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蒼空に謳う#3
あ、発作だ___
そう思ったときにはもう遅い。
目の前が真っ暗になる。
酷い耳鳴りがして、手足から力が抜けた。
薄れゆく意識の中で、温かいものに抱きしめられたのを感じた。
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ふと目を開くと見覚えのある天井があった。
ツンとした消毒液の匂いの中に嗅ぎなれた匂いを感じて横を見やる。
色素の薄いふわふわ頭のつむじが見えた。
どうやらずっと手を握られていたようで、じんわりと手汗を感じる。
仕方がないので反対の手を一生懸命に伸ばして、そのふわふわをふわふわしてみる。
甘い香りが広がった。
彼は寝てしまったらしい。
珍しい。
そう思って寝顔を拝見しようと顔を近づけたが
「なんだよ」
ややハスキーな声とともに彼は顔を上げてしまった。
やけに整った顔面が至近距離にあって、思わず笑う。
「体調は」
「まあまあ」
「給食は」
「ちゃんと食べたよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないし」
「運んだときクソ軽かったけど」
「運んでくれてありがとうっ!」
「もっと食え」
「無理」
「食え」
「無理」
「食え゛ぇ」
「無理」
わたしたちが言い合っていると
やけに美しい養護教諭が顔をのぞかせた。
「結田、もう5時だけど、どうする」
「部活」
「おっけ。体調気をつけろよ」
もうすっかり常連である。
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「なんで高3の教室にいるんだよ」
保健室から出ると、彼、|黛和主真《まゆずみかずま》は訪ねた。
莉子はなんでだっけ、と一瞬思考する。
「ああ、和主真にエッジボイス教えてもらおうと思ったんだった」
エッジボイスとは歌唱テクニックの一つで声帯をひらひらさせたときに発生する、低くきしむような振動のことである。
「なんで俺なの。引退したじゃん」
和主真は莉子にでろーんと覆いかぶさったが
莉子はもう慣れっこではらりと腕を払う。
「和主真が『俺はもう大学決まってるから、いつでも教えてやるからな』って言ったんじゃん」
「そーだっけ」
「そーだよ」
保健室は第一管理塔にあり、昇降口のある第一校舎までかなり距離がある。
さらにその第一校舎から歩いて部室のある小屋まで行かなくてはならない。
莉子にとって和主真は部内で唯一のボーカリストの先輩であり、小さい頃から一緒にいる兄のようなものである。
だからこの時間はすごく大切なものだった