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第九話 雨夜、ウォーキング
まだ戦わないよ!
次までしばし待て!
(どんだけ待たせるんでしょうねこの人は)
雨夜たちは、廃校への道のりをゆっくりと歩いていた。そんなに急ぐ必要はない。あくまでエネミーは潜伏しているだけなのだから。
それにしても、と雨夜は辺りを見渡す。
一面、薄く霧がかかっている。とはいえ、ある程度辺りは見渡せるが。仲間も全員目視できるし、ややぼろぼろの家屋も見渡す限りある。ただ、建物の隙間を縫って遠くを見ようとすると、駄目だ。遠くに行くほど白色が濃くなる。
そして、この霧は全てアンノウンだというのだから驚きだ。驚倒を通り越して戦慄すら覚える。これをテロリスト風情がやってのけたということが信じられない。
「大丈夫ですか、みなさーん?」
日向がさくさく歩きながら声をかけている。相変わらず世話焼きだ。
雨夜はというと、実は、歩き通しで少し疲れてきた。もちろん、プライドが許さないので決して弱音は吐かないし足も止めないのだが。気力をもたせるため、ふうっと息を吐く。
『みなさん、目的地まであと1キロです。気を引き締めてください』
びくん、と身体が跳ね上がる。
まずい。おかしな挙動を誰かに見られていないかーー雨夜はだれもこちらを見ていないのを確認して、ほっと息をつく。
数時間前の夕守の言葉を思い出す。ーーどうやら雨夜たちは、アンノウンを通じて頭の中で通信を行えるらしい。アンノウンの共鳴、とかいったか。
人間離れがどんどん進んでいくことに雨夜は名状しがたい思いを抱いた。武器生成の次は、テレパシーか。
『ナビならロクがやるよ? 桜庭くん』
『いえ、結構です』
『えー、やらせてよー』
『一人でできます』
『そんなこと言わずにさー』
『……いい加減黙れ』
『怖っ! 分かったってば、もー』
……うるさいな。多重人格って案外こんな感じなのだろうか。だとしたら正直多重人格者に同情する。
とはいえ、実戦にはかなり役に立つ。
残り数百メートルです、ということばを桜庭が発したあたりで、昼神があたりをきょろきょろと見渡しはじめた。
狙撃拠点を探しているのである。すぐに動きを止め、朝霞を手招く。
「いいかも、ここ。登ろう」
そう言って昼神が指差したのは、それなりの高さがあるマンションだった。昼神はマンションに近づき、背中にあらかじめ担いでいた武器ーー|狙撃銃《スナイパーライフル》で、パスワード認証らしきガラスの扉を一息に打ちつける。
アンノウンはともすれば鉄よりも硬い。何度も叩きつければ、ガラスはやがて砕け散った。昼神は朝霞をつれてその穴に入っていく。
昼神たちはここから雨夜たち前衛を援護する。そこで活躍するのがテレパシーだ。狙撃のタイミング、戦況など視覚では伝えにくいことまで逐一報告できる。
別れ際、昼神はぴっと敬礼をした。無視しようとすると、とんとんと肩が叩かれる。日向だ。反対側の手で敬礼をしている。見ると、春冷も敬礼をしているではないか。
どうやら敬礼は昼神隊流の儀式らしいということを悟り、雨夜は仕方なく敬礼をした。昼神は微笑み返し、マンションに入っていった。
しばらく経つと、頭の中に声が響く。
『ついたよ、屋上。狙撃オッケー、いつでも』
『了解しました。鴇崎さん、エネミーの数はどれくらいですか?』
「んー、結構遠いからここからじゃさすがに正確な数は分かりませんね。うじゃうじゃいるのは分かるけど……。もったいないけど、しょうがない、使うか」
答えたやつーーおそらく鴇崎という名前だーーは、頭に手を当ててすっと目を閉じた。
手持ち無沙汰な雨夜は、昼神と桜庭の声が脳内で響く様子に、ところで多重人格って案外こんな感じなんだろうかとどうでもいいことを考える。そうしていると、鴇崎が目を開け、また喋りだす。
「だいたい、五百くらいいますね」
「五百、ですか!?」
全員が一斉に叫び声の元を見る。叫んだのは、日向だった。日向は、あ、と間抜けな声を漏らすと、恥ずかしそうにうつむく。
「まあでも、多いですね」
日向をフォローするように、春冷が言った。
「普段に比べると、だいぶ……。ふふ、でも、それってエネミーをたくさん殺せるってこと……ふふふ」
……危ない人の気配がする。
「さ! 作戦はどうするんです? ほら、エネミー、数多いんですし……」
「あ? たてねえよ、んなもん」
巨体がこちらをぐるりと向いた。でかい。体格に比較的恵まれていない雨夜は、驚愕を込めて熊のような体躯を見つめる。
背負う|戦斧《バトルアックス》が小さく見えるくらいの身体、しかし、その口から発せられるのはアルト。女だ。
「作戦なんてあっても役に立たねぇよ。あってもどうせ計画通りにいかねぇしな。なぁ、鴇崎」
「主にきみらの暴走のせいでね、逢沢」
「あ?」
鴇崎はやれやれと肩をすくめ、ガンを飛ばす逢沢を無視しながら、桜庭とテレパシーする。
「そういうわけなんで、いつも通り作戦はなしですね」
『分かりました。では、攻撃の準備を整えてください』 鴇崎は「了解」と呟く。雨夜はナイフを取り出し、一度二度振ってみる。ナイフは研ぎ澄まされた鋭い音を出した。
雨夜がそうしていると、鴇崎がはたと思い出したように、もう一人の鴇崎の隊のやつに注意した。
「亞間宮。一応言っておくけど、煙幕使わないでね」
「えー。なんでさ、鴇崎サン」
銀髪ウルフの亞間宮というやつは、にやにやしながら|短剣《ナイフ》を弄ぶ。
「連携が乱れるから。特に、初参加のやつもいることだし」
特に、の部分で、鴇崎というやつはこちらを横目で見た。なめられていることに苛立つ。
「ま、しょうがないか。鴇崎サンの命令違反したら、後で千サマに怒られちゃうしね」
千サマ。
またけったいな呼び名がきたものだ。雨夜は嫌な顔をした。すると、まるで雨夜に同調するかのように桜庭が合図をする。
『では、準備は整いましたね? 目標は、潜伏するエネミーの殲滅です。ーー突撃!』
雨夜たちは、一斉に駆け出した。
今回登場したのは、
「鴇崎 冬音」 星守伊織様
「亞間宮 魃」 眉ちゃん様
「逢沢 名花」 Ririna様
です!
キャラは敬称略すみません。
早く全キャラ出したいよー!