie』と看板が掲げられた施設の前に立った。
その施設の扉は自動的に開かれて、恰幅の良い男性が合間見える。
「ようこそ、Lieへ。チラシを見ていらっしゃったんですか?」
「...え?え、ええ、まぁ...そうですね」
「それは有り難うございます。それで、その件についてお話したいのですが...別室へ移動してもよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「ご協力、感謝します。それでは、どうぞこちらへ」
その男性に近づかれ、部屋へ促される時、ふんわりと独特な、どこか青臭い甘い香りが鼻を刺した。
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「貴方の髪の毛は、地毛ですよね?」
不意に、移動中に男性からそんなことを聞かれた。予想通りの質問である。
「ええ、そうですね。でも、仕事の関係上、ワックスで固めることが多いんです」
「へぇ、そうなんですか。通りで硬く、輝いているなと思いました。何のお仕事をされているんですか?」
「...本の、翻訳者ですね」
「それは素敵な職業ですね。僕も翻訳って、色んな言語が分かるみたいで好きですよ。
ところで、顔立ちは日本のようですけれど、ご両親のどちらかが外国人の方なんですか?」
「両親ともに日本人なんですが、父方の先祖辺りに赤毛の方がいらっしゃったらしくて...多分、遺伝子の突然変異だと思いますね」
「そうなんですね。珍しいものですね」
「ええ、その通りです」
実際、俺の髪は黒だし、赤毛の先祖なんていない。
突然変異なんてそう簡単にあるはずがない。だから、この行列の人の何百人が嘘の赤毛なのは確かだから、疑っているのだろう。
しかし、日村が用意した赤毛のウィッグは頭皮にぴったりとくっついていて、ワックスの影響もあるのか取れる気配がない。おそらく質問されることになるだろうと危惧していた内容もしっかりと答えられたのだから、一先ずは安心だ。
しばらく歩いて、一室へ案内される。二つのパイプ椅子に挟まれるように配置された机に、鉛筆や紙が用意された六畳くらいの一室。
部屋に入って、閉められた扉はとても重く感じた。
そのパイプ椅子の一つに男性が座り、こちらにも座るように促した。
「...失礼します...」
「どうぞ」
椅子をひく音がした後、少し静寂が通り、すぐに過ぎていった。
「ひとまず、お名前をお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「...|佐藤亮《さとうあきら》です」
よく分からないところで、「俺の名前は和戸涼です」なんて本名を名乗るわけにはいかない。
それに亮...あの、桐山亮だ。なんとなく、気に入らないから犠牲になってもらおう。
「佐藤亮様ですね。この度は結婚相談所〖Lie〗 へ足を運んで頂き、有り難うございます」
「けっ...結婚相談所ぉ?!」
「ええ、良い反応を有り難うございます。ただし、今回はそのお試しというか...なんというか、プランの試験者になっていただくといった形ですね」
「...えっと、つまり...?」
「弊社は結婚相談所のプランの一つ、カップリングパーティー...所謂、婚活パーティーですね。
それを主に予定して、他の結婚相談所から指定された方々のより良いお相手様を探す手助けをする会社です」
「は、はぁ...」
「それで、その為にはどんな方にも楽しんで頂ける完璧なお膳立てをしなければなりません。
ですから求人募集を婚活パーティーの試験者としての儲け話、と紹介して...その募集した方々を分かりやすいよう、あまり見ない髪色で時給一万円で募集していました」
「......?...それなら、赤毛が地毛かどうかは関係ないのでは...」
「それは思います。ですけど...」
「ですけど?」
「僕にも、分からないんです。僕、先月入ったばかりで理由も分からなくて...」
ぞう言って、顔を曇らせる。それが悲しそうに見えた。体型に合わず、小動物のようだ、とも。
「えっ...え、ああ、そうなんですか」
「そうなんです...。ひとまず、佐藤様。契約書にお名前を記入して頂いても大丈夫ですか?」
どこか申し訳なさそうに紙と鉛筆を手渡してくる男性。これは、記入して良いものだろうか。
怪しさが拭えない事務所だ。ろくなことがない気がするも
「...その、僕...ちょっと、また後日にでも...」
「佐藤様」
「はい?」
「申し訳ありませんが...流石に、嘘ですよね」
男性がそう言った途端、後ろの扉に鍵がかかったような音がした。気づいてそこから逃げたら、何か良くない気がすると肌で感じる。それに悟られないよう、目の前の体型通りの大きな猛獣を見つめて、口を開く。
「嘘?嘘とは、なんですか?」
「あんなに長い行列を並んで、お話をお聞きになって...辞めるというのは些かご理解しがたいです。
ご自分のお気持ちに嘘をつかず、素直にこの儲け話を受け入れるというのが自然ではないですか?」
これは、脅迫だ。儲け話でも、自分の気持ち云々の話じゃない。ただ、どこか怪しい会社の脅迫の契約だ。
「僕は素直ですよ。その話を聞いて、儲けられるというところが何か引っ掛かるんです。時給三万なんて、普通じゃない!なんですか、これ?噂の闇バイトですか?」
「闇バイトだなんて...まさか、正式なアルバイト募集ですよ。3日間のうち6時間で、擬似的な婚活パーティーに参加して、楽しむだけですよ?それで、約18万円の儲けじゃないですか」
「そっ...そんなにあたる時点で、怖いんです!そもそも、何人の募集...」
「三人です」
「三人...?婚活パーティーですよね?」
「はい。でも、他のところからも色々と来ますので」
「でも、約18万円って...」
「美味しい蜜を口につけずに保管しておくつもりですか?」
例えが独特だ。でも、結局、
「ええ、保管しておくつもりです!僕はもう帰りま...」
帰ります、と言いかけた時に日村の要望を思い出した。
〖出来ることなら、内部に潜ってほしい〗
これは演技云々関係なく、本当に欲しい情報なのだと分かっていた。
とらなかったら、あの厄介客が何を言うかは知れている。
なら、
「...参加、します」
「本当ですか?!」
「はい、すみません。あまりにも出来すぎた話だったので...取り乱してしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ!では、こちらにサインして頂いて...」
男性が紙を差し出す。その紙に佐藤と偽名を書いた途端、後ろの扉からカチャンと鍵の開いた音がした。
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「...あの、日村さん...」
「どうした、涼くん」
「何故、貴方もこちらに...?」
「ああ...面白そうだと、思ったから」
ぶっきらぼうにそう言い放って、婚活パーティー...Lieの事務所の制服に身を包み、せわしなく手を動かして、ワイングラスを拭く手を止めない。
あの行列へ入った日から三日後、指定された日時の会場にて“婚活パーティーの試験者”としての採用が行われ、現に今、その会場で試験会が開かれるのを待っている最中で少々お手洗いにと廊下を歩けば近くに予備されたワイングラスを拭いているところのスタッフとして潜入した日村の姿があった。
「面白そうって、でも...」
「...まぁ、君の話も分からなくはない。一旦、説明しよう」
そう言って、ワイングラスを優しく置いて口を開いた。
「この事務所が主催した婚活パーティー及び、テストは普通じゃない。これは、分かるね?」
「そう、ですね。なんとなく、契約書にサインした時も威圧感がありました」
俺がそう言った途端、日村の目が大きく開かれた。
「...サイン?サイン...ああ、君は...」
落ち込んだような声に自分が何をしでかしてしまったのかと思い、声を挙げた。
「な、なんですか?俺、サインしちゃダメだったんですか?!」
「いや...そういうことではなくてね...。これは君が大丈夫なのが分かるから良いが...」
「ひ、日村さん!ちゃんと説明して下さい!」
「分かってる、分かってるよ...。
ええと、このパーティーはおそらく、暴力団関係だ。この暴力団体が前の爆破事件と関係があるかは定かではない。しかし、爆破された建物は銀行で...ああ、銀行といっても貸金庫のみの銀行らしい」
「貸金庫ですか?金融ではなくて?金融なら爆破された理由がつきますよね?」
「ああ。確かにその通りだよ。でも、貸金庫なのは本当だ。
その爆破した本人は貸金庫の持ち主ではないのは明白で、その本人にとって、その銀行に何か法に触れてでも取り出したい重要なものがあったのは事実なんだが...それが分からないんだよ」
「お...お金、とか?知人の莫大な富とか...?」
「そんなものを貸金庫に入れるくらいなら、普通に銀行に入れるだろう」
「じゃあ、宝石とかですか?」
「貸金庫に入れるぐらいなら、自分で持つのが一番安全じゃないか?」
「う...それも、そうですね。だったら、何なんですか?」
「知らないよ」
知らない!?そこまで否定して、引っ張ったくせに!?
「なんだ、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をして。そんなに答えが欲しかったのか」
「...いえ...」
「......ヒントになるか分からないが...貸金庫は必ずしもお金や宝石があるわけではないよ。銃器や医院の患者カルテ何かがあるところもあるそうだ」
「はぁ...つまり...?」
「...ここには普通ではない何かがある、とだけ」
「それは...どうも」
そして、またワイングラスを拭きはじめる日村。そこだけは様になっているのが腹立たしい。
日村の言っていた暴力団関係と思われる婚活パーティーの皮を被ったこのパーティーは、どんな化けの皮を被り、正体は何なのだろう。
そう考えて、綺麗になったワイングラスを見れば、輝く赤毛のヴィッグを着けた自分の姿が鮮明に映し出されていた。