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原稿
地元でも比較的有名で、あちこちの学校を転々としているらしいというモンスターペアレントの対応に追われ、気づけば授業は終わっていた。ペコペコと何度も謝っているうちに、何もかもが馬鹿馬鹿しくなっていた。
わたし・|藍村理沙《あいむらりさ》は、今年23歳になる中学教師だ。2年3組を受け持ち、文学部の顧問をしている。
全20ページで構成される雑誌を、1か月ごとに出す。内容は問わず、イラストでも小説でも漫画でもエッセイでも構わない。文学部は比較的静かで、放っておいて作業もできるのは有難い。
文学部の部室へ行くと、すでに何名かいた。青春とは縁がなさそうだな、と勝手に思う。
「あ…藍村先生、これ」
おずおずと差し出してきたのは、2年3組の|佐々木玲奈《ささきれな》だった。
玲奈は、文才が全くと言っていいほどない。画力もない、アイディアも下の下だ。なのに文芸部にいる理由は不明だが、たぶん他の部が運動部だからだと踏んでいる。玲奈の運動神経は絶望的で、この学校は部活に入るのが義務付けられている。だから、仕方なく文芸部に入っているはずだ。
酷くやつれている。目の下には、くっきりとしたクマ。ああ、あんなモンスターペアレントを親にしたら、流石にこうなるだろう。モンスターペアレントの娘も楽じゃないはずだ。当然、悪ノリが趣味の男子らからは色々言われ、女子からヒソヒソ囁かれる。
「わかりました、印刷しておきますね」
不自然なほどに微笑み、わたしは玲奈の原稿を預かった。
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玲奈が死んだ、という一報を聞いた。学校から帰り、目的もなくローカルテレビを点けたときだった。
「は?」
玲奈は元気だった。元気ではなかったかもしれない。だが、友達と会話を楽しんでいた。苦ではなさそうだった。
玲奈の母親である、|佐々木玲美《ささきれみ》は、わざとらしくハンカチを当てていた。こういう奴じゃないはずだ、玲美は。
「中学2年生である佐々木玲奈さんは、今日の17時頃死亡していたと推測されています。絞殺とみられているので、他殺の疑いがあります____」
絞殺、か。
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普段忙しいのに、えらく忙しくなった。
玲奈が死んだということをクラスメートに伝え、警察からの捜査を受けた。いじめはあったか、親はどうだったか、普段どんな様子だったか。
犯人でもないので、わたしは正直に答えた。親は正直に、モンスターペアレントだったと答えた。その言葉を嗅ぎつけたのか、警察は玲美へと焦点を当てた。
「そんなことしませんっ…」
こんな歳になって、悲劇のヒロインを演じるなんてイタすぎる。涙なんて出ていないのに、ハンカチを当てる。彼女がモンスターペアレントなのは、玲奈を大切にしていたからではない。この辺りでも有名なモンスターペアレント。育児は嫌いだったらしく、父親は出ていったきりだそうだ。育児のイライラを、教師にぶつけることしか、自分のストレスを発散させることができなかったらしい。
やがて、玲美の部屋から、絞殺したとみられる紐が発見された。その後、玲美は逮捕された。
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そういえば、と玲奈の原稿をめくってみた。玲美が逮捕されてから、玲美の対応に追われることはなく、なんとなく胸がすっとしていたのは事実だった。
「は?」
最後のページの隅。衝撃的なことが、小さく書き込まれていた。
『私は死にます。自殺ですが、絞殺に見せかけます。その後、母の部屋に証拠を集めます。これで、地域全員母の影響を受けなくていいはずです。どうせ私は生きてても、何の才能もないから。先生、この原稿は先生が取っておいてください。釈放された後、冤罪として世にしらしめてください。私は母が嫌いだった』
うーん、なんかミステリーを書きたかったけど、不自然極まりないな
やっぱミステリー作家ってすごい