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七
今回特にグロ
作業室で磯谷千夏が手袋を嵌めていた。今から仕事をするところなのだ。
目の前には硬直した男の死体がある。しかし千夏は表情一つ変えない。
彼女は死体の横に座り、床に置かれたメモを見た。
「腕2本 胃 大腸」これが今日のクライアントの希望箇所だ。改めて、人の一部が欲しいなんていかれてると千夏は思う。
彼女は完全な金稼ぎのためにこの職についている。特にやめたいと思ったこともない。いや、本音を言うなら、労働なんてする必要がなければしたくない。だから金さえあれば喜んでここをやめるだろう。金さえあれば。千夏にとってその言葉は簡単に発せるものではなかった。
解体器具を手に取り、死体に押し当てる。
(どうして私が)
この瞬間、千夏はいつも思う。
(どうして私が、こんなことをしなくちゃならないんだろう)
死体がゆっくりと切れていく。既に死後何日も経っているであろう死体から血は噴き出さない。
(一生懸命やってきたのに。何で普通に生きられないんだろう。何で私はこんなことをしなくちゃ生きていけないの?)
器具を握る手に力がこもる。
(どうして、どうして私だけ)
普段理性で押し殺している怒りが顔を出す。
誰かに、自分より弱い誰かにぶつけなくては収まらない怒り。腹の中で静かに沸騰し続けてきた憎しみ。
千夏は無我夢中で死体を切り刻んだ。
我に返ると、目の前にぐちゃぐちゃの肉塊が転がっている。千夏は床に座り込んで芒然としていた。
ふいに、静かにノックがされ、ドアが開く。
入ってきたのは加賀沢晴臣だった。
「…誰」
顔を上げずに千夏は聞く。晴臣は室内に漂う異臭に僅かに顔を顰めながら答えた。
「あ、えっと、加賀沢晴臣…です。お片付けに来ました」
「…そう」
清掃員が来たのだから、早く退室しなければいけないことは千夏にも分かっている。それでも圧倒的な心身の疲労から立ち上がれなかった。
いつまでも動かない千夏に苛立ち、晴臣が少し強い声を出した。
「あの。邪魔、です。どいてください」
「…はぁ?」
千夏は鋭く晴臣を睨みあげた。晴臣は肩を震わすが、黙って千夏を睨め返す。
硬質な沈黙が落ちた。
先に動いたのは千夏だった。大きくため息をついて立ち上がり、大股で部屋を出ていく。すれ違いざま、晴臣の耳元に囁いた。
「清掃するしか取り柄がない癖に、随分な態度ですね」
千夏の冷酷な言葉に、晴臣の背筋が強張る。
何か言い返そうと振り返るが、既に千夏は部屋を出て廊下に過ぎ去っていた。晴臣は怒りを抑えるように息を吐いて、清掃に取り掛かった。